第12話 雨上がりの夜空に:RCサクセション

1月21日と22日の二日間は、校内の模擬試験だった。採点結果は志望校によって『A/B/C』の評価が記入され、それによってさらに志望校を絞り込んでいく。かれら4人は全員、県立西高校を志望し、ユースケは「A+」カンジとケイは「A」コマツは「A-」だった。


採点結果でコマツは落ち込んでいた様子だったが、クボタは「気にすんな。A-でも安全圏内だから」と発破をかけた。隣の席で授業中はもちろん、休み時間も勉強しているコマツを見るのは不思議な気分だった。別の世界では屋上でシンナーを吸って教師に追いかけられたりした男には見えない。


放課後は図書室に集まり、問題集を説いた。特にユースケは、コマツにつきっきりで指導しており、時には宿題を出されたりしていた。カンジも、コマツの勉強を優先し、バンドの練習を週二回から、日曜日だけに変更した。


バンドの練習は、日曜日まる一日ぶっ通しでやっていたせいか、メキメキと上達した。ケイは必ず見学に来ていたが、時にはユースケも一緒にかれらの練習を見ていた。


「とにかくビートをキープすることを心がけて、全員でひとつの音を出せ」とカンジはメンバーに指示した。これまでのバンド体験でギター以外にベースもドラムも演奏できたので、個別に細かいテクニックを指導した。それまで自分の楽器しか見れなかったメンバーは、徐々にお互いの顔を見ながら、自分たちのビートを表現するために、必死に練習を重ねた。ドラムのタガワを含めて、全員にボーカルが歌っている歌詞を覚えさせて、歌いながら演奏しろと指示を出した。


さらにコーラスの重要さを説き、マスオカにもコーラスに参加するように伝えると「俺は音痴だから歌うのは恥ずかしいよ」なとど抜かしたので。「あほか、歌わなくてええから、大きい声で怒鳴っていればええんじゃ」と思わず関西弁が出て、ケイが爆笑していた。


「みんな上手になったねえ」とケイが笑顔で励ます。特に「コマツくんがギターを引弾いた時に右手を上にあげるのがかっこよかった」とか、「タガワくんのワン・ツー・スリー・フォーの掛け声がかっこいいね」と言われると、みんな嬉しそうにしている。こういう時の女子力は男子にパワーを与えるのだ。ユースケも「いけるぜ、これで謝恩会はおまえらのもんだ」と感心していた。



公立高校の願書締め切りは、2月11日。その3日後の14日から2日間は三学期の期末テスト。そしていよいよ県立南高校の試験日がやってくる。クボタは試験の面接に向けてのコツを、アパートでマンツーマンでシミュレーションをしてくれた。


2月25日からの入学試験。コマツはいつものリーゼントではなく、ショボいサラリーマンのような七三分けでやってきて、みんなの爆笑を買った。涙を流して笑っていたケイも、三つ編みの『おさげ』にしていたのだが。



試験が終われば、運を天に任せてかれらはバンドの練習に励んだ。カワダのガレージにはケイやユースケ以外にも、どんどんクラスメイトの見学者が増えた。かれらのバンドは、生徒代表の枠では出演できなかった。というのも、カサハラのバンドが先に実行委員会に申し出をしており、さらに奴らのバンドには、色々なクラスからメンバーが参加していたことも大きかった。ちなみに以前はずっとフォークソングでギターを弾いて一緒に歌っていたコバシアキラも、ギターで参加することを耳にしていた。


そこで、クラスの催し物として出演したいと、ホームルームで挙手した。催し物としては、各クラスからひとつ出し物をしても良いことになっているからだ。結果、満場一致で出演が決まり、実行委員会に提案することになった。クボタは腕を組んでニヤニヤ笑っていた。


バンドの音は、最初とは比べ物にならないくらいに完成度が高くなっており。カンジはテクニック的な指導だけでなく、コマツに「どうすればかっこよくギターが弾けるか」とか、マスオカに「できるだけ低い位置でベースを構えて、足を大きく開け」と指示した。さらに全員でエンデエィングや、シンコペーションでのジャンプの練習をしたり、クラスの連中が見学に来ているときは「オー!イエー!」の掛け合いの練習も行った。


2月28日 木曜日。ホームルームで学級委員であり生徒会の書記をやっているキタニが、謝恩会では3年9組バンドの出演が生徒会で難航していると言った。というのも9組の次に生徒代表バンドとして、カサハラのバンドが控えているので続けて同じ出し物はよろしくないという理由だったが、おそらくカサハラが実行委員会にクレームを出したのだと思った。


