彼女。そう、現実では女なのだから、彼女。

 彼女は、夢のことを覚えていたのだろうか。

 そして、きっと、わたしのことを知っていて。声をかけられなくて。夢のなかだけで。そして、そして。心がこわれた。

 わたしが、覚えていなかったから。

 彼女は。


「いだ、いだだだだ」


 いきなり起き上がろうとしたのでベッドに叩き込んだ。腕には自信がある。


「うぐぅ」


「あっごめんなさい。つい」


「なんで。自分。生きてる。どうして」


「まあ、そりゃあ、飛び降りたら、しにかけますけど」


「待って。高いところから私落ちたのに」


「知らないんですか。街のコンクリート、雨を吸収する関係上、衝撃に対して軟らかいんです」


「なにそれ」


「まあ、詳しくは街を作った人に訊いてください」


「あ」


「お。思い出しましたか。わたしですわたし」


「どなたでしょうか」


 お。そう来たか。


「道端で倒れていたあなたを介抱した者です」


 彼女。素早い動き。


「あっ待って通報しないでナースコールしないでおねがい」


 あやしいおねえさんじゃないです。夢で一緒、一緒に、だめだ夢で一緒とか言ってもぜったい理解されないや。


「じゃあまあわたしは今日のところはここら辺で失礼します。でも。あなたを介抱した人間なのはたしかなので。具合がよくなったら、連絡ください。連絡先は警察から聞いてくださいね。おねがいしますね。感謝の言葉。とても重要」


 病室を出る。

 と。

 同時に。


「よっし」


 ちいさくガッツポーズ。


「大丈夫」


 彼女は無事。そして、わたしのことも覚えてない。


「最初から、あなたと仲良くなれる。しかも、夢じゃなくて、現実で」


 まるで、面白かったドラマを一気に見て、そのあと記憶を全部失ってもう一度見るような。そんな気持ち。とても素敵。

 わたしの普通が、普通じゃなくなっていく。あなたが、わたしを普通から連れ出してくれる。

 これで、もう。

 あなたのいない朝へは、戻らない。

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あなたのいない朝へ (※lily注意) 春嵐 @aiot3110

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