5-2 フランギースは侍女に違和感を抱く

「ふむ……」


 妙なことに、フランギースには侍女の仕草が不自然に見えた。抱いた関心を無理やり隠すため視線を外したかに思える。一つ気になれば、他も気になる。フランギースは盗賊という職業柄、他人の気配や挙措に敏感であった。特に姿勢や足音。


(妙な娘だな。歳は十五、六。見た目は普通の人間。けど、歩き方が兵士だのう。背筋が伸びて姿勢が良すぎるように見えるが、貴族に仕える侍女とはそういうもんか?)


 侍女の背中を視線で追っていると、その少し先でリッキが何かに躓いたのか、体勢を崩して林檎を放りだす。


「おおっと!」


 慌ててフランギースが駆けよろうとするが、リッキは転倒していない。散らばったはずの林檎も元に戻っている。


(なんじゃ、今の、エルフっ娘の動きは)


 リッキは確かに転んで、林檎をぶちまけた。だが、間近にいたエルフの少女が一瞬で、リッキの姿勢を元に戻し、宙に浮いた林檎を全て回収して服の裾に戻したのだ。背後にいたフランギースは、白いドレスが霞のように消えてしまったかと錯覚したほどの早業である。当のリッキは何が起きたのか理解できておらず、きょとんと首を傾げた。

 銀髪銀眼のエルフがリッキの狐耳を指先で、ちょんと突く。


「走ると危ないわよ。それに女の子がはしたない格好をしては駄目。エナ、袋代わりになる物は持ってないかしら」


「すみません。必要になるとは思っていなかったので……」


「仕方ないわね。ユウナ。貴方は?」


「私も」


「まったく……。いい歳の女が二人も揃って」


 エルフは腰のリボンを外すと、侍女の手を借りて林檎を包む。


「これでよし。転んじゃうから、もう走っちゃ駄目よ」


「ありがとうリボンのお姉ちゃん! あれ。でもリボンのお姉ちゃんじゃなくなっちゃった」


「お姉ちゃん……。いいわね。もう一度、言ってちょうだい」


「ありがとうエルフのお姉ちゃん!」


 他愛のない言葉を交わして、リッキと三人は別れる。その間際、侍女がリッキの頭にポンと手を載せ、頭を撫でる。


「いっぱい貰えて良かったね」


「うん」


 リッキは尻尾をわしゃわしゃと振り、侍女を見上げて喉を鳴らす。


「食べ過ぎてお腹を壊さないように気をつけてね」


「うん! ばいばい! お姉ちゃん!」


 リッキは注意されたことをもう忘れたらしく、フランギースの元に走って戻る。


「髭のおじちゃん、林檎、いっぱい貰えたよ」


「お。おう」


「太もものお姉ちゃんは、お仕事だから、私だけ帰ってきたよ!」


「おう。……なあ、リッキよう。今の侍女、喋り方に違和感があったのう?」


「リッキ、よく分かんない!」


「そうか。随分と気安い調子で話しかけられておったが、知り合いか?」


「ううん。知らないよ。初めて見るよ。会ったことのある人なら、匂いで分かるよ」


「そうか。そうだよなあ。いっくらなんでも、ありえんことだ」


 一流の盗賊は、侍女がリッキの頭に手を載せた仕草や歩く姿勢から、ふと、一時だけ牢で同じ時間を過ごした男を思いだした。変装を得意とするフランギースは、逆に他人の変装を見破る観察眼も持つ。


「性別どころか声も背格好も違いすぎる。一緒に脱走した仲だし、隊舎に近づいたせいで妙な連想でもしてしまったのだろうなあ。あやつの眼、亜人種に対する偏見の色がなかったせいで、どうにも印象が強く残ってしまったわい」


 フランギースは既視感の正体を探るのは諦め、気のせいだという結論を下した。


「あ、でも今のお姉ちゃん。少しだけどね、牢屋にいたお兄ちゃんと同じ匂いがしたよ」


「ん?」


 それは侍女が胸中に忍ばせた天使像の匂い。ペールランドではごくありふれた白樺の木を彫った物だが、ロアヴィエ皇国の南方では珍しいため、獣人の鼻は記憶していた。


「ワシの観察眼と獣人の鼻が、同じ人間を連想する? どういうことかの?」


 フランギースは暫し考えこむが、彼が答えに辿り着くことはない。サルーサに林檎を食べさせたいリッキが早く帰ろうと急かすから、フランギースは疑問を頭から捨て去った。

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