第13話 リンダリンダ:THE BLUE HEARTS

「き、キヨシロー好きなの?」とカンジはやっと言葉を見つけた。

「うん、RCのライブはほとんど観たよ」とササイは笑いながら答えた。

「おまえ、いつやってきたんだ」とユースケが言う。

「今朝だよ。朝起きたら中坊になってて、びっくりというか、絶望というか、で、今日一日様子をみようと思っていたら、ここでおれと同じ奴らがいると分かった」

「ササイは何年から来たんだ?」とカンジが興奮して聞いた。

「おまえらは何年から来た?」

「俺は2020年、ユースケは2010年。あそこのコマツは2005年だ」

「そうか、コマツもか…。やっぱりな…。俺は2021年」


「え!」思わずカンジが声をあげる。彼にしてみれば、この世界に転送された中で、自分が一番遠い未来からやってきたのだ。ササイに聞きたいことは山のようにある。


「おーい、森園ー!終わったから帰るぞー」とコマツがギターをケースに入れながら声をかけてきた。ユースケが「ちょっとこの後クボタのとこに顔貸してくれ」と言う。「え?もしかして先生もそうなのか?」とササイが目を丸くすると、ユースケは親指を立てた。



3月4日、県立西高校の合格発表。彼らは2時間目の授業が終わると、志望校別に結果を見に行ってよかった。9組からはカンジ、コマツ、ユースケ、ササイ、コバシトモコ、キタニほか10名が西高を受験した。授業が終わって廊下に出るとケイが待っていたので、みんなでバスに乗って西高に向かった。


隣に座ったササイが「おれ、入試受けてないのに結果を見に行くって不思議な気分だぜ」と呟いた。

「でも、おまえ正しい歴史では西高に受かっているんだろ」

「まあ、そうだけど、50年近くも前の記憶だからなー」と苦笑いをしていた。

その隣のコマツは元気がなく「神様、頼むぜー」と両手を合わせて祈っていた。


西高の正門横に臨時のベニヤ板の掲示板が設置され、そこに合格者の番号が掲示される。バスを降りて正門から、多くの中学生の声が聞こえてくる。「バンザイ!」とか「やったぜ!」という声に紛れて、がっかりと肩を落とした何人かの中学生とすれ違う。「あー、ダメだー、無理だー」とコマツは正門が近くなるにつれ、うるさく声をあげる。


「オレ、無理だから、森園、見てきてくれ」と言われ、カンジは掲示板に走った。そこにはコマツの番号が、カンジの番号の下に掲示されていた。隣で「きゃー!カンジ、あたし受かったよー」とケイがぴょんぴょんと飛び跳ねている。カンジは後ろを振り向き、両腕で頭の上に大きな丸を描いた。それを見たコマツがダッシュで駆け寄ってきて、掲示板を見て「うぉおおおー!」と大きな声をあげたかと思うと、両膝からガクンと地面にへたり込み「うわああーん!」と泣き出した。


コマツを取り囲んだ、ユースケやササイも「やったな! コマツ」と声をかけ、少しもらい泣きしている。嗚咽を抑えきれないコマツの横にケイがしゃがみこみ、公園で泣き崩れたカンジに声をかけたように、かれの背中をトントン叩いて、「コマツくん、頑張ったねー」と言った。


その声でコマツの鳴き声はさらに大きくなり、子供が母親に助けを求めるように、ケイを抱きつき「さわきー、ありがとー」と泣きじゃくる。その抱き合っている姿を見たユースケが、「いいのか、あれ」とカンジに耳打ちした。「いいんだよ」とカンジは、抱き合っている彼らの横にしゃがみ、ふたりを抱きしめた。



帰りのバスに乗る頃には、コマツはすっかり元気になっていた。結局3年9組からの西高受験者は、10人全員が合格した。キタニはパン屋の公衆電話で学校に電話をかけ、クボタに報告した。その後、全員が交代で家に電話する。カンジの母親は電話口で嗚咽を漏らし、コマツの母親がキンキンと喜ぶ大声は、周囲にダダ漏れだった。「今日はすき焼きだからねー!」嬉しそうなお袋さんの声で、みんながクスクス笑い、コマツは恥ずかしそうに「うるせえよババア、もっと小さい声で話せよ」と怒鳴っていた。


