第10話 あの素晴らしい愛をもう一度:加藤和彦と北山修
1974年になった。江ノ島の帰りに、鎌倉の鶴岡八幡宮で初詣をして、自宅に戻ると昼前。家族で年始を祝って40年ぶりにお年玉を貰う。事前に申請していた「エレキギターを買ってくれ」というリクエストが、学校の成績のおかげて通過したので、現金で4万円あった。
午後から、家族は氏神様に初詣に行ったようで、彼は徹夜明けなので仮眠した。夜は『新春かくし芸大会』を見て、ケイに電話した。お年玉で、エレキを買うお金を貰ったと伝えると、「またあの美味しそうなギターにしてね」と言われた。
1月2日。おせちの残りと雑煮を食べ、コンドームを財布に入れて「部活の新年会がある」と言って家を出た。今回はコンドームを多めに財布に忍ばせていたのは言うまでもない。彼女の家までの道のりで、この夏の初体験とコマツから聞いた高校生の彼女の悲しい思い出を交互に思い出しながら、今日はどんな風に彼女に接すればよいのか考えていた。
そして出した結論は『可能な限り彼女を優しく抱く』ということだ。夏の初体験のように14歳のような振る舞いではなく、お互いが正体をカミングアウトしたことで、彼女の高校時代の悲しい思い出を打ち消すことができればと思っていた。
澤木家の玄関のチャイムを押すとすぐにドアが少しだけ開き、その間から細い手だけが出てきて手招きする。半年前と同じようにコソコソとドアの中に滑り込んだ。目の前のケイはえんじのタータンチェックのスカートに、フリルの多いブラウスと紺色のブレザーを着ていた。
「家族の出発前に家の前で記念写真を撮ったのよ。せっかくなので、このままの格好でお出迎えしようと思って」と少し照れ臭そうに言った。
「なんかお嬢様っぽい格好で素敵だよ」
「そう?カンジが来る前に、少し化粧もしたのよ」
「うん。とっても美人だ」と僕たちは玄関でキスをした。半年前の濃厚なキッスではないが、それでもふたりは舌を絡めあった。
三度目となる澤木家の応接間。部屋の隅には石油ストーブがあり、家具調ステレオの上には立派な鏡餅が飾ってあった。そっと隣の部屋との襖を開けると、前回同様に布団が敷いてあり、この部屋にも隅に小さな赤い電気ストーブがオレンジ色の光を放っていた。「いやぁね、ムードがないじゃない」と彼女は後ろ手で襖を閉め、寛治の首に手を回しキスを求めてきた。
そのまま片手を乳房に置き、もう一方の手を背中に回して引き寄せる。そのまま片手を使ってブラウスの前ボタンを一つずつ外し、ジャケットとブラウスを一緒に脱がす。さらに前に跪き、スカートの留め金を外して降ろす。半年ぶりに見る下着姿の恋人。寛治は一歩後ろに下がって彼女の全身の姿を視界に入れた。
「綺麗」
「綺麗だよ、ケイ」
「見て、これが15歳のあたしなんだよ」と言って残りの下着を脱ぎ去って全裸になる。改めて15歳の少女の美しさに目が釘付けになってしまう。
「カンジも脱いで」──中身は62歳と41歳の男女が、15歳の肉体で向き合っている。ふたりは黙ったまま、お互いの若い肉体を凝視していた。彼女は一歩近づき、片手を首に回し、もう片方の手で彼の股間を握り、耳元で「あたし、15歳の処女なんだよ」と言った。
後ろ手で襖を開け、キスをしたまま布団の上に倒れ込んだ。布団の上で横になっても、ふたりはお互いの唇を話そうとせず、彼は彼女の髪の毛を、なんどもなんども指で梳き、彼女は彼を握りしめたままだった。
唇を話すと、彼女はじっと目を見つめてきた。
「ねえ…」と声をかけられ、ケイの目をじっと見つめ返した。
「今日はカンジのこと『あなた』って呼びたい」
「いいよ」
「あたし、半年前みたいに15歳のふりができないかも知れない。もし、はしたないことをしたり、言ったりしても許してね」
「いいんだよ、ケイの好きなようにして」と唇を塞いだ。
そっと、両手で頬を撫で、首筋から鎖骨、脇腹に伸ばす。
「とにかく、リラックスしてね。僕はおまえを気持ちよくしてあげたい」
「はい。あたしを『おんな』にしてください」と目を瞑った。
