先生たちの夜

砂鳥はと子

先生たちの夜



 職場内に三人しかいない独身組のうち、唯一の男性だった加藤かとう先生が結婚した。しかも半年前の同窓会で再会した教え子と。さすがに成人してるとは言え、相手が教え子とは恐れ入る。おかげでこちらに矛先が向かなくなると楽観視してたが、そんなこともなくため息は減りそうもなかった。

「残るは江井えい先生と備前びぜん先生だけですね」

 世話焼き、もといお節介な教頭が私と私の右隣りに座る江井先生を狙うかのように見やる。彼女は縁結びさせるのが好きらしく、こちらとしてはうんざりしていた。

 どうせまた見合い話でも持ち出すのではないかと、私は気が気ではない。

 渦中のもう一人、江井先生は黒く長いさらさらの髪を邪魔そうに払いつつ、小テストの採点に集中している。話など聞こえてないと言わんばかりに。

「残る二人が結婚したらこう、もっと締まるんですけどね」

「ははは、そうですねー」

 愛想程度に笑って受け流す。

 私や江井先生が結婚したら何だと言うのだ。独身だから何だと言うのだ。内心、イラッとしたが顔に出すわけにもいかず、ストレスが溜まる。 

 横にいる江井先生は凛とした面持ちを崩すこともなく、赤ペンを動かし続ける。

「いっそのこと江井先生と備前先生が結婚しちゃうのはどうですか?」

 斜め向かいに座る体育教師が軽口を叩く。

「何言ってるんですか、女性同士で結婚できないでしょう」

 教頭が呆れる。

「いやぁ、確かに今は無理ですが、いつかそういう時代来ると思いますけどね」

「だとしても江井先生と備前先生とじゃ合わなそうですね」

「備前先生がもう少ししっかりしてくれればねぇ」

「仕方ないですよ。備前先生はまだ若いですから」

 話の行方がさっきとはまた違う面倒くさい方向に行きそうになり、私は盛大に吐き出しそうになったため息を飲み込んだ。

「私たちが独身だとそんなに不都合でもありますか?」

 ずっと黙っていた江井先生が、冷気でも込めてるのかと思うような口調で、初めてこの話に加わった。

 それで一瞬にして職員室にはただならぬ空気が流れる。

「それに備前先生はちゃんとやられていますよ。備前先生、次の授業で使うプリントのコピーを手伝ってくれませんか」

 江井先生が立ち上がる。

 私なんかとは違い、いつ見ても隙がなさそうな佇まいに知らず知らず釘付けになる。

 江井先生は美人だ。地方の商業都市で中学校の教師なんてしているのはもったいないのではないかと、常々思わせるくらいに。

「備前先生?」

「あ、はい。すみません。お手伝いいたします」

 私も慌てて立ち上がり、職員室を出て行く江井先生の後を付いて行く。

 しかしこれで余計なことを先輩教師たちにつつかれなくて済むと思うと、少し安堵した。

 

 

「他の先生方の話、いちいち真に受けなくていいですからね、備前先生。たまには上手いことかわさないと」

「はい。すみません」

 すでに部活動も終わり、生徒の気配が消え失せた廊下を歩きながら、私はぺこぺこと頭を下げた。

「あの、でもやっぱり、教師だったら既婚の方が安心感あるんでしょうか」

 教頭がともかく結婚させたいらしいのを見ていると、そんなことが気になってしまう。

「だとして、備前先生は今からいい人を見つけてすぐ結婚できるんですか? そんな簡単に結婚したくなるような人と出会えます?」

「それは⋯⋯、難しいですけど」

「結婚なんてプライベートなことなんですから、自分のタイミングですればいいんですよ。いちいち他人から指図されるいわれはありません」

「ですよね」

 言っていることは最もだが、それが通じないこともあるのではないか、とも思っている。それを口にしたら江井先生に怒られそうなので黙っていた。

 印刷室に着くと、江井先生はプリントをコピーし始める。

 よく考えたら私がいなくても良さそうなのに私を連れ出したのは、あの場から逃してくれたのかもしれない。

 江井先生は一見するとクールで近寄り難い。生徒にはそれなりに愛想よく振る舞ってはいるが、教師相手には存外に淡白な人だった。しかし保護者にも間違っていたらきっぱり指摘できる強さがある先生だった。

