3-11 アイリはリッキとフランギースと出会う

 生活用水の取水と防衛目的を兼ねた堀が、皇都ロアヴィクラートを二重に囲んでいる。内堀の内部が第一円区。内堀と外堀の間は第二円区。第三円区は外堀の外側にある。中央ほど裕福で、外側に行くほど貧しくなる。


 貴族や富裕層の住む第一円区は石造の城壁で護られているが、第三円区の外に都市全体を囲繞いにょうする強固な石壁は存在しない。かつては存在したのだが、現在は木製の囲壁があるのみだ。外的に対して些か無防備である。これは歴史的に、ロアヴィエ皇国が敵対していた勢力が亜人種だったことと、北方にドラゴンの生息域があったことに起因する。


 亜人種のドワーフは坑道を掘ることに長けているため、地中を進む彼等を敵にすれば城壁があまり意味を成さなかったのだ。真下に空洞を造られ城壁が自重に耐えきれずに崩落したことも、地下道からドワーフの軍勢が城内に侵入したこともある。また、エルフは人より腕力で劣る代わりに身軽で敏捷性に優れるため、優秀な戦士であれば五メートル程度の城壁であれば駆け上ってしまう。獣人も同様に、城壁を容易に越える。さらに、ロアヴィクラート北方の山岳地帯に生息していたドラゴンは、平均して全長十メートルほどで、上空から火を吐いた。都市全体が延焼したことが何度もある。


 このような過去の事情があり、時の皇帝は石材を城壁ではなく家屋の建材として使用し、都市中央の耐火性を上げた。火を扱う料理屋や鍛冶工房などが都市の外側に配置されているのも、火災対策だ。そして、城壁の代わりに堀を巡らし亜人種への対策とした。堀に水を張ればその下は軟弱地盤となり、ドワーフが坑道を掘ることは困難になる。獣人には泳げない種族も多い。


 ロアヴィエが亜人種との戦いに勝利し彼等を奴隷にした後は、人同士の戦争に備えなければならないのだが、時の皇帝は奸智に長けていた。皇族や貴族の住む区域のみ高い城壁で護り、周辺の土地を破格の安値で売り、低い税率で国民を移住させたのだ。これにより、他国の軍隊が攻めてくれば、国民達が自分の身を護るために、勝手に戦ってくれるというわけだ。こうした歴史的背景があった後に、容易に城壁を破壊する魔銃が誕生したため、もはや、ロアヴィクラートは皇宮以外に防衛機能は不要であった。


 アイリは第三円区の私邸に帰る途中、外堀のせせらぎの中に、流れを乱す音を聞く。水鳥が餌でも獲っているのだろうかと見ると、浅瀬で幼い獣人が狐耳がピコピコ揺らしていた。尻尾は水に浸からないようにお尻の上でピンっと立っているが、すぐにへにゃへにゃっとなって、川面に触れると、びーんっと元気よく立つ。四月の水はまだ冷たいのだろう。陽も昇らない時間に幼子が何の用事だろうと訝しみ、アイリはつい、立ち止まる。


「ねえ、何しているのー? 奥の方は深いから気をつけてねー」


「わ。びっくりした。お姉ちゃん、こんな朝早くに何しているの?」


「えー。私が聞いたのになあ……。お姉さんは、お仕事の帰りなの」


「分かった。夜のお仕事だ! おっぱい大きいし」


「何処でそういうことを覚えてくるのよ。で、おちびちゃんは何しているの?」


「リッキはおちびちゃんじゃなくて、リッキだよ。リッキはお魚を獲っているんだよ。明るくなると他の人も獲りに来るから、リッキは真っ暗なときに来るの」


「なるほど。堀って魚、いるんだ……。川と繋がっているし、いるのかあ」


 獣人なら夜目も利くだろうとアイリは納得した。外堀の外側なら幼子が働いているのは特に珍しいものではない。


「ねえ、リッキちゃん。女の子がこんな夜中に独り歩きしていると危ないわよ」


「ここは浅いし流れも弱いからリッキは大丈夫だよ」


「そうじゃなくてね、悪い人に連れ去られちゃうかもしれないよ。ねえ」


 アイリはホルスターから魔銃を取りだし、笑顔のまま視線はリッキから外さずに、銃口を上流に向ける。すると、暗がりの中で影が揺らいだ。


「待て待て、物騒な物はしまってくれ」


 暗がりから両手を上げて出てくる男はフランギース。キーシュと同日に凱汪銃士隊十二番隊の牢に捕らわれていたドワーフだ。ドワーフにしては異様なほどに脚が長く背が高く、まるで人間のような外見をしたフランギースは、川辺の砂利を足音もなく歩く。


「コレが射撃用の武器だって分かる時点で、胡散臭いんですけど?」


「おいおい。お前ら銃士隊が戦勝記念の行進やら模擬試合やらで見せとるだろうがよい」


「外側の人間がそれを見るなんて考えにくいんだけど?」


 アイリに差別意識はないが、カマをかけるために敢えて外側という表現を使った。一般的にロアヴィエの人間は自分より外側の区画に住む者を見下している。魔銃の武威を見せつけるための模擬試合やパレードは内堀の中で上流市民向けに開催される。さらに亜人種ともなれば、第一円区内に立ち入れば、通報されてしまい市警に追い払われるだろう。だから、下流市民よりも立場の弱い亜人種が魔銃を目にする機会はないはずだ。


「いやいや、お前さんは、銃士隊十三番隊副隊長アイリ。超がつく有名人だろうよ! そんな有名人が持ってる物が何かなんて考えるまでもないんじゃが!」


「私の名前まで知っているなんて、ますます胡散臭いわ」


「待て待て、待て! 撃つな! 人気向上のために隊長格の似姿を絵に描いて売るのは、お前さんらがやっておることだろうよ! 華の十三番隊、別名美少女銃士隊じゃろうよ!」


「……そんな嘘、信じるとでも?」


「なんでえ?!」


 フランギースの言葉は真実だ。銃士隊は設立して二年の若い組織だから、印象を良くするために様々な人気取りを試みている。狙撃手等の顔は非公開だが、大衆受けしそうな眉目の整った女性隊員は似姿が公開されている。なお、美少女銃士隊というのは隊長の悪ふざけだ。少女と呼ばれるような年齢の隊員も所属するが僅かである。


「リッキちゃんを誘拐しようとしていたでしょ。子供の失踪事件って、なくならないのよね」


「俺は魚が罠にかかってないか見ていただけだよい」


「本当だよ。髭のおじちゃんは、リッキのお手伝いをしているの」


「いい齢した男が、獣人の子供の手伝い……? 怪しい。やっぱ、誘拐?」


「怪しくねえよ。こんな見た目だが、俺はドワーフだ。亜人の子供に悪戯するのは人間だけだ。この子にはちょっとした恩があるから、色々と手伝っているだけだ」


「そうだよ。リッキはおじちゃんを牢屋――」


「おおっと、リッキちゃん、それは内緒って約束だろ」


 足音を殺す盗賊は、この時ばかりは意図的に砂利を踏み鳴らしてリッキの言葉を遮った。

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