第8話 ザ・ウェイト:ザ・バンド

あっという間に12月になった。この時期になると高校受験が控えているというものの、生徒は中学生活が終わりに向かっていることもあり、クラスの中はより親密になっていく。そして僕とケイも、以前のように休み時間は廊下で話をし、昼休みもずっと一緒だった。周囲も以前のように僕たちをカップルだと認知しているようで、妙な冷やかしもなかった。中学三年生でも、特に二学期は大きく成長するのだと改めて思った。


学校以外でのイベントも多く、僕たちは、両親不在のはオカベの家で一泊し、タバコを吸ったり酒を飲んだり麻雀をした。ケイもナカザワの家で部活の女子会に参加していた。


もちろん、ユースケとコマツと一緒の4人の話し合いも続いており、僕たちはますます『未来ノート』を充実させていた。


終業式前のクボタとの面談では、「ユースケもコマツも西校だから、お前も澤木さんと一緒に西校に受かれよ」と発破をかけてきた。


「先生、僕、西校大丈夫でしょうかね」

「どうした、自信がないのか?」

「そういうわけじゃないですけど、実際には公立なんて行けない成績でしたから」

「そんなの関係ないじゃないか、本当のおまえは62歳なんだぞ」と笑った。


「とにかく、おまえら4人は高校になっても密接に連絡を取り合って、これから先のことを一緒にやっていかなくちゃならない。だから同じ高校に行くことが最優先なんだよ」

「うちのクラスで西校受験するやつはいるんですか?」

「あと5人いる。そういう意味では、俺のクラスは優秀で助かるよ」

「先生、僕たち以外に、未来から来た生徒はもういませんか?」

「いない。…いないと思う。おまえらは極端に変わったからな」

「でも、まだ、くる可能性もありますよね」

「おう、ないとは言えないな。だが気にしても仕方ない。その時はまた慎重に接触してみるさ」

「分かりました。とにかく受験を頑張りますよ」

「頼んだぞ」とクボタは嬉しそうに笑った。


終業式で通知表をもらうと、期末テストの成績はずば抜けていたが、中間テストの成績が散々だったため、そこそこの結果しか出せなかったが、受験に不安はなかった。その日は、コマツも一緒にケイと帰った。ユースケは、カメ、ヤマタ、ササイといういつものメンツで反対方向に帰っていった。


半年以上も、この世界にいるのですっかり見慣れた昭和の街並み。この3人が一緒だと、以前の屋上でタバコを吸っていた頃や、遠足や西校祭のことを思い出し、バイクで死んでしまうコマツが、こうして生きていることが不思議な感覚だった。


「ねえ、コマツくん」

「なんだよ」

「大晦日の夜って、予定ある?」

「なんだそれ、大晦日は紅白歌合戦見て寝るよ」

「あはは、あのさ、実は大晦日の夜にみんな集まるのよ」

「集まってどうするんだ」

「夜通し歩いて、江ノ島で初日の出を見に行くの。一緒に来ない?」

「面白そうだな、誰がくるんだ?」

「あたしとカンジと、ユースケくん、ササイくん、カメダくん、ヤマタくん、デラときーちゃんと、コバシさんとサエキさん」

「僕らが、夏にポセイドンアドベンチャー見たメンツさ」

「そんなことがあったのか、わかったオレも行く」

「わーい、楽しみね」


「また、これで少し歴史を変えてしまったな」

「いーじゃん、そんなの、ねー」とケイはコマツを見て嬉しそうに笑った。




ケイを玄関まで送ると、コマツが「森園、ちょっと話があるんだ。オレんちによってけよ」と言われて、懐かしいコマツの部屋を訪れた。相変わらず部屋には、質屋で買った変なエレキギターがあり、壁にはキャロルとイージーライダーとカワサキZIIのポスターが貼ってある。ただ、以前と違うのはコマツの勉強机の上に、多くの参考書が置かれていたことだ。


コマツは台所から、プラッシーを2本、瓶のまま持って上がってきて、僕の目の前に座った。


「あのよ…ちょっとめんどくせえ話なんだけどよ」

と真顔で僕の顔を覗き込んできたので、少し緊張した。


「オマエさ、二学期の最後に関西へ引っ越しただろ。そんで、オレは京浜工業高校へ行って、澤木は桜薫女学院に行った」

「知ってるよ、おまえ京工で番を張って、暴走族のアタマになったんだよな」

「黙って聞け」とコマツは僕を睨んだ。


「オマエ、引っ越したあと澤木に手紙書かなかったろ。他の友達には返事が来ているのに、わたしには来ないって、オレに電話してきてよ。オレもオマエに『澤木が怒ってるから返事かけ』って書いたよな」