 そんなところは憧れでもあり、永遠に自分にはなれない教師像を持つ人でもあった。

 私は去年教師になったばかりの新米で、今は二年三組の副担任をしている。担任である江井先生の手伝いをしていた。

 正直私があまり頼りないせいで、きちんとサポートできているか不安ではあるが、いつかは私も独り立ちするわけだから、副担任として仕事するのはとてもいい経験になっている。

 江井先生は私が困っていれば嫌な顔することなく助けてくれるし、相談にも乗ってくれる。

 他の先生から面倒な話を振られても、こうして連れ出してくれるのだからありがたい。

 私たちはただコピー機が同じプリントを吐き出すのを黙って見ていた。

 夜の帳が下りた校舎はとても静かで、遠くの職員室から笑い声が響いている。どうせ教頭たちが私たちの話でもしているのだろう。

 江井先生は元々話好きな人ではないので、二人きりだと間ができることが多々あった。私も話上手ではない。

「あの、仕事終わったら飲みに行きませんか」と何度も言おうとして飲み込んだ。

 一度でいいから、プライベートでじっくり江井先生と話してみたいと思っていた。だけど彼女の性格からしたら、職場の人間とプライベートの付き合いなんてしたくなさそうだったし、断られそうだった。

 きっぱり断られるのを想像すると、誘うのを躊躇ってしまう。

「備前先生」

「は、はいっ」

 名前を呼ばれて顔を上げると、一見冷徹にも見える強く凛とした眼差しと対峙する。 

「さっきから何か言いたそうですけど」

「だ、大丈夫です」

「何か困ってることがあるなら、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「はい。ありがとうございます。今のところは大丈夫、です」

 本当はあなたのことがもっと知りたいです。もっとあなたに近づきたいです。

 いつも思っていることを胸の奥に押しやる。

 優しくて強い、江井先生のことが私は好きだった。先輩教師としてではなくて、恋い焦がれる気持ちで。

 

 

 ようやく残業を終えて、私は玄関でうち履きから靴に履き替える。外に出ると真冬の凍てつく澄んだ夜空に、瞬く星が見えた。

 私は学校を出て、歩いてバス停まで向かう。こんな寒い日は何か温かいものでも食べて帰りたい。

 日中は生徒たちが行き交う道も今は誰もいない。

 通りに出ようとしたところで背後からクラクションが鳴り響く。

 私が慌てて道の端に寄ると車が横に停まった。

「備前先生、乗っていきます? 送りますよ。こんな時間に寒い中外でバスを待つのは大変でしょう」 

 車の主は江井先生だった。

「いいんですか?」

 私は一瞬迷ったが、こんなチャンスはないとお言葉に甘えることにした。後部座席に収まる。

「ありがとうございます、江井先生。助かります」

「気にしないでください。どうせ走る距離は大して変わりませんから」

 私は初めて江井先生の車に乗り、少しどきどきしていた。できれば助手席から彼女の横顔を見つめてみたかったけど、それは贅沢だろうか。

 車が通りに向って走り出す。

 ラジオからはステップを踏むような軽快な音楽が流れてくる。そのせいか、私の心は更に浮足立つ。

 私は今なら江井先生を誘えるのではないかと、話しかけるタイミングを伺っていた。

 大きな交差点に差し掛かり、信号が赤になる。車が停まる。

「あの、江井先生、よければ夕飯一緒にどうですか?」

 私たちの沈黙の間を陽気な音楽が通り過ぎてゆく。

「いいですね。備前先生、何か食べたいものありますか?」

(どうしよう、上手くいっちゃった)

