3-12 朝食のお礼

「おじちゃんはサルーサお姉ちゃんに下心があるからリッキの言うことを聞くんだって、サルーサお姉ちゃんが言ってた。ドワーフ混じりなのにエルフ混じりに惚れるおかしな人だって」


「え、ワシ、サルーサちゃんにそういう風に思われてた?!」


「ますます怪しいんですけど……。まあ、いいわ。リッキちゃんを信じる」


 アイリは人差し指で銃を回転させ、ホルスターにしまう。


「お姉ちゃんはなんで右脚のところ、ないの? 破れちゃったの? サルーサお姉ちゃんに縫ってもらう?」


「こういうデザインなのよ」


「大人の色気で男を誘惑だね!」


「何処でそういう言葉を覚えるのよ……」


 女性陣が騒ぐ中、フランギースが小声で「そんな下着みたいに体の線が出る服を着て、太ももを丸出しにしているから、男共に絵が売れるんじゃろうが……」と愚痴る。大きな耳をもつ獣人のリッキにギリギリ聞こえる程度の声だ。さらに離れた位置にいるアイリには届かない音量。元より聞かせるつもりはない。しかし。


「聞こえてるわよ」


 フランギースは「げ」と漏らし、両手で口を押さえてもう喋りませんとアピール。


「よし。決めた。今日の朝食は焼き魚。リッキちゃん、私にもご馳走して」


「おいおい、何を勝手なことを」


「いいよ。太もものお姉ちゃん」


「太もものお姉ちゃんじゃなくて、アイリね」


「うん。太もものお姉ちゃん。リッキのお家で一緒にお魚食べよ」


「マジかよ」


 義賊はゾッとして肩を震わせた。彼は数日前に銃士隊の牢屋から脱走したばかりだ。アイリの脚を見て眼福に預かり鼻の下は伸びているが、あまり関わりたい相手ではない。


(こんな朝早くから、ただの盗賊を捜索するとも思えないがよう……)


「髭のおじちゃん、置いてくよー」


「おうおう、待てい、待てい。今行くからのう!」


 三人は第三円区の外側にある貧民街へと向かった。リッキの住み処は木の板を適当に組み合わせただけの簡素な小屋だ。同じような小屋が狭い区間に密集している。いずれも市街の家屋が木造から石造に立て直された際にできた廃材が利用されている。小屋に三人が入ることは不可能だろう。元より小屋は睡眠用で、飯の煮炊きは外でする。

 朝日が昇り、皇都中央の巨岩の花弁が白い全容を現し、陽光を滑らかに反射する。一枚目の花弁が反射した光を二枚目の花弁が屈折させ、光は複雑な彩りで岩を染めた。


「オーロラみたいだから、ロアヴィクラートのこの光景だけは好きね……」


 太陽の位置と花弁の角度により反射光がちょうど貧民街を照らし、早朝だというのに真昼のように明るくなった。やがて、市街の聖堂から朝の礼拝を報せる鐘が聞こえてくる。小屋の前で魚を焼いて食べていると、アイリはリッキの手足に細かい傷が多数あることに気づいた。


「リッキちゃん、魚のお礼してあげる。驚かないでじっとしててね。魔銃起動」


 アイリは魔銃を撃ち『灰色の天使』を呼びだす。


「『灰色の天使』ちゃん、リッキちゃんの手足を治して」


 使い魔は浮遊して、リッキの周りをくるっと周り、小さな銃を数発撃ってから消える。


「あれ? ピリピリがなくなった! 太もものお姉ちゃんはお医者さんなの? いまのなあに? なんか飛んでた!」


「お医者さんじゃないよ。あと、そろそろアイリって呼んでほしいんだけど」


「サルーサお姉ちゃんも治せる?」


「サルーサお姉ちゃん?」


 アイリが首を傾けると、フランギースは「ああ、そいつは」と注意を引いてから、手を付けていない魚に視線を送る。


「近所の娘だ。リッキの姉代わり。足を悪くしてな。リッキが食事を届けてやっているんだ」


 フランギースはサルーサに一目ぼれしたから自分も世話を手伝っているとは、気恥ずかしいため伏せる。視線も伏せると、魚を食べ終えて残った木の串で灰の小山から活け炭をとりだす。


「亜人種を診てくれるような医者はいなくてなあ」


「私、怪我なら治せるけど、病気は無理なんだよなあ……。見てみないと何とも言えないかも。それに、魚のお礼はしちゃったし」


 アイリは悪戯心で、リッキの食べかけの魚を見つめる。


「ううっ……」


 視線の意味を察したリッキは涙目になり耳がぺたーんとしおれて、全身をプルプルと震えさせながら、食べかけの魚をアイリに差しだす。アイリは慌てて、胸の前で両手を振る。


「冗談よ! 冗談。リッキちゃん、泣かないで。とったりしないから。ほら、早く食べて。サルーサさんの所に連れていって」


 こうしてアイリは安請け合いしてしまった結果、なし崩し的にリッキの知り合い十名以上の治療に当たることになる。さらに噂を聞きつけた貧民街の者達が殺到する。二年前までは祖国の村でお年寄りの家を訪ねて家事を手伝い、腰や膝を揉んで回ったのだ。貧民街での慈善活動は苦ではなかったし、それが日課になると心が昔に戻るようであった。アイリの心は徐々に二年前へ戻ろうとしている。

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