「あ、ああ」と思い出したくない記憶が蘇った。というか、この出来事は知っていたのが、記憶から消し去りたかったのだ。確かに僕はケイからの手紙を受け取った。だが、その返事を書くことに躊躇してしまった。こんなに遠く離れていることに絶望し、何を書いていいのか分からなかったのだ。そして、時間だけが過ぎていき、僕が『返事を書かないことが一番良い方法』だと勝手に信じて、そのまま彼女との思い出を全部終わらせたのだ。


「まあいいや、オマエにはオマエの都合があったんだろう。オレはそれにとやかく言うつもりはねえ。話はここからだ」とコマツはプラッシーを手にして、ぐーっと一気に飲み干した。


「でよ、同じ京工で族にも入ってた、シゲルってチャラい男がいてよ。そいつがなかなかのスケコマシで、周りの高校の女たちを食いまくっていたんだ。ぱっと見は優男やさおとこだから簡単に女を落としてくるんだよ」


「で、高校三年だったかな。もうオレは車に乗ってた頃だったわ。シゲルが『いい女がいるから1,000円でやらしてやる』って言ってよ。その頃、シゲルを中心にスケコマシのグループみてえのができて、みんなでチンコに真珠とか入れてやんの。そんでまあ、オレもちょうど女と切れた頃だったから、シゲルが借りてるアパートの鍵をもらって行ってみたんだ」


「そしたら、アパートの中に布団が敷いてあって、そこに確かに女が待っていた。シゲルは『みんなで使いまわしている女だから、なんでも言うこと聞くぜ。なにやっても大丈夫だから楽しんでこいよ』と言っていた」


「薄暗い部屋で電気を付けると、派手な服と、パンパンみてえな化粧をした女がいてよ。それが澤木恵だったんだよ」



あまりの衝撃に「あぐ…」と掠れた声しか出ない。目の前のコマツは鋭い眼光で僕を睨みつけている。同時に唇がカサカサに乾き、口の中の唾液が全部蒸発したように消えてしまった。震える手でプラッシーを手にして、一口だけ口の中に流し込んだ。


「びっくりしたか?」

「…う…うん」と声にならない声で応えた。


「オレもびっくりしたけど、澤木の方がもっとびっくりしてよ。しばらく動かないままオレの顔をじっとみて、そのうちガクガクと痙攣するみたいに体を震わせて、うずくまった。たまらずオレは、『もう大丈夫。助けてやるから安心しろ』と澤木を抱きしめたよ」


「あ、抱きしめたと言っても、すけべなことはしてねえからな。言っとくけど」と少しだけ笑った。


「そのあと、澤木はギャンギャン泣いてな。オレはあんなに悲しんでいる女はみたことがねえぞ。そんで、泣いている澤木を車に乗せて、電話でシゲルを埠頭に呼び出して、車に積んでた鉄パイプで、ボコボコにしてやった」


「コマツ!」と思わず、その場で土下座してしまった。

「僕を殴ってくれ! シゲルみたいにボコボコにしてくれ!」と懇願した。


「ふざけんな!」

「頼む、僕を殴ってくれ!」

「ふざけんじゃんねえ、シゲルは鎖骨と肋骨2本折って、鼓膜が破れたんだぜ。それにオマエを今殴っても、なんにもならねえよ!」


そう言って怒鳴ると、立ち上がり机の上から、ショートホープとツナの空き缶を持って、僕の前に座り、箱から1本抜いて、口にくわえ「オマエもタンべ吸え」と一本差し出した。


ショートホープを口にすると「うっ…」と少し嗚咽が漏れる。

「泣くんじゃねえ! 泣きたいのは澤木だぞ」そう言って、煙を吐き出した。


「あのな、実は、クボタのアパートの帰りに澤木に言われたんだよ。『あのことは絶対にカンジに言わないで』とな。あの子泣いてたぜ。本当にオマエのことが好きなんだよ」


「オレはよ、まわされていた女が森園の彼女じゃなかったら、シゲルをあそこまで半殺しにしなかったぜ。なんかよ、中学時代のオマエらふたりは、本当にいい感じだったんだぜ。オレは時々横にいて、オマエらが仲良くしているのをみていると、なんだか、あったけえ気持ちになってよ。オレにとってもオマエらは大切な思い出なんだよ」


「澤木は、オマエに言うなって言ったけど、言っちまってすまん。でもよ、こうしてちゃんと言わないとこの先、オマエらと仲良くできないと思ったんだ。すまんな。それとこのことは、ユースケやクボタには言うつもりはないから、安心しろ」


「ありがと。ありがとうコマツ」と鼻をすすりながら、ショッポに火をつけた。

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