過去・2


 朦朧とした意識の中で、時より飛び込んでくる声は様々だった。



『……前の二人はもう助からない!!この子だけでも助けるぞ!』



『右膝より下、右手のⅢ度熱傷部分は救…す……黒化と開……砕…折が確…れたそうです。他の火傷………が大きく、切…置をし……命維持が』

『ウチでやる事は切…処、生……持のみで……………た娘、いや………………………強い要望………すでに………医療………を医者……………………配しているから処置が終わり次第、北……空港経由で東京……大付属まで…………………確かにあの大学病院には重度熱傷専用のICUと病床はあるが……』

『と、東京まで?』



『……なぜ***と共に逝かせてやらなんだ……』

『……しっ、お医者様が植物状態と言っとうたけど、レスキューさんのおかげで頭ん中身あたまんなかは正常に機能しとるけん、聞こえてたらどげんするん?目覚めた時にバラされて、この先も貰える筈の金ば貰えんこつなっても、ウチは知らんよ……!!』

『でも…カネばやるけん、こげなバケモンの面倒一生診ちょれいうんは……』

『そん心配はもう無かて!!ウチらはただ黙っちょれば嫁ん両親が面倒診る代わりに月に***万……』



『ごめんね……こんな身体にしてまで命を繋いでしまって。でもあなたには娘の血が流れている。それはとても大事なことなの。本当に、本当にごめんね……』



『……お忙しい中申し訳ありません。後学のためにと面会を申し込んでしまって』

『いや、良いんです。あなた方の正確な処置のおかげで彼はしっかり生きてる』

『しかし、担当ドクターの話では……傷は子供の生命力でしょう、快方に向かっているとは言うものの、2年近く植物状態のままだと聞きましたが?』

『聞こえてますよ。その声』

『??!』

『最近ね、家内が言うんですよ。娘が子供だった頃のアルバムを見せながら話しかけていると、時々首や目がほんの少しだけ動くんだ、ってね』

『ウチの会社でやっている再生医療の手術を受ける時も最初のうちは少々ゴネた表情をしていましたが、最近は具合が良いらしくてね。ただ、自分の体の一部が無いことにも気が付き始めてる』

『子供とはいえ、複数の身体欠損は……』

『いや、それはもう本人には私から伝えようと思って、今日”新しい息子”が不自由なく暮らせるように作っていただいた装具を持ってきていましてね』

『それは……!!』



 ***



「さぁ、和哉。立ってみろ」


 年の頃は中学生ぐらいだろうか。 和哉かずやと呼ばれた少年は義肢装具士に取り付けてもらった”新しい手足”をぎこちなく動かす。

「どうした?どこか、痛むか?」

「……いや、大丈夫です。ただ……」

「?」

「ありがとうございます。こんな凄い物、僕のために」


 シルバーグレーの髪をふわりとしたオールバックに決めた、老人とは言い難い紳士はその言葉に若干照れたような微笑む。

「ははっ、もうそういう事は無しにしようとこの前自分で言ったじゃないか」

「いや、でもこれって。この前、友達のお父さんが見たら足だけでも海外の高級車1台分、手の方はもっとお金が掛かってるって……」

「そんな事言われたのか?そういう大人の反応なんて気にするな。友達にはかっこいいって言われてるんだろう?さぁ、調整がてらにまずは立とうか」

 和哉少年の両肩へ軽く手を掛けながら励ます。


「そう、いつもどおりで良いよ。前回までのデータで和哉くんの歩き方のクセは義足に学習させて、更にバランスよく動けるようにしてあるから。あ、あと大きくジャンプしてもバランス良く着地出来るように改良したし、これで体育の授業も楽しくなるんじゃないかな?」


 資料映像のためか、和哉の立つ様子を少し不安げな目で彼を見つめている紳士も含めて最新型のハンディカムで記録している、いかにもエンジニア風の男。和哉の一挙手一投足を逃すまいと小さな画面と実像を交互に見つめていたせいか、自分の足元が疎かになっている。

「河内さん、あぶない!!」


 ハンディカムの男がケーブルモールに足を取られ倒れそうになった瞬間、和哉が咄嗟に軽い足取りで数歩進むと間一髪のところで男の腕を右手で掴んだ。

「ァイタタタタタタタタタ!」

 ハッと我に返り手を離す和哉。エンジニア風の男は結局尻もちをついたが、和哉の助けが無かったらもっと派手に転倒していたかもしれない。


「う~ん。腕の方はまだ咄嗟の行動だとフルパワーで動いちゃうね。良いデータが取れた。ありがとう。助かったよ」


 てっきり怒られると思っていた和哉はキョトンとする。

「…河内さん、演技でコケたの?」

「そんな事は、ないぞ!?ボクはこう見えても小学校から大学まで体育で2より上を取ったことはないんだぞ!!」

「2ぃ??!」

 一同がそれなら仕方ないと笑い出す。

「その代わり、ボクはロボット工学の第一人者になって、手足を失った人が失う前以上の能力を得るチャンスを与えたいんだ」

 河内は衝撃でズレてしまった自慢のメガネの位置を直す。


「でも河内さんってすごいなぁ、僕もそういうエンジニアになりたいです」

「最高の褒め言葉、ありがとう。そうだ、名刺が新しくなったんだ。13で高2まで飛び級するなんて普通の人材じゃない証拠だからな。君にも渡しておこっかな?大学でロボット工学を学んだらボクの助手として働けるように……」

「河内さん、冗談がすぎるよ! 和哉は我社の大事な研究員であり後継者なんだから!!」

「またその話?もう取り合いは」

「「や・め・て。だろ?」」


 息のあった大人2人と明るい未来を約束された少年は一斉に笑い出した。

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