第11話 ジャンピン・ジャック・フラッシュ:ローリング・ストーンズ

1月4日。かれらはヤマハ横浜店の、楽器の森の中に居た。今回は迷うことなく、前回と同じグレコEG360レスポールを買った。ケイは、そのチェリーサンバーストを見て「おかえり、サクランボちゃん」と笑った。


母親から4万円。貯めていた小遣いが1万円あったが、アンプまでは買えなかった。今回はむしろアンプを物色しており、コマツたちとのバンドで使えるものを見て回った。この時代でマーシャルやメサ・ブギーなどのパワーのある海外製品も置いてあるが、多くはグヤトーンやテスコ、エルクなどの国産品で、ベンチャーズやグループ・サウンズ時代から使われているものだ。


アンプはトランジスタの小さいものにして、ディストーションで歪ませる手も考えたが、この時代はBOSSのDS-1は未発売で、MXRのDistortion+は2万円だった。完全に予算オーバーである。あれこれ悩んでいると、ケイが「どうしたの」と聞いてくる。


「バンドするにはエレキだけじゃだめで、アンプがいるんだけど、予算オーバーなんだよな」というと「いくらするの」と聞かれ、テスコの60ワットを指差した。


「5万5千円ね。いいよ、あたしが買う」

「え、おまえ何言ってんの、そんなわけにはいかないよ」

「だって必要なんでしょ、あたしが買ってあげる。お年玉まだもらえるし、貯金もあるから楽勝よ。それより、残ったお金で今からジョイナスでお洋服買おうよ」

「本当にいいのか? じゃ、お願いしてもいいか。ちゃんと返すし」

「何言ってるのよ。あげるって言ったでしょ。カンジの役に立つなら、あたしはそれだけで大満足よ」

「うわー、太っ腹だなー」と言うと、彼女は腰に手をあてて「えへへ」と得意そうに言った。




三学期が始まった。公立の願書の締め切りは2月11日で、その前に志望校を明記した模擬試験がある。寛治とケイとユースケとコマツは、授業が終わると図書室に集まり、受験勉強をした。西高に少し不安のあるコマツは、ユースケに色々と指導してもらっていた。図書室の端で、時折ボソボソと話をしていた彼らだったが、熱心に勉強している姿を見た図書委員の下級生は、何も言ってこなかった。


時々は、クボタが様子を見に図書室にやってきた。彼は担当は技術科だが、工学部の出身なので、時には4人に混じって数学をレクチャーしてくれた。


下校時間になると、いつも4人で一緒に帰った。寛治とユースケは大回りになるが、みんな一緒に居たかった。帰り道で正月休みにエレキを買ったことをコマツに言うと、ユースケも興味津々で話を聞いてくる。


「カンジのアンプはあたしが買ってあげたんだからね」とケイが言うと、ふたりは手を叩いて喜び「これが内助の功ってやつだな」とコマツが言い、ユースケが「おまえも言葉のボキャブラリーが増えたな」と笑った。



次の土曜日、コマツに誘われてバンドの練習に参加した。学校にエレキを担いで持っていくと、クラスメイトが興味津々で集まってくる。


「森園くんも、コマツくんとバンドやるのー」

「おう、謝恩会のステージを目指してっからな」とコマツが嬉しそうに笑った。

「何か弾けよ」とササイが言ったので、3コードのブルースをオブリガードを取り混ぜて弾くと、みんなは目を丸くした。

「えー、いつのまに、そんなに上手になったの」と、かつてアキラとフォークソングを弾いていた頃しか知らないコバシトモコが大袈裟に驚いた。


学校帰りにタガワの家に集まり、ケイも一緒に付いてきた。タガワはこの近辺の昔からの地主で、大きな家には野菜畑まであり、さらに、車が二台も入る屋根付きの大きなガレージがあった。彼は三人兄弟の末っ子で、上の兄ちゃんたちは、社会人と大学生なっており、その兄たちも学生時代にベンチャーズやグループ・サウンズに狂っていたらしい。


ガレージにはパールのドラムセットと、潰れたスナックから貰ってきたグヤトーンのボーカルアンプがあり、さらにアンプが3台と壁には本物のモズライトのエレキが飾ってあった。3つあるアンプのうちのひとつは、ケイが買ってくれたもので、ヤマハ横浜店から直送してもらったものだ。


「じゃあ、まずはおまえらの演奏を聞かせてくれよ」

「あ、おう、オレらキャロルやるから、3人だから、ちょっとショボいかもしれねえけどよ」

「言い訳はいいから、とにかく演ってくれよ」というと、マスオカはベースを首から下げて、タガワがドラムセットの前に座った。


「ワン・ツー・スリー・フォー」と威勢良くコマツがカウントを飛ばして、『ファンキー・モンキー・ベイビー』のイントロを弾き始める。続けて『ルイジアンナ』を歌った。ケイは腕組みをして難しそうな顔をして見ている。寛治はひとりひとりの動作に注目し、時々ガレージ内を移動して目を瞑って音に集中していた。


