4-3 アッシュは一人目の復讐を果たす

「その者は村人に捕まったのですが、身の代金を約束して助命を請うたのです。それが、つい最近になって債権者を名乗る者が、シルフィア卿に身代金と治療の謝礼を求めてきたのです。ですから私は、その者の言葉が真実なのか、主に代わり調べているのです」


「成る程。そういうことでしたら、私の知る限りをお教えしましょう」


 若造ともいえるグラハムに対して随分と協力的で丁寧な対応をするのは、侯爵からの謝礼を期待しているからだろう。アッシュが手土産に持参した酒瓶を渡すと、フェドはさっそく口をつけて勢いよく呑んだ。水分補給用の水で薄めた麦酒ではない。酔わせるための濃い葡萄酒だ。アッシュの思惑どおり、顔を赤くしたフェドの口は軽くなった。


「村に火を付けるつもりはなかった。食糧や金品を略奪したり女を襲ったり……。軍事行動中に溜まっている兵士の鬱憤を晴らさせる必要があるからな。村に火を放ったのは部隊と行動を共にした精霊教団ダフコルだ」


「精霊教団というと、皇都の地下に住むと言われる、あの胡散臭い連中ですか」


「そうだ。地下で何事か策動し、地上に出れば晴れでもフードを目深に被り、常に薬品臭を漂わせる陰気な集団だ。何百年も前に世界からいなくなった精霊をこの世に呼び戻そうだなんて、頭がいかれているのさ。俺の爺さんの爺さんだって精霊なんて見たことはない。そもそも精霊の存在自体がおとぎ話の一種だ」


 酔眼に正気の色が薄くなったのを見て取り、アッシュは踏みこんだ質問をする。


「精霊教団は何故、ハルカ村に火を付けたのですか?」


「村を丸ごと燃やせば火の精霊が現れると奴等は信じていた。村人は生贄だ。若い女くらいは連れ去りたかったんだがな。赤毛で胸のデカい女を姦している途中で、教団の連中があちこちに火をつけやがった。どうやら生娘だったらしく、しまりのいい女でな。妹には手を出さないでくれと泣き叫んでいたが、こちらは千人で村を襲っているんだから、十やそこらのガキも使わないと、溜まったものも出せない。火さえなければ、もっと楽しみたかったのだがな」


 間近に石を擦るような鈍い音を聞き、フェドはアッシュを見上げて背筋を凍らせた。暗い目つきをした男が、眉間に深い皺を寄せて歯ぎしりしていた。


「赤毛の女姉妹……。ライラとリイラか。ライラは縫い物が得意でな。花や動物の模様が綺麗なマフラーを村の皆に編んでいたよ。俺は手袋を貰った。ライラの手袋を付けて羊の尻を叩くと、なぜかみんな言うことを聞いてくれたよ。リイラは花冠を作るのが得意で――」


「な、なんのことだ?」


「聞くに耐えんから、死ねということだ」


「……? ぐっ……」


 アッシュは左腋から魔銃を取りだし、発砲。銃魔術『抑音サプレス』により、くぐもった小さい音が漏れるのみ。フェドの額に穴が空き、6.2x20㎜魔力弾は後頭部を貫通することなく頭蓋骨の中で反射し脳をかき回す。目鼻口から、どろりとした赤黒い液体がこぼれた。

 もう少し聞きだせる情報はあったかもしれない。しかし、村の娘を襲ったと聞いて、アッシュは殺意を抑えきれなくなった。本心では苦しませてから殺したかった。過去を後悔させたかった。身動きを取れなくしてから体に火を付けてやりたかった。だが、外にファンダがいる。いずれ殺人は発覚するだろうが、まだ知られるわけにはいかない。


「火を点けたのは精霊教団か。皇都の地下に潜んでいると言われているが、案内人なしで探索できる場所ではない。俺と一緒に銃士隊の牢から脱獄したフランギースとかいう男、ドワーフだったな。地下に詳しい可能性があるが……。接触する価値はあるか?」


 アッシュは死体をベッドの藁に埋めた。フェドは一人暮らしなので発見まで時間はかかるだろう。脚を悪くしていたから外出も少なかっただろうから、近所に知り合いも僅かなはずだ。


「二年もかかったが、ようやく一人だ。村を襲った連中は全員見つけ出して殺してやる……」


 歓喜に指先が細かく震える。アッシュは何度も深呼吸して心を落ち着けてから部屋を出た。

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