「というわけなんだけど、森園くんどうする」とキタニがカンジに向かって言った。「じゃあさ、9組の出し物を『歌と演奏』にして、演者をバンドじゃなくて9組全員にしたらどうかな」「なんだ、それどういうことだよ」とコマツが怪訝な顔をして言う。奴はカサハラの根回しに苛立っており「卒業式の前にぶっ飛ばしてやる」などと言っていた。


「つまりさ、俺たちは予定通りに演奏するから、歌の中で出てくるコーラスを全員でやったら、いいんじゃないかと。あとは曲に合わせてみんなで踊ってくれればいいよ」「えー、踊りなんか嫌だぜ」とカメが口を尖らせる。「いや、振り付けとかないし、曲に合わせて踊ってくれればいいよ。ぴょんぴょん飛んでいるだけでもいいしさ」「コーラスはどうすんだ、おれ、歌なんて歌えないぜ」とヤマタも不安そうな顔をする。「それも大丈夫。メロディなんて気にしないで怒鳴っていればいいからさ」


「なんか楽しそうじゃん、やろうよ」とヤマデラが口を挟む。タガワのガレージに見学に来ていた仲間は、どんな音楽なのか分かっているせいか、ウキウキした顔をしている。ユースケが教室の後ろに置いてあるギターを指して「カンジ、弾いてやれよ」と言った。この頃になると休み時間もメンバーで練習していたので、学校にギターを持ち込んでいたのだ。


「例えばこんな感じで」とストーンズの『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』を弾き、サビの部分になるとコマツとマスオカが「But it's all right now, in fact, it's a gas」とコーラスを入れた。


「うえ!英語かよ」とカメが苦笑いする。ヤマタが「どういう意味なんだよ」と聞くので「辛いことがあったけど、今じゃ笑い話だぜ、みたいな内容さ」と言うと、「入試が終わった俺たちにぴったりだろ」とユースケが言ったので、みんなは納得した。


その日に、4曲分の歌詞を書いて、コーラスの部分には下線を引いたものをクボタに渡し、クラス全員に歌詞カードをガリ版を刷ってもらうようお願いした。4枚の紙には『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』『オール・マイ・ラヴィング』『ルイジアンナ』とあり、最後の曲のタイトルは『森園のオリジナル』と書いた。


翌日、クラスのみんなに『森園のオリジナル』曲を練習してもらうために、ギターを担いで登校すると、階段で2年のクラスメイトのコバシアキラとすれ違った。


「おう、おまえらも謝恩会出るんだろ?」

「まあね、クラス演奏だけどさ。おまえらの前座をやらしてもらうよ」

「頼むぜ、ショボい演奏でシラケさせないでくれよな」と言われ、正直ムカついたが「アキラはすごいな、日野中バンドのギタリストだもんな」とヨイショしておいた。


「ところで、エレキは何を買ったんだ?」

「グレコの360、チェリーサンバースト」というと、少し驚いた顔で「お、おう。そうか、俺と同じじゃん。まあ、またエレキのことも教えてやるから、遊びに来いよ」などと学校代表ギタリストになったせいか、上から目線で言われた。


「ところでカサハラのバンドは何をるの?」

「チューリップの『心の旅』とか、ジュリーの曲とかさ」

「へー、歌謡曲なんだー」と言うとアキラは不快そうな顔をした。

「おまえらは、なにんの?」

「ストーンズとビートルズとか」というと少し驚いた顔をした。その表情が『負けた』というツラだったので、こんなことならレッド・ツェッペリンもレパートリーに入れておけばよかったと思った。



放課後、クラス全員が残って9組バンドのコーラスの練習をした。問題は『森園のオリジナル』という誰も聞いたことがない曲。カンジは「オーケー!コマツ!」と声をかけて、コマツは『D』のカッティングを弾き始める。ドラムのタガワはスティックだけを学校に持ってきて、机の上に置いた教科書を叩いた。


「この雨にやられてー、エンジンいかれちまったー!」とカンジが歌い始める。そう『森園のオリジナル』の招待はRCサクセションの『雨上がりの夜空に』だった。

「どうしたんだ!HEY HEYベイビー」とクラスメイトが叫ぶ。これで9組全員参加の演奏と歌ということにするのだ。


一通りの練習を終えて、コマツが中心になってコーラスの練習を続けている。カンジは教室の窓にもたれてクラスメイトが歌っているのを見ていた。隣にユースケがやってきてカンジに話しかける。


「なんかさあ、こんな風に中学生がひとつのことに熱中するっていいよな」

「うん。なんか、青春って感じがするよ」

「そうだよ。カンジはすごいな」

「そんなことないよ、みんな何かしたかったんだよ」などと言っていると、ササイが笑いながら近づいてきて、こう言った。


「すげーな、カンジ。まさか、この世界でRCアールシーが歌えるとは思わなかったぜ」

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