過去・2-2

「和哉。本当にいいんだな」

「ええ、もう、疲れました。何度も転属願いを出して、河内さんにもご無理を承知で手を貸して貰ったんですが……駄目だそうです」


 ほんの10年前までは明るい将来を約束されていたはずの青年が弱音を吐いた。

 和哉の天性の力を見抜いた伯父は日本の教育だけでは才能が潰されてしまうと感じ、10年間アメリカへ移住し、飛び級で21歳という若さでロボット工学の博士号を取るまでになっていた。


 しかし、帰国した日本で待っていたのは、若さと日本でも屈指の有能さ故の知識と能力を見て恐れの昇進を危ぶんだ上司と同僚たちからの”パワハラ”と身体の特徴から来る”いじめ”だった。

 アメリカでは一切体験したことのなかった経験に彼は2年耐えたがそれが限界だった。

 希望するエンジニアリング系部署への配属はおろか、車椅子ではないものの身体的に障害を持つ者をよりによって営業部という全くの畑違いな部署送り込み『お情け頂戴』と言わんばかりの見世物営業を会社上部も黙認の上で行っていたのである。


「せめて河内くんが国内に居てくれさえすれば…」

「それは、違います。入社面接の時に河内さんの名刺を自慢気に見せてしまった僕が浅はかだっただけです。大学院で関連する博士号も取っていたし、すぐにバイオニクスエンジニアリング部門へ配属されるものだと思いこんでた僕が…」

「それはもう過去のことでしょ?あなたのせいじゃないのよ」

「……でも」


 長時間うつむいたままでズレてしまったメガネを義手で軽く直し、青年はその顔を上げたが瞳は精気を失い、青ざめた顔を育ての両親にほんの少しだけ見せるとまた床に目を落とす。


「和哉……」

「伯母さん…ごめんなさい。ここまで頑張ってきましたけど……無理でした」

「いいの。和哉さえ元気で居てくれれば。ね?あなた」

「ああ、和哉。僕たちはお前さえ良ければやり直すための時間と場所ならいくらでも用意する。お前は折れても必ず立ち上がれることを何度も証明してきたじゃないか」

「……伯父さん、今回だけは流石に無理です」


 伯父と呼ばれた初老の男は少し思案したあと和哉の背中に手を当てると語りかける。


「そうか。辞表は私の部下と弁護士でお前の会社へ代理提出しておく。事情が事情だから私からもそこの会長に…」

「伯父さん、代理で辞表を出していただくだけでいいですよ。それこそ河内さんに迷惑が」

「……わかった。それより和哉、久しぶりに山へ行かないか?今が猟期で良かった」

「伯父さん、僕に屋外で生きていく知識をもっと教えてくれませんか」


 和哉の顔に少しだけ生気が戻る。

 伯父との野外活動は和哉の心を癒やし浄化するには現状では最適解なのだろう。


 伯父は事あるごとに和哉に言って聞かせていた。


『自然は皆に平等だが、時に冷酷な顔を覗かせる。うまく利用し、自然に溶け込み生きていく。その経験は現代の社会でも必ず役に立つ』


 と。

 伯父はそれらの生存知識サバイバル技術の師匠でもある。

 その師匠の教えを再び受けられると思うと和哉の心の痛みが少し和らいだ。



 ***



「……熱い…たすけ………いっ痛ぇ!?!」

 助けを求める言葉が口を突く前に着潰してヨレたTシャツの首元をケロイドを帯びた無い筈の右手が強く掴もうとする。その無意識の行動で簡易ベッドから毛布ごと転げ落ち、その衝撃で彼は目を覚ました。

 苦悶の表情を一瞬浮かべつつも上半身を起こし、腰から下に絡みつく毛布を面倒くさそうに剥ぎ取る。Tシャツ同様、かなり着潰しているハーフパンツから覗く右脚は付け根から50センチほどまでしかなかった。

 起こした身体を再び地に委ね、しばらく天蓋を見つめる。そして何かを諦めたかのように深くため息をつき、身体を転回させて獣のように四つん這いになり、左腕と欠けた右腕で反動をつけると器用に片足だけで立ち上がる。

 そのままヒョコヒョコと簡易ベッドへ向かって彼なりに歩きだす。


「やっぱり僕みたいのが”外”で寝るなら寝袋で充分ってことか」

 見つめている簡易ベッドだけはまだ真新しい。身体を横にひねりそれに背を向けるとそのまま腰掛けた。

「しっかし、欲しい物リストに無いモノってどうやって送ってくるんだろ?」

 両手で頭を掻き毟りながら深くうなだれる。どうやら腰掛けに使われたものは知らない誰かからの贈り物欲しい物リストのバグ利用で届いた品のようだった。

 両の手をだらりと脚のあいだへ置くと、左腕に付けた腕時計で時間を確かめようとする。ガラスにヒビが入ったかなり古いタイプの腕時計の針が青白く光り指していた時間はちょうど午前4時を回った辺りだった。

『また寝るにはもう時間が足りないよな』

 心の中でそうつぶやくとテントの中を手探り、義肢とスマホ、自撮り棒を探し当てる。

 慣れた手つきで義肢を身体の一部へと馴染ませ、スマホを自撮り棒にセットすると健常者とほぼ変わらない足取りでテントの外へ出ていった。

「おはようございますっ。え~と、今、午前4時過ぎでーす、起きちゃいました!頭ボッサボサでーすwww」

 夜間撮影モードにしたスマホのビデオにボサボサ頭でうまく顔の大部分を隠しつつ、彼は誰も居ない静かなテント前でユーチューバーKaZOOカズーを演じ始める。

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