戯 幽

俺が住んでいるのは安アパートの104号室。初めて物件を紹介されたときは、何か出るのではと好奇心半分怖さ半分だった。場所によっては103、飛んで105号室になることもあるという。そんなつまはじきな「4」のつく部屋に俺はいる。


住み始めて半年。何も起きていない。と、思う。1週間に1回くらいで電球がチカチカする。

夢でうなされることが多くなった。しかし、その程度で心霊現象だとは思っていなかった。


あの日までは。


隣の103号室がうるさい、というのは引っ越して3日もすれば分かった。何しろ古いアパートだ。壁も相応に薄い。その薄い壁越しに、音が伝わっていた。


男と女の声。泣く子どもの声。聞こえてうれしいものではないが、人それぞれ事情がある。首を突っ込むものでもない。


ただ、女の声だけ気になっていた。なんとなく、男の声、子どもの声よりも近いのだ。


その日もコンビニで弁当を買って帰ってきた。例によって、隣から声がする。気にしない、と決めていた。しかしその日は会社でミスをし、皆の前で叱責されるというイレギュラーな日だったのだ。騒音を無視する心の余裕がなかった。


イライラしながら103号室への壁を殴る。普段ならしないことだが、ムシャクシャしていた。


2、3度拳を打ちつけて違和感に気付いた。殴っている音が妙に響く。隣との壁に空間があるのか?


まさか。気にはなったが、そんな理由で壁に穴をあけるわけにはいかないよな。そう独り言を言って壁に背を向けようとして。


転んだ。散乱していた空き缶を踏んだのだ。派手に倒れ、後頭部で壁に頭突きをした。


みしっ、という音がした。やってしまった、と青くなる。


損傷を確認しようと、壁にできたひび割れに目をやった。


そこで俺は見てしまった。ひび割れから覗く目を。


そして理解した。なぜ、女の声だけ近くに聞こえたのかと。


彼女は壁の間にいたのだ。ずっと、多分俺が住む前からずっと。

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戯 幽 @kasoke_501

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