彼は、脇腹、下腹、乳房、鎖骨をなんどもなんども、ゆっくり丁寧に摩るように手を動かし、同じように唇が追従する。彼女の連続する肉の変化を、手のひらと唇に覚え込まそうとしているがのごとく。
寛治の頭の中には『スローセックス』というキーワードがずっと
さすがに3日も愛撫に時間はかけられないが、今日は夜までたっぷり時間がある。寛治は乳房や股間には触れず、1時間近くケイの体を丁寧に愛撫し「綺麗だよ」「愛している」「素敵だ」という言葉を言い続けていた。彼女も徐々に反応が高まり、時折大きくびくんと痙攣する。
そして乳房に手を置くだけで電気ショックのように大きく仰け反り、手と唇と舌がカタツムリのように、ゆっくりと前進する。股間にカタツムリが到着すると彼女は「ひゃあぁあ」と、これまで聞いたことがない音を喉から発して、シーツを力一杯握りしめた。
「大丈夫、ずっとリラックスしてていいよ、僕に全部まかせて」
「あ、あなた、あたし、こんなの初めて」
「だって初体験だもんね」と笑いかけると、懇願するような目つきで
「そうじゃないの、ものすごいの」と口にした。
布団の上で横になってから2時間。財布に入れたコンドームを取るため、彼女から離れようとした時「お願い、離れないで。そのままして。今日は安全日なの」と言われ、キスをしながら、ゆっくり体重をかけ、彼女は三度目の処女を喪失した。
彼女の体の中に寛治がぴったりと密着し、体を動かさずに「そのまま足を閉じてごらん」と言うと、彼女は両足を合わせた。
「意識を集中して、僕の体温や形をイメージしてごらん」
「なんかへんよ、水の中に浮いているみたい」
「そうさ、いま僕たちは空に浮かんでいるんだよ」
「どうして、動かないの? 意地悪しているの?」
「違うよ。大切な
耳を澄ますと「ジーー」という電気ストーブの音がする。ようやくケイは荒い息を整えた。寛治は彼女の中の波が完全に引くまで、そのままの状態で動かずに、ゆっくりと彼女の髪の毛を手で梳きながら、彼女の顔をずっと見下ろしていた。
あれから体の中に入ったまま、じっと動かなかった。それは、体の一部を少し動かすだけで、それが相手に伝わり、かれらは、ひとつの肉の塊になった。5分に一度くらいの割合で寛治が腰を前後に動かすと、ケイは悲鳴のような声をあげて、背中に爪を立て、両足で彼の脇腹を挟んだ。そしてまた、動きを停止するという工程を繰り返し、お互いの粘膜はずっと密着したまま、すべての体液が混ざり合い、なんども名前を呼び合い「愛している」を100回以上口にした。
「カンジ…」と彼女がゆっくりと目を開けた。
「落ち着いた?」と声をかけると、大きく頷き。また涙を流し始めた。「あなた、って呼ぶんじゃなかったの?」と微笑むと「あなた…」と口を開き、「ありがとう、あなた」とキスを求めてきたので、唇を合わせたあとに、涙を舌で啜った。
「このままでいい? 離れようか?」
「やだ! このままがいい」と両足を感じの脇腹に回してロックした。いわゆる『だいしゅきホールド』の体勢だ。そのまま足に力を入れて「話さないもんね」と言い、ふたりは声を出して笑った。
寛治はケイに『カニバサミ』をされたまま「とうとう中で出しちゃったね」と言うと、「心配? 大丈夫だよ、本当に安全日だから」と言われる。「去年の夏に、おまえがコンドームの中の精液をぐにょぐにょ触っていたのを思い出すよ」
「ああ、あの時は『これが体に入ると妊娠するのね』なんてカマトトちゃんしてたわよね」と笑う。
「うん。実はその時も思ったし、もう一度この世界に来る前日に考えていたことがあったんだ」
「なあに?」とケイは足を解いた。
「良岐久公園の前日。僕は、もうすぐ転校することに怯えていた。そして、このまま、おまえと別れることはできないと考えた。そこで、このまま横浜に残る手段のことを考えていてさ」ケイはじっと僕の顔を見て聞いている。
「それは、おまえを妊娠させる、ってことだったんだ。妊娠して出産させる。僕はその責任を取って、高校に行かずに、中卒で仕事をして稼ごうと思った。そして、おまえの家族に土下座して、ふたりで家族を持つことを許してもらうつもりだった」
