第15話 ロックン・ロール:レッド・ツェッペリン

3月11日・月曜日。いよいよ謝恩会まで1週間を切った。バンドのメンバーは毎日学校に楽器を持参し、休み時間にアンプ無しのチャカチャカした音で、練習を続けた。クラスメイトも、コーラス部分をそれぞれに練習し、中学生でも覚えられる『オール・マイ・ラビング』は休み時間に好んで歌われていた。


さらに、卒業式までのこの週は3年生のみ、毎日授業は半ドンになっており、バンドメンバーは、弁当を持参し、タガワのガレージで昼食を取って、日が暮れるまで練習に励んだ。そこには常にクラスメイトもコーラスで参加し、15人程度しか入れないガレージには、いつも中学生でいっぱいだった。


この時期になると、バンドとしての音はほぼ完成しており、メンバーは手元を見て演奏することはなく、お互いの音や動きを確認しながら、ひとつの音を出せるようになってきた。カンジは、さらに細かい指示をして、コマツのディストーションのオン・オフや、アンプのトーンやボリューム調整も細かく設定した。


12日には、大学生のタガワの兄貴が見学に来て「おまえら、ちゃんとバンドの音になってるじゃん」と感心し、『ロックン・ロール』のイントロとエンディングのドラムソロで苦戦している弟に叩き方を教えていた。


さらに翌日には、兄貴の大学のバンド仲間も見学に来てくれ、大学の軽音から、60ワットのベースアンプと、フェンダーのツインリバーブというギターアンプを持ってきてくれた。ギターを弾いている兄ちゃんがカンジに「君、ツインリバーブ弾いたら?」と言ってくれたが、カンジはケイが買ってくれたアンプでの音作りに満足していたので「あ、いいです。僕ら綺麗な音を出すんじゃなくてパンクなんで」と言うと「パンク?」と不思議な顔をした。


「それより、もしフランジャーを持っていたら貸して欲しいんですけど」というと、再び不思議な顔で「フランジャー?」と言われて、カンジは冷や汗をかいた。「フランジャーとやらはないけど、ファズの『ビッグマフ』ならあるよ」と言われて「貸してください!」と頭を下げた。


「お前らのバンド面白いよなー、俺たちもステージが見てみたいよ」と大学の軽音の連中は笑顔で3年9組バンドを褒めて帰っていった。



いよいよ謝恩会の前日、3月14日。タガワの兄貴が車を出してくれて、放課後にギターアンプを運んでくれた。謝恩会の前日の体育館は、実行委員と出演者たちが、椅子を並べたり、飾り付けをしたりと忙しそうに動いていた。生徒会書記のキタニは、入り口付近で、生徒に渡す飲み物やお菓子を並べていた。9組からはコバシやユースケ、ササイも一緒にキタニを手伝っている。


舞台の上では、各クラスの出し物の簡単なリハーサルをやっており、かれらが到着した時は4組の男女3人が、かぐや姫の『あの人の手紙』を歌っていた。


かれらは、持参したアンプをステージ上に運び、タガワの兄貴がボーカルアンプとマイクスタンドをセッティングしてくれた。ステージ後ろではカサハラバンドのハットリがドラムをセッティングしており、タガワが自分のスネアを持ってハットリに挨拶し、ふたりでセッティングをしていた。


カサハラは9組バンドが持ち込んだ機材に目を丸くし、コバシアキラに耳打ちしている。カンジとコマツはカサハラに近づき「ドラム貸してくれてありがとう」と言うと、アキラが「うん、俺たちからもお願いがあるんだけど、おまえらのベースアンプとギターアンプを貸してもらえないか?」と言われ、ステージを見ると、テスコの小さなアンプに、ギター2本とベースが一緒に挿さっていた。


「いいけど、おまえらのリハが終わったら、アンプの設定変えちゃうよ」

「俺たちが、トリだから、リハーサルは最後じゃねえのか」とカサハラが『トリ』であることを強調し、このステージの主役は自分たちだと言わんばかりの態度を取った。「普通、バンドの場合は逆リハだろ。そうしないとリハの意味がないしさ」とカンジが言うと、カサハラは黙ってしまい。コマツが小声で「これだから素人は困るっちゅうの」と吐き捨てるとカサハラは目を釣り上げた。


カンジは、ステージ担当の実行委員に逆リハを説明し、さらにボーカルアンプも使うことを告げる。「他の演者もボーカルアンプ使ってもいいよ」と言うと「もうリハーサルは半分終わったし、設定とか難しそうだからバンドの時だけでいいよ」と言われた。コマツがカサハラに「おまえらもボーカルアンプ使うか?」と聞くと、カサハラは「いらん、学校のマイクでやるさ」とコマツを睨みつけた。


瞬間、コマツは速攻でカサハラの胸ぐらを掴み、顔を5センチ近づけて「てめえ、オレらが親切に言ってるのに、なんだそれ。中坊のくせに突っ張ってるとぶっ殺すぞ」と恫喝した。さすがは本物のヤクザである。カサハラは震え上がって「ご、ごめん」と言うと、トモコが「中学生相手に本気出してるじゃないわよ」とコマツを小突いた。


バンドのリハーサルは、ササハラバンドからで、ベースのタナカがベースアンプの設定を教わっている。カンジはアキラに「おまえら、どんな曲やるの?」と聞くと「チューリップを3曲と沢田研二」と答えた。「だったら、ツインリバーブの方がいいな」と、コマツのアンプにジャックを挿した。


