5-3 言い争う副隊長

「どういうことだ!」


 凱汪銃士隊十二番隊の副隊長執務室に、響き渡った怒号が、十字窓の硝子を揺らした。


「ご、ごめんなさい!」


 入室しかけていたアイリは自分が叱責されたかと思い、反射的に謝ってしまった。リッキの為に林檎を収穫していたので、バーンとイナグレスの診察を僅かに遅刻したのだ。しかし、アイリが怒られたわけではない。おっかなびっくり執務室を覗きこんでみると、十一番隊のグラト・ラーダが肩を震わせていた。

 入室者の姿を確認するため、グラトが怒り肩の上にある首だけ振り返る。冷徹な眼差しとすっとした鼻筋の下で、普段から不機嫌そうに口を曲げる男は、この時は怒りが色濃い。


「グラト副隊長?」


「……アイリか。お前を怒鳴ったわけではない」


 アイリは得心した。自分でなければ、相手はバーン・ゴズルだろう。ここは十二番隊の隊舎だから、十一番隊副隊長のグラトが乗りこんできたのだ。グラトとバーンは犬猿の仲だというのに鏡写しのような能力を持つため、尚更互いを意識し合い反発しあっている。アイリは怒りの火の粉が自分へ飛んでこないように、壁に背をつけてこそこそと入室した。

 案の定、怒鳴られたのはバーンであった。他隊の副隊長が訪問してきたのに椅子に腰を下ろしたまま、素知らぬ顔でふんぞり返っている。傍らでは目に包帯を巻いたイナグレスが、怯えた様子で立っている。アイリはこの二人を治療しに来たのだが、間が悪かったようだ。


「二度も言わせるな。キーシュは白エルフに殺された」


「そのエルフは、四輝将軍のシルフィア卿で間違いないのか」


「魔銃使いのエルフなんて、他にいないだろ」


「そんな話が信じられるか。キーシュを出せ」


 グラト配下のキーシュは、十二番隊の隊員と酒場で乱闘騒ぎを起こしたため、十二番隊の隊舎で一時的に拘束されていた。グラトは二週間が過ぎても解放されないキーシュの身柄を引きとりに来て、部下の死を聞かされて激昂したのだ。


「信じねえのはテメエの勝手だ。だがよ、俺の右腕を斬り落とせる奴が、この国の一体何処にいる? 隊長格の他には、四輝将軍しかいねえだろうが」


「それは……」


 バーンの右肘には大きな傷跡があり、その先は左腕より僅かに細い。傷跡も痩せた腕も服の下にあるのだから、グラトの眼には映らない。だが、恥に他ならないというのに右腕を失ったなどと言うのだから、虚言には思えなかった。グラトは反論の言葉を失う。グラトとバーンは周囲から好敵手とみなされているし、実際二人は同程度の実力だ。実戦さながらの模擬試合を何度も繰り返した。両者はけして認めないが、相手の実力を最も評価しているのは他ならない当人達だ。

 絶句するグラトの代わりに、それまで無言で控えていたイナグレスが口を開く。姉がいなければ口を閉ざす人見知りな男は皮肉なことに、姉との別れに加えて、現在視力を失っているため、他人との会話ができるようになっていた。


「恐れながら、グラト副隊長……。バーン様の言葉は本当です。私の両目も北方将軍に奪われました。姉のエナクレスはシルフィア卿に捕らわれました」


「ぐっ……。キーシュが北方将軍の密偵で、何かしらの失敗の責任を負わされたのか? いったい、何が起きている。ルルアッド隊長とヴィドグレス隊長に報告するぞ」


 十一番隊と十二番隊は皇弟バルフェルト・フォン・ロアヴィエの後ろ盾で軍備を増強していた。帝位の簒奪という最終的な目標を知るのは一部のみ。アイリやイナグレスは知らない。二人がいる場で続ける話題ではない。


(四輝将軍と言えば聞こえは良いが、所詮は制御不能な連中。軍隊の規律を護れない者に与えたられ名誉階級に過ぎん。中央のことに興味や関心があるとも思えないが、それが、バルフェルト卿やルルアッド卿の妨害をする?)


 キーシュの行動はアッシュの意志に依る物だから、グラトがどれだけ考えても答えが出るはずはない。彼の思考は出口のない迷路にはまっていた。また、アッシュによって当のバルフェルトが暗殺されたことを彼はまだ知らない。そして、神ならざる彼は、まさに遡上に上がっている人物が十二番隊隊舎に接近中だとは知るよしもない。


「ちょっと待って」


 最初に気づいたのは、アイリ。魔銃を肌に触れさせている彼女の魔力感知範囲は二十メートル。魔銃を解放しておらず、魔力感知系の銃魔術を使用しない状態での二十メートルは驚異的な広さである。魔銃の補助がなければ、一般的な銃士は魔力を感知できない。

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