 胸のうちに喜びがじわじわと広がる。

「寒いので、何か温かいもの食べたいなって思ってたんですけど」

「そうですね。私、美味しい鍋のお店知ってるんですけど、どうでしょう?」

「是非、そこで」

「分かりました」

 江井先生はウインカーを出すと、進行方向を正面から右へと変えた。

(これってもしかして、デート? いやいや、デートじゃない。デートじゃない)

 自分でもびっくりするほど、私は浮かれていた。犬ならしっぽをちぎれんばかりに振っていたに違いない。


 

 初めての江井先生との食事は実に楽しかった。私はお酒も飲んでいないのに始終ふわふわして、夢見心地で。

 他愛もないどうでもいいような話で盛り上がった。

 普段はクールな江井先生も、楽しそうに笑顔を見せてくれて、その笑顔がまた可愛らしい。きっと他の先生たちは見たことがないであろう、リラックスしきった江井先生を見られて私は特別な存在になれたような錯覚に陥っていた。

 でも錯覚でも何でもいい。気になるこの人の素顔をほんの少し知ることができたのだから。

 店を出ると真冬の冷たい空気に晒されるけれど、高揚した気持ちを鎮めてくれるようで爽快だった。

「備前先生のお宅、M町の方でしたっけ?」

「そうです。M町です」

 江井先生が先に車に乗り込むと、助手席のドアを開けてくれた。どうやら隣に座ってもいいらしい。

 今日はいいことづくしで明日が怖くなる。

 私は遠慮なく助手席に座り込んだ。自宅の住所を伝えると、江井先生は慣れた手つきでカーナビを操作する。

 後は家に帰るだけなのかと思うと寂しくなる。

 車が走り出し、ラジオから流れるのはさっきとは打って変わって落ち着いたジャズだった。

 ムーディでゆったりとした曲調。もし私たちがカップルならいい雰囲気になりそうだ、なんてしょうもないことを考える。

(そういえば江井先生はこんなに美人なのに、彼氏いないのかな)

 職業も安定していて、容姿端麗で、気がいて優しくて、でもきちんと自分の意思を貫ける強さもあって。落ち着いた佇まいでありながら、可愛らしい部分もあって。非の打ち所がないとはこの人のための言葉だとさえ思える。

(彼氏いるんですか? なんて図々しくて聞けない)

 いなかったとしてもアプローチして振り向かせる自信も魅力も私にはないけれど。

(でも少しくらいは気持ち伝えたいな。江井先生なら断るにしても受け止めてくれそうだし) 

 車はどんどん見慣れた街並みに進んでいく。大通りを左折して住宅街に入る。間もなくして私の住まいであるマンションの明かりが目に入った。

『目的地まで300m手前です。案内を終了します』

 これで終わりだと言わんばかりのカーナビの音声が虚しく響く。

 車はマンションの手前に到着した。

「備前先生、ここでいいんですよね」

「⋯⋯はい」

「どうかしました?」

 江井先生が私の顔を不思議そうに覗き込む。暗い中でも清廉な面立ちがよく分かる。

「あの、まだ足りないって言うか。寂しいって言うか」

「⋯⋯⋯⋯?」

「もう少し江井先生とお話したくて!」 

 二人きりというシチュエーションがそうさせたのか、私は素直に自分の気持ちを吐き出していた。

「⋯⋯そうですか。それじゃもう少しいましょうか。備前先生の気が済むまで」

 江井先生は膝に置いた私の手に自身のしなやかな白い手を重ねてきた。

「き、気が済むまでですか!?」

 突然触れられて驚いた私の声はすっとんきょうにひっくり返っていた。

「だって、そうしないと帰れないじゃないですか。いいんですよ、備前先生。私でよければ幾らでも話を聞きますから」

 今、私の手には全神経が集中している。

 江井先生の柔らかでぬくもりのある手の存在があまりに大きくて、どうしていいのか分からない。

「あの、江井先生⋯⋯。ここじゃあれなので家に⋯⋯⋯。だめですか?」

「備前先生が構わないならいいですよ」

 食事だけでなく、家にまで誘ってしまった。今日の私はどうかしているのかもしれない。

 

 