「さらに中卒で働いても、僕には手に職があるから、稼げる自信があった。そのことをお前に納得してもらうには、僕は未来からきた62歳なんだ、ってことをカミングアウトしなくてはと思っていたんだ」
「だから、あの夜の出来事がなければ、次の日に『お前を抱く。そして俺の子供を産ませる』って言うつもりだったんだよ」
「そんなこと考えていたのね、うれしい。嬉しいよカンジ」と両腕を背中に回し、少し涙声で言った。
「本気でそう言うつもりだった」
「あたし、幸せ。しあわせよ、あなた」
「うん、もっともっと幸せになろうね」
「あたし産んじゃうよ、あなたの赤ちゃん、産んじゃうね」と、僕から体を話して、布団の上に座った。涙が頬を伝い、少し鼻を啜りながら、幸せそうな笑顔で「あー! あたしタバコが吸いたい。あなたタバコください!」と立ち上がった。
「どうしたの? どこいくの?」
「ビールでもいかがですか、あなた。お疲れでしょう」と笑って台所に向かった。
ケイは鼻歌を歌いながら、冷蔵庫からキリンの瓶ビールを取り出した。さらに重箱からお節の煮染めを皿に盛って、ソファの前のローテーブルの上に置いた。僕はジャンパーのポケットからセブンスターを取り出した。「そっちの部屋から毛布を盛って来てね」と言われ、ふたりはソファの上で毛布に
「家でタバコ吸って大丈夫なの。匂いとか残らない?」
「大丈夫よ、うちでは父上もタバコ吸ってるもん」とコップにビールを注ぎ「はい、あなた。おつかされま」と笑う。ふたりは暖かい部屋で「カチン」とグラスを合わせて、冷たいビールを飲んだ。
「それにしても、カンジはすごいセックスするのねー」と言われて、ビールを吹き出しそうになった。
「あれは。ポリネシアンセックスって言うんだけどね。実際には4日間、ずっと愛撫して、5日目に挿入するという愛の儀式なんだってさ」
「えー! 4日間も挿れてもらえないなんて、無理ー!」
「まあ、実際にそんなことやってる奴らはいないだろうけど、じっくり相手を愛撫して、愛を確かめ合うって言うのは素敵だと思ってさ」
「そうね、愛している人じゃないと成立しないわよね。…でも思い出すと、あたし、とってもはしたなかったでしょう」
「ぜんぜん、そんなことなかったよ。セックスってお互いが裸になってするものだから、心の中も裸になって、何も隠さずにしなくちゃダメだんだと思っているんだ」
「確かにそうね。ふたりっきりなんだから」
「そうだよ。だから、これからも『こんなことして欲しい』とか『こんなことしてあげたい』って思ったことは、包み隠さず相手に伝えていこうよ。僕たちはそういう関係になっていきたい」
「うん。全部隠さないで言うよ。それにしても、カンジがあたしを妊娠させようと思っていたのはびっくりしたよ」
「あはは。今はおまえを妊娠させられないけどな。一緒の高校に行くんだから」
「そうよね。でも卒業したら、お嫁さんにしてもらえるんでしょ」
「もちろん。僕の妻になって、子供のお母さんになってよ」
「うん」
「ケイは、結婚したけど子供はいなかったんだよね。きっと僕となら妊娠できちゃうよ」と笑うと、ケイは下を向いた。何かおかしなことを言ってしまったのかと、心配になった。
「どうしたの?」
「うん、あのね…」そう言うとケイは残りのビールを一気に飲み干した。
「あのね。これはカンジに言わないでおこうと思っていたんだけど、あたしたち何も隠さない関係でずっといたいから、正直に言うね。実は、高校の初体験で…」と言いかけた時、ケイの口を手で塞ぎ「言わなくていい!」と言った。ケイは目を丸くして、寛治を見た。
「言わなくていいよ。ごめん。コマツから聞いたんだ」そう言うと、ケイの目から涙がぶわっと溢れ出た。そして僕の手を払いのけて、こう言った。
「だめ! 言う! あたしから言う。だから聞いて。全部聞いてほしいの」と涙を流しながら、強い口調で寛治を見た。そこには彼女の決意があり、大きく頷くしかなかった。
「コマツくんから聞いているかもしれないけど、あたし高校2年生で京工の生徒と付き合ったの。シゲルって言うんだけど、彼は京工なのに、あまり不良っぽくなくて、最初はとても優しかった」
