5-4 シルフィアは副隊長を鎧袖一触する
「ヴィドグレス隊長……かな。他にも誰かいるみたいだけど」
巨大な魔力が近づいてくる、とだけ判った。アイリに遅れて、バーンとグラトも魔力に気づき、違和感を抱く。
「え、ちょっと……。誰。魔銃、開放しちゃってる?」
俄に信じがたいから、アイリは明言できない。だが、彼女の知る隊長達とは明らかに魔力の規模が違う。壁一枚の向こうまで近づいてきた存在には、魔銃開放状態としか思えない程の圧力がある。一瞬で室内の空気が荒れ地のものに入れ替わってしまったかのように、ざらついた。アイリは乾きを覚えて、舌先で唇を舐める。
室内の全員が視線を向ける入り口に現れたのは、小柄な白い少女。銀髪と白い肌からは透けるような儚さを感じる。第三円区の外には亜人種が多いから、エルフ自体は珍しくない。だが、纏っている魔力が異常だった。溶解した鉄のように濃密な魔力が副隊長達の鳥肌を撫でた。
「どれがバーンかしら?」
真っ先に反応したのはバーン・ゴズル。左脇腹のホルスターに手を伸ばしながら立ち上がる。
「魔銃装ちゃ――」
「待て!」
グラトが右手を自らの懐に入れつつ、左手でバーンを制止する。
「あ、貴方は、まさか……!」
額に大量の脂汗を浮かべた男の問いを無視して、エルフは小さな首を回して室内を探る。
「右腕のない男なんていないわね。エナ。バーンはいないわ」
「い、いえ、そんなはずは……」
道案内のために同行させられたエナクレスがシルフィアの頭上から室内を覗き、バーンと視線があう。顎の下でシルフィアはエナクレスの視線を追い、バーンを特定する。
「ああ、腕を作ったのね。ユウナ。アレでいいわね?」
「……ええ」
アッシュも室内を覗き、アイリまでいたことに若干動揺するがバーンの姿を確認する。
「興味がないから顔を忘れていたわ。バーン、貴方を殺しに来たわ」
シルフィアは微笑み、名乗る代わりに魔力を解放する。先程副隊長達が恐れた魔力ですら、シルフィアにとっては抑えた状態であった。忽如として溢れかえった魔力により、十二番隊の隊舎全体が縦方向に揺れる。魔力投射の不意打ちにより、隊舎周辺にいた銃士の何名かは意識を失うほどであった。アッシュとエナクレスはシルフィアと共に生活をしていたので濃密な魔力場に突然呑みこまれても耐えることができた。室内にいた者は副隊長で、さらに身構えていたから辛うじて堪えられたに過ぎない。
「魔銃装着! 炎よ覆え!」
「くそっ!
「魔銃起動――。来て、『
三人の副隊長が一斉に能力を解放し、剣尖や銃口をシルフィアに向ける。シルフィアは意にも介さず、通路のエナクレスに尋ねる。
「魔銃を撃っても市民に当たらないような広い場所は近くにあるかしら?」
「あ、ありません……」
「それじゃあ貴方達、どうやって魔銃を撃つ練習をしているの?」
「こ、皇都から離れた平原に移動しています……」
「そ」
シルフィアがアッシュに相談しようと振り返り始めた直後、好機と見たバーンが左
胸に攻撃を喰らった二人は背後の壁を突き破り、外へと転がる。囲壁内の中庭に背中を打ちつけて勢いよく滑るが、両者は即座に姿勢を立て直して、膝で地面を削って止まる。その光景を見たアッシュは呆然とする。
(冗談だろ……。ユシンを一方的に殺したバーンが、まるで赤子扱いじゃないか……)
「この場で蹴り殺されたくなかったら、貴方達が訓練している平原に向かいなさい」
「ぐっ……」
「うっ……」
「早く立ちなさい」
バーンとグラトは胸部甲冑が砕け、さらに胸骨が折れている。ダメージが大きく直ぐに立ち上がれる状態ではないと、この場でただ一人シルフィアだけが理解できていない。魔銃使い同士の模擬戦闘を経験していないシルフィアは、己の戦力を過小評価している。
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