 リビングに私が密かに想い続けた江井先生がいるのは、何とも奇妙な光景だった。本当に現実なのか疑いたくなる。あと数分後には目覚ましが鳴って起こされる展開になってもおかしくはない。

 こんなことならもっときちんと部屋を片付けておけばよかったと後悔がよぎる。

「江井先生、何か飲みますか?」

 私は冷蔵庫からチューハイを取り出して持って行く。

「教師に飲酒運転させる気ですか?」

 呆れたように笑う江井先生と目が合い、事態に気づく。

「ごめんなさい。そんなつもりはなくて。コーヒー淹れますね」

 浮かれすぎて私の頭は正常じゃなくなっている。しっかりしないと。

 私はキッチンに戻りコーヒーを淹れる準備をする。

「コーヒーは一つでいいですよ」

 あまりに間近に江井先生の声がして、私は思わず振り向いた。すぐ真後ろにいた。至近距離にどきりとする。

「備前先生はお酒を飲みたいんですよね?」

「そんなことは⋯⋯。私だけ飲むのも失礼ですし」

「構いませんよ。私は元々、お酒は苦手なので。でも人が楽しそうに飲んでいるのは好きなんです」

 にっこり微笑まれる。その微笑みは初めて見る妖艶さを漂わせていて、私は惹き込まれた。

(江井先生もこんな顔するんだ)

 どぎまぎしているのを悟られまいと、私は髪を整える振りをして顔を隠した。

 淹れたコーヒーとチューハイを携えてリビングに戻る。二人並んでソファに沈む。

「何だかほっとしますね」

 コーヒーに口をつけた江井先生にならい、私もチューハイの蓋を開ける。

「あの、いいんでしょうか。私だけ飲んでも」

「お酒がある方が話しやすくなったりしませんか? 私に聞いてほしいことがあるんですよね?」

「それは、まぁ⋯⋯」

 まさか江井先生が好きだと伝えたい、なんてこの人は微塵も想像してないのだろう。

 でもこうして仕事以外で同じ時間を共有するのは、特別感があって嬉しい。

「あの、江井先生」

「はい」

 優しい笑みを向けられる。何でも聞いてくれそうな優しい笑みを。

「私、多分一生結婚しないと思うんですよね。だからこの先も教頭先生に結婚をせっつかれるのかなと思うとちょっと気が重くて」

「そうですね。あの人、縁結びが趣味なところがありますからね。だからと言って、無理矢理するようなことじゃないですから。適当にあしらっておけばいいんですよ」

「ですね。はい」

 何で、一生結婚しないのか。

 それは私が女性を好きだから。そして今は江井先生が好きだと伝えようとしたかったのだが、失敗した。

(私って教師のくせに本当に話下手だな)

 自己嫌悪でお酒が進む。

「備前先生、そんな悲しそうな顔しないでください。大丈夫ですよ。私も助け舟出せる時は協力しますから」

 江井先生は私が落ち込んだと勘違いしたのか、そっと肩を抱き寄せられた。

 そこで私の想いは一直線に外へ出ようと迫って来る。

 私は缶をテーブルに投げ置くと江井先生に抱きついていた。

「備前先生⋯⋯!?」

「好きです! 江井先生のことが好きなんです」 

 勢いあまって告白してしまった。

 拒絶されるかもしれない恐怖より、伝えたい気持ちが勝ってしまった。

「私のことを、ですか?」

「⋯⋯はい」

 もうこうなったらどんな返答でも受け取る覚悟はできている。きっぱり振られたらそれはそれですっきりする。

 何となく笑ったような気配がして、私は顔をあげた。

 そこにはぞっとするほどに艶かしい笑みをたたえた江井先生の顔があった。だけど感情は分からない。楽しんでいるようでもあるし、怒っているようにも見える。

「備前先生って本当、可愛らしい人ですね。あなたみたいな人を見てると、困らせたくなっちゃうんですよねぇ」

「か、可愛らしい⋯⋯?」

(困らせたい⋯⋯?)