「あーまーいー唇、震わせてぇーー」とルイジアンナを歌い終わったコマツが、「どうだ? 森園?」と聞いてくる。


「うーん、正直に言うぞ。このままじゃ謝恩会のステージには上がれない」そういうと、タガワとマスオカはしょんぼり下を向いた。

「けど、大丈夫、安心しろ。俺がいるから。その代わり、コマツとも話をしたが、今日からこのバンドのバンマスは俺がやる。みんなは俺を信じて一緒にやろう」

「森園がリーダーで文句ねえよな、みんな」とコマツが睨みを効かせると、ふたりは大きく頷いた。


「まず、タガワ。ルイジアンナのエイトビート叩いてくれ」と言うと、タガワは「シシタタ…」とリズムを刻み始めた。


「もっと早く!」

「キックは2回打たなくてもいいぞ、最初はハイハットの数も抜いてもいい、あとタムは回さなくていいから」と言われて、タガワは必死にビートを刻む。


そのままマスオカに近づいて「それ、貸して」とベースを下げて、ルートでリズムを刻んだ。「いい? エーちゃんみたいに難しい指運しなくていい。最初はルートのダウンピッキングだけでビートを刻め。こんな感じで」とタガワのリズムに合わせた。


「おまえらふたりは、リズム隊だから、とにかくビートを刻むということだけを考えてやってくれ、お互いを意識して演奏すれば音はひとつになっていくから…、それから…」とベースをマスオカに渡してコマツに近く。


「コマツは弦を2本しか使うな。マスオカと同じようにリズムを刻むことだけを考えろ」と自分のギターをアンプに繋いで、パワーコードを弾いた。ふたりのリズム隊をぐんぐん引っ張るようにうねりを出していく。


「やってみな。とにかく弦は2本だけだから、絶対に弾けるはずだ。あとリードやオブリガードは俺が弾くから、コマツも一緒にビートを刻んでくれ」そういうと、コマツはパワーコードで演奏に参加した。ずっと腕を組んで見ていたケイが、少しずつ体を揺らしている。


寛治は、ボリュームをフリテンにして「ガシャガシャ」とカッティングを入れた。その音量の大きさに3人は目を丸くして、寛治を凝視している。目で合図してコマツに歌えと指示した。「オー、ルイジアンナー」の部分でハモりを入れると、マスオカが嬉しそうな顔をした。2コーラス目からは感じがボーカルを取ると、ケイは嬉しそうに飛び跳ねている。



「あーまいー唇、震わせてぇー」と歌い終わると、ケイが「きゃー!」と拍手した。

「おー、かっこよかったなー」とコマツが興奮して言う。マスオカが「キャロルとは違うけど、こっちの方がかっこいいじゃんよー」と嬉しそうにしている。


「えっとな、プロの曲と全く同じにする必要はないんだ。というか、みんなのレベルでは同じにできないだろ。だったら俺たちがやりやすいように、かっこよくやればいいのさ。それがロックやで!」と最後に関西弁が混じると、ケイは大声で笑った。


「とにかくビートが効いたロックをみんなに聞かせてやろうぜ。カサハラたちみたいに『心の旅』なんて軟弱な曲はぶっ飛ばそうぜ。俺たちは日野中学校初のロックバンドだ。1973年のパンクバンドだ!」

というと、ケイは拍手したが、ほかのメンバーはきょとんとした顔をしている。



「次はファキーモンキーやろうぜ」とコマツが言う。

「ちょっとまて、おまえらみんなキャロルだけやりたいか。どうしてもやりたいか?」と聞くと「いや、この2曲しか演ったことないしさ」とタガワが言った。


「悪いけど、バンマスとしてキャロルは1曲だけにして欲しい。たぶん『ルイジアンナ』のほうが出来がよいと思うんだ。そのほかの曲は俺に決めさせてくれ」

「どんな曲やるんだ」

「まだ決定はしてないけど、ビートルズの『オール・マイ・ラヴィング』とストーンズの『ジャンピン・ジャック・フラッシュ 』、それと俺のオリジナルと『ルイジアンナ』の4曲を考えている」

「おー、ビートルズかいいねー」とコマツが言い、マスオカが「『ジャンピン・ジャック・フラッシュ 』ってどんな曲だっけ」と言ったので、キース・リチャーズのリフを弾くと、みんなは「おー!」と嬉しそうな顔をした。


「でさ、森園のオリジナルってなんだよ」とタガワが不思議そうな顔をした。「あ、悪い悪い、こんな感じの曲なんだけどさ」とオープンコードで『D』から始まる8ビートのカッティングを弾き始めた。ケイとコマツはニヤニヤと笑っている。

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