4-2 故郷を襲撃した部隊長を訪ねる
シルフィアへの土産話になると思い、アッシュはファンダにそれぞれの店が何を取り扱っているのかを聞いた。軒先に水差しや蹄鉄が並べば、なんの工房か分かるが、楽器奏者や家庭教師、公証人のように己の知識や技能を売り物にする者が構えた店舗は、聞かなければ分からなかった。
「お詳しくて助かります。ファンダさんは、ここの生まれなんですか?」
「ええ。バルフェルクラートなんて名前になる前から、ここに住んでます」
(つまり俺と同じペールランドの民か。支配者が変わったことをあれこれ聞くと、不審がられるかもしれないな……。今の俺は、皇国の貴族だ……)
被征服地ではあるが、人々の表情に翳りはない。庶民にとっては支配する者が変わっても何も影響がないのか、それとも目にした人々はペールランドの国民ではなく、移住してきたロアヴィエの者なのか、アッシュには判断がつかなかった。
昼過ぎ、アッシュはかつて故郷を焼き払った部隊の隊長フェド・リンケの住まいを訪ねた。中央から離れた路地に面する、煉瓦でできた四階建て
アッシュは長い話になるから先に帰ってくれと同行者に指示したが、ファンダは共同住居の外で、馬の面倒を見て待機している。アッシュはファンダが監視目的で同行しているのかと疑っていたが、その可能性は考えから捨てた。見張りならば、屋内での会話にこそ注意を払うべきだ。見習い兵士が普段とは異なる任務を与えられて張り切っているだけだろうと考える方が自然だ。アッシュは二年間軍務に就いていたので、新兵の張り切り具合を苦々しく知っている。
(使者の案内を完璧にこなして、上官から認められたいんだろうな……)
「供は外で待たせておいていいのか?」
話しかけられたので、アッシュは声の主に意識を戻した。フェドは路上にいた中年と変わらぬような襤褸を纏い、髪と髭を伸びるがままにした暗い瞳の男だった。おそらく、魔銃使いの登場による軍事改革の結果、居場所や立場を失ったのだろう。
「三人も入れるほど広くはないからな……。すまんな」
確かにフェドの言うとおり、藁を積んだベッドの他には木箱が一つあるだけの簡素な部屋だ。フェドは膝を悪くしているらしく外出が困難だったため、外に誘い出すことはできなかった。もっとも、アッシュにはその方が都合が良い。フェドはベッドに腰掛けているが、アッシュは腰を下ろす空間にすら困るので、立ったままだ。
「お気遣いありがとうございます。それよりも――」
アッシュはグラハムを名乗り、侯爵のシルフィア卿に仕える者だと告げ、早々に本題に入る。その際、侯爵という言葉の響きに金の臭いを感じたのか、フェドの目の色が僅かに変わったことをアッシュは見逃さなかった。しかし、気付かぬふりをして若者らしい腰の低さで問う。
「二年前のペールランド侵攻作戦の詳細を教えて頂きたいのです。特にハルカ村に火をつけた者を知りたいのです」
「……何故、そんなことを聞く」
当然の疑問なので、事前に答えは用意してある。アッシュは困り果てたような笑みを浮かべ、相手の警戒を解く。
「恥になるから内密にして頂きたいのですが……。シルフィア卿に縁のある者が、攻撃時に突出しすぎて火災に巻きこまれたのです。なんとか逃げ延びたのですが全身に火傷を負い結局は亡くなったのですが……」
「む……」
フェドが興味を抱いたらしく、ぼうぼうに伸びた口ひげを弄るのを止め、身を僅かに乗りだす。アッシュは一拍置いてから、声を落として続ける。
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