 江井先生の口から出るとは予想外の言葉に頭がくらくらする。 

「ええ、とっても。すごく可愛いですよ、備前先生」

 強引に顎を掴まれる。獲物を狙うような目つきに、私は身震いした。

 怖いけれど、目を逸らせない。

「備前先生、私のこと好きなんですか? いつからですか?」

「⋯⋯気づいたら好きになってました。多分、会った時から」

 一目惚れ、と言っても過言ではない。

 江井先生の全てに私は惹かれていた。

「私なんかを好きになるなんて見る目がないですね。でもそういうところも、悪くないですね」

 と言うやいなや、江井先生の顔が近づいてきて唇を塞がれる。

 全てを奪い尽くすかのような激しいキスに、私はただただ彼女の腕の中で翻弄されるしかない。

(夢⋯⋯? これは夢?)

 信じられないような事態なのに、江井先生とのキスがあまりに気持ちよくて何もかもがどうでもよくなっていく。

 何でこんなことになっているかなんて、些末なことかもしれない。

「備前先生とはもっとゆっくり時間をかけて近づきたかったのですが、告白されたらそうもいきませんよね。誘ったのは備前先生ですよ。今更後悔したなんて言われても手遅れですからね」

「後悔なんて、してないです」

 してはないけど、私は見てはいけない江井先生を見てしまったような気がする。

「続き、します?」

 両腕を掴まれてソファに押し倒される。これでノーなんて言えるわけがない。

 そして言う必要もない。

「江井先生⋯⋯」

 私は目を閉じた。

 願っていたのとはだいぶ違う展開だけど、江井先生が私を相手してくれるならそれで十分だ。

 私たちは貪るように快楽へと身を委ねた。

 

 

 寒さに目を覚ます。私はベッドの中にいた。外はまだ暗い。何時なのだろうか。

 私は毛布から顔を出すと、ベッドの脇で着替えている江井先生の後ろ姿を捕えた。

 乱れたのが嘘のようにきれいな黒髪が背中に揺れている。

「江井先生⋯⋯」

「起こしちゃいましたか? そろそろ帰りますね」

 振り返った彼女は屈むと私のおでこにキスをした。

「今、何時ですか?」

「朝の四時です」

「⋯⋯ごめんなさい。今日も仕事なのに私が誘ってしまって⋯⋯」

「いいんですよ。私が好きでしたことですから。それじゃ、またあとで」

 私は起き上がり、寝室を後にしようとする江井先生の腕をとっさに取った。

「あの、これっきりですか? ⋯⋯一晩だけ、ですか?」

 私は縋るような思いで江井先生を見上げていた。

「もし付き合ってほしいって言ったら、どうしますか江井先生」

「どうもこうも、それは備前先生次第ですよ。彼女になる女がこんな女でもいいなら喜んで受けますよ」

 江井先生は晴れやかな青空のように微笑む。昨日の妖艶な顔を見せた人と同じとは思えないような。

「本当ですか?」

「本当です」

 包み込むように私を抱きしめた江井先生は私の唇に、そっとキスを落とす。

 幸せになれるだろうか。好きな人と一緒に。          

   

                   


 あれからニヶ月が過ぎた。

 真冬の冷たい空気も徐々に薄れ、春の訪れを感じる日々が続いている。

 今日も今日とて残業をこなして、仕事を終えた私たちは同じ車に乗る。

智子ともこさん、お夕飯どうしますか?」

 運転席に座る彼女に声をかける。

 もうプライベートな空間なので、江井先生とは呼ばない。 

紗世さよは何が食べたい?」

 智子さんも私を備前先生ではなく、下の名前でも呼ぶ。

「できれば智子さんの手料理がいいなって」

「今日は一緒に作る?」 

「はい。そうしたいです」

「じゃ、スーパーによってから帰りましょう」

 車は学校を出て目的地に向かう。

 私たちの関係は、もちろん秘密だ。

 周りの先生にも生徒にも。

 誰にも言えなくても、私たちは私たちなりに幸せだ。

 きっとこれからも。    

 

                          

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先生たちの夜 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