コマツがアンプの設定を教えると、アキラは「難しいから任せるよ」と言ったので、「じゃあ、コマツの設定のままでいいか?」と言うと、「うん、任せる。それにしてもカンジ、いつのまにエレキの腕をあげたんだ?」と聞いてきたので「エレキはアンプまでが楽器なんだぜ」と言うと、ほーっと感心した顔をした。


セッティングが終わって、カサハラバンドがステージに上がった。メンバーは5人。ドラムのハットリ、ベースのオオタ、ギターはカンジの中二の同級生のアキラと、もうひとりの名前は知らない。そしてカサハラはハンドマイクを持って「じゃ、トリのカサハラバンドのリハーサルしまーす」と言っている。


バンドメンバーとケイとユースケとササイとコバシとタガワの兄貴は、体育館の壁に持たれて演奏を聞いていた。「あー、だから今夜だけはー」とチューリップの『心の旅』が始まる。


「トリのカサハラバンドだってよ」

「紅白歌合戦かよ」とユースケが爆笑した。

「ドラム以外はクソだな」とタガワの兄貴が腕を組んで呟いた。実際にハットリは小学校からドラムをやっており、カサハラはハットリさえ押さえたらバンドが成立すると思い、謝恩会に向けて各クラスからメンバーを集めたらしい。


「いやー、オレの記憶ではカサハラバンドはもっと上手いと思ってたわ」

「おれもだよ、てゆうか9組バンドがこんなになるとは思わなかったからな」とユースケが苦笑いした。カンジは謝恩会の段階では既に関西に転向していたが、手紙をくれたコバシからは『演奏は大変だったけど、楽しそうにしていたわ』と書かれていたので、推して知るべしである。


「見てみな。あいつらハットリ以外は、自分の手元ばかり見てるだろ」とカンジが言うと、3人は大きく頷いた。「俺たちはもう自分の手元なんて見てないし、それより自分以外のメンバーが何をするかさえ知っている。これが俺たちの実力なんだぜ」


「どうよ、自信ついたべ」とコマツがマスオカとタガワに向かって笑いかけると、ふたりは笑顔で頷いた。「でもドラムはハットリにはかなわねえなあ」とタガワが呟いらので「あほ、おれらのバンドのビートはタガワじゃねえと出せねえよ。おまえとマスオカは最強のリズム隊だぜ」と言うと、タガワの兄貴が微笑んでカンジの背中を叩いた。


「それでは、9組バンドお願いしますー」とステージの実行委員が言う。結局カサハラバンドは、1曲まるまる演奏し、「もう一曲いいかなー」と2曲もフルコーラスで演奏した。カサハラは演奏中ずっと9組バンドの方ばかり見ていた。コバシが「カサハラ君焦ってるのかしらね」と笑った。


ステージに上がって、アンプの設定を確認し、ディストーションを踏んだ状態で、ステージを降りた。横浜ヤマハからせしめた5メートルのシールドは、このためにあるのだ。「コマツも下に降りてこいよー」と声をかけ「ここでバンドの音のバランスを確認するんだよ」と耳元で言った。


「タガワー、じゃあ1曲めから初めてくれー」とカンジが言うと、タガワは『ロックン・ロール』のイントロを叩き出す、カンジ、コマツ、マスオカが続き、エイトビートのロックン・ロールが体育館に響き渡る。リハの終わったカサハラバンドが腕組みをしながら凝視してたが、イントロが終わった段階で、カンジがギターを止めて演奏を中断させた。


「タガワー、おまえ、それフルボリュームかー?」とカンジが聞くと「これが限界だー。これ以上大きな音は出せねえ」と叫んだ。「マスオカー、ベーアンのトリブルを少し下げてベースをフリテンにしてくれー」と言うと、マスオカは親指を立てて、ベースアンプの設定をする。その後もカンジとコマツはエフェクターのオン/オフでアンプの設定を確認し、ステージにあがった。


カンジがタガワの兄貴に「お兄さーん、すみませーん、ボーカルアンプの設定お願いしまーす」と言うと、タガワの兄貴は親指を立てた。「じゃ、最初からいくぜ」と言うと、4人はレッド・ツェッペリンを演奏し始めた。タガワの兄貴はボーカルアンプのミキサーのフェーダーを操作しながら、なんどもステージと客席の間を行ったり来たりして、モニターしつつアンプを調整した。


2コーラスめが終わる頃、客席のタガワの兄貴は頭の上で大きな円を描き、演奏はそこで中断した。「9組バンド、リハーサルオッケーでーす」とカンジが言って、舞台を降りた。そこにコバシアキラが走ってやってきて「すげーなカンジ、こんど色々教えてくれよ」と目を輝かせていた。タガワの兄貴も近寄って来て「いーじゃん、森園君、高校に入ったら、俺らのバンドの学園祭も遊びに来てくれよな」と言われた。


周りを見渡すと、ハットリやオオタが9組バンドと和かに話をしていたが、カサハラは遠巻きにカンジを睨んでいたのが目に入った。そこにケイが走り寄ってきて「うわーん、かっこよかったー」と抱きついてきた。「おい、みんなが見てるぞー」と小声で言うと「いいもん、だってかっこよかったもーん」と腕を首の後ろに回してくる。「人前でえっちなことはしないでね」と同じく駆け寄ってきたコバシが笑った。

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