一旦自宅に戻り、楽器を持ってタガワのガレージに集合することになった。バスの中ではコマツ、カンジ、ケイが並んで座った。

「よっしゃー、これで謝恩会まで心置きなく特訓するぜ」

「おう、バンドの方もラストスパートだな」

「あ、そうだ。謝恩会の日にケイにお願いがあるんだ」

「なあに」

「俺たちメンバーのヘアメイクをお願いしたいんだ」

「メイクって、オレら化粧するのかー」とコマツが戸惑った顔でカンジを見た。

「あたりめえだろ。俺はステージに立つ時は必ずメイクしてたぞ」

「でもよー、オカマみてえになるのはゴメンだぜ」

「大丈夫、俺にまかせておけよ」


「で、どんなメイクにするの?」とケイが聞く。

「スージー・スーとか、ブレード・ランナーのダリル・ハンナとか…」と言うと「わかった。パンクな感じでしょ。だったら髪の毛もツンツンでいいわよね」と嬉しそうに言った。


「さすがやな、よくわかってるなあ」

「あたりまえじゃない。あたしスターリンのファンだったのよ」とカミングアウトされて、カンジは驚いた。

「でも、この時代では『ディップ』が売ってないから『洗濯のり』を持って行くわ」と笑った。



バスを降りて自宅に戻ると、おかんが大喜びで迎えてくれた。ギターを担いでタガワのガレージに向かうことを告げると、「早く帰っておいで、今夜はすき焼きよ」とコマツのお袋さんと同じことを言った。


タガワのガレージに着くと、メンバーは全員揃っており、西高帰りのコバシとキタニ、ユースケとササイ、そしてケイも集まっていた。いつものようにステージで演奏する4曲を通しで3回演って、休憩に入るとカンジがメンバーに、当日はケイがヘアメイクをすることを告げた。コマツと同じくタガワとマスオカは「えー!」と、困惑したが、キタニとコバシは「きゃー、いいじゃん、いいじゃん」と大喜びだ。


「そういえば、森園くんもコマツくんもグラムロック好きだもんね」とコバシが言う。きっと文化祭の時に廊下に張り出した『私の将来』というクラス全員のコラージュ作品で、コマツとカンジが、デヴィットボウイとマークボランに扮していたのを思い出したのだう。


「いや、今回はグラムじゃなくて、パンクなんだけどね」と言うと、ササイとユースケはニヤニヤと頷いた。

「あと、ケイと相談したんだけど、ステージ衣装のようなものを考えたんだよ」

「えー、まさかフリフリのブラウスとかじゃねえだろうな」

「違うの、全員お揃いの黒のTシャツ。あとは黒のスリムジーンズと黒いスニーカーを用意するだけなんだけどね」

「うん。その無地のTシャツに、白ペンキをボトボトって落として、オリジナルのデザインにしてはどうかと思ってね」

「ほう、なかなかかっこいいかもしれねえな」


「いいわねー、バンドだけじゃなくてうちらも着たいわ」とコバシが言う。

「クラス全員参加ってことにしてるし、全員分作るか」とユースケ。

「サエキのお母さんが東神奈川の繊維問屋さんで働いているから、そこでまとめて買えば安く手に入るんじゃない」とキタニが言うと、全員が口々に「いーじゃん、それ」とぴょんぴょん飛び上がる。



「あとさ、実は、最後の俺の曲はボツにして新しい曲をやろうと思うんだけど」とカンジが言った。前回の練習で『雨上がりの夜空に』を演ったことで、ササイが未来から来たことが分かったので、300人以上の卒業生に未来の曲を聞かせることを危惧したのだ。


「じゃあ何やる? ファンキーモンキーか?」とコマツが嬉しそうに言う。

「うーん、ツエッペリンの『ロックン・ロール』がやりたいんだけどさ」というと、最近ロックのレコードを買い漁っているマスオカが「いいじゃん、それにしようよ」と言った。


「オレは森園のもう一曲のオリジナルも好きだけどな」とタガワが言うと

「えー、なにそれ、聞いてみたい」とキタニが言った。

「聞かせてー、聞かせて!」とコバシも同調する。その曲も未来の世界では誰もが知っている曲で、未来から来た仲間を炙り出すために、練習した曲だった。カンジはギターを首にかけて『D』コードを『ジャーン』と弾きおろし歌い始めた。


「ドブネズミみたいに、美しくなりたい」


そう、この曲も未来の人間なら誰もが知っている日本のロックンロールだ。コマツ、タガワ、マスオカが演奏に続き。8ビートのパンクロックが演奏される。


「リンダリンダ!」

「リンダリンダリンダ!」の部分で、ユースケとササイも、ぴょんぴょんと呼び跳ねながら、ニコニコして歌っている。


「リンダリンダリンダアーーアーーー!」とメンバーがジャンプすると、全員が拍手してコバシトモコが叫んだ。


「きゃー、ブルーハーツ最高ね」

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