「それは僕が手紙の返事を出さなかったからだよね、僕が悪いんだよ」
「ううん。シゲルと会ったのは2年だったし、あたしもカンジのことは忘れかけてたし、忘れようとしてたわ。悪いのはあたしよ。あたしの意志でシゲルについていったんだから」
「そして、あたしはシゲルに処女を奪われ、その日から毎日のように彼のアパートでセックスした。そのセックスはどんどん乱暴にエスカレートしていって、ある日、彼のアパートで三人の男に姦されたの。そして、さらにシゲルはあたしを金で売って、知らない男に抱かせたわ」
「もぅいい、もういいよ」
「だめ、聞いて。そしてあたしは、男に抱かれると妊娠した。するとシゲルがお金を持ってきて子供を降ろさせた。そして妊娠しては中絶を繰り返し、コマツくんが助けてくれるまで4回も堕胎手術したの」
ふと、半年前にカンマキに妊娠させられたキョンのことを思い出した。だから、ケイはあの時、あんなにも激怒したのかと思った。
「そのあと、あたしは横浜を出たの。コマツくんがシゲルから、100万円取ってきて、あたしは高校中退して、家出するように東京で一人暮らしをして、美容師の資格を取ったのよ。そして、これは前も話したけど結婚したけど子供は授からなかったの。堕胎を繰り返している時、先生に『このままじゃ子供を産めなくなる』って言われたのが本当になっちゃったのー!」
「ぐぅわあぁーん!」とケイから動物のような
寛治は彼女の背中と頭を抱き「もういいんだ、もう終わったよ、全部」と公園でケイが彼を抱きしめたように、背中を優しくトントン叩いた。「もっと泣いていいよ。全部泣いて、泣いて、全部吐き出していいよ」と言うと「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と背中を震わせた。
少し慟哭が治ると、彼女の頭を抱いてキスをした。
「もう全部終わったんだよ、ケイ。あれは別の世界での話だよ。ここでは、15歳で処女を無くしたのが、澤木恵なんだよ。そして、その相手は僕だ」
「うん…」と鼻をグズグズさせながら、寛治の顔を見た。
「そして、ここからは新しい人生が始まるんだ。ここからの未来は、おまえの知っている未来じゃなくて、ぜんぜんちがう新しい未来なんだよ」
そう言って、かれらは毛布に包まり、抱きしめあった。
「もう一本吸うね」とセブンスターに手を伸ばすと、ケイも「あたしにもちょうだい」と手を伸ばしたので、細くて長い指にシガレットを一本挟んであげた。
「ふー」っと煙を吐いて寛治の方を向いた。
「もうひとつカンジに知っておいて欲しいことがあるの」
「なんだよ、もういいよ」
「だめ! 聞いて…。あたしね、東京で一人暮らししていた時に、お金に困って風俗の仕事をしていたことがあったの」と少し思いつめたように言った。
「なんだ、そんなことか」と言うと「カンジは平気なの? あたし汚れた女なんだよ」
「だって生きるために一生懸命だったんだろ、辛かったかもしれないけど、おまえが頑張った証拠じゃないか。それに僕だってたくさん風俗には言ったし、たくさんの女のひとに酷いことをしてきたと思う」
「さっきも言ったけど、そんな未来は、もう別の世界のことなんだ。今のおまえが知っている男は僕だけだ。僕だけの女なんだよ」
「カンジ…ずっと一緒にいてね」
「もちろんだよ」
「ずっと一緒だよ。ずっとずっと。絶対にいなくならないでね」
「当たり前だろ、ずっと一緒だよ。おまえがお婆ちゃんになるまで」
そう言ってキスをすると、ケイは舌を絡めてきた。寛治の片手が乳房を包み込むと同時に、彼女は彼を握って、悪戯っぽい目つきで「もう一回しよ」と言った。
「大丈夫かな、もう5時だよ」と窓の外はすっかり暗くなっていた。
「大丈夫だよ、明日まで誰も居ないんだもん。泊まってもいいわよ」
「おー、それもありかな」と笑うと、彼女はカンジの手を引いて、襖を開けた。
「こんどは、もっと激しいのして。して欲しいことや、したいことは何でもやっていいんでしょ」と妖しい目つきで彼を見た。
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