3-9 緊急呼集
原則として、凱汪銃士隊の隊員は隊舎で寝泊まりするように隊規で定められている。ただし、貴族の子弟や隊長格は私邸か隊舎かどちらで生活するかを選べる。
青い月が地平に消えようとした頃に、市街にある十三番隊副隊長アイリの私邸を訪れるものがあった。鈴が鳴ったのでアイリはほとんど寝たままであったが窓を見る。そこには非常呼集の際に使用する連絡用の鳥がいた。アイリは目の下を擦りながら窓に向かう。
「いったい、何事ぉ……」
電書鳥の脚に巻かれた手紙には「十二番隊に重傷者」とだけ書かれている。要するに、回復能力者は速やかに来い、ということだ。
「あ、ああ……」
用件を理解したアイリは両手で頬を叩いて無理やり意識を覚醒させると、手早く隊服に着替える。下着で寝ていたので脚衣を穿き隊服に袖を通すだけだ。女性用の脚衣は右脚がなく、完全に肌が露出する。これは太ももにホルスターをつけて、魔銃が肌に接触するようにするためだ。魔銃が触れていれば身体能力や五感が強化されるし、即座に開放できるという利点がある。そのため、男性隊員よりも体力で劣る女性隊員は右脚の肌を晒す。
「それにしても、際どすぎるわよねえ、これ……」
アイリは姿見の前で、右足の付け根から下着がはみ出していないことを確認する。
「皇国生まれの服、未だに慣れないのよね」
彼女の出身地はペールランドでも北部にあり冷帯に位置するので、肌は出さないし服は何枚も重ね着をする。ロアヴィエ皇国の女性のように下着の上にスカートを穿くこともない。
アイリは指で下着とお尻の間をなぞって、はみ出していないか確認してから、ホルスターの位置を微調整。思いだすのは、彼女の所属する十三番隊隊長のノイエッテ・ゲルダリアとの会話。ノイエッテはホルスターを使用しない。豊満な胸の間に魔銃を挟むのだ。
『アイリもこうしよ~よ~。落とさないしぃ、直ぐに取りだせるし便利だよ~』
『いえ、あの、隊長……。私はサイズ的にちょっと厳しいし、それに周囲の視線が……』
『も~う。敵が~。お胸に見とれてスキを作ってくれるなら、ぱやぱやだよ~』
『敵だけでなく味方の視線も……。あと、ぱやぱやの意味が分かりません』
『十三番美少女隊の~特技~活かそうよ~。ぱやぱやしてみる~?』
『我々は美少女というにはキツい年齢では……。あと、この脚は露出狂で淫らで破廉恥で変質者だと思うのですが……』
『そんなことないよ~。武器が弓から魔銃に変わるように、服も進化するんだよ!』
『え、ええ……』
アイリは姿見に映った胸に魔銃が収まるか想像して、やはり無理だと結論づける。寝室を振り返り「男の人って、やっぱ胸が大きい方が好き?」と問いかけるが、返事はない。
「隊長の影響かな。随分とはしたないことを考えるようになっちゃった……。っと、けが人が待っているんだった」
魔銃を撫で、指に硬質な武器の感触を思い出させ、意識をペールランドの村娘から銃士隊の副隊長へと切り替える。
「じゃ。行ってくるから」
私邸を飛びだし夜明け前の市街を駆ける。ロアヴィエ皇国の都ロアヴィクラートは、円形の三重構造になっている。最も内側が王侯貴族が住む第一円区、次に上級市民が住む第二円区、次に一般市民が住む第三円区。アイリは第二円区に住む権利を有するが、裕福な生活に馴染めず、一般市民が大多数の第三円区に部屋を借りた。十三番隊の隊舎も第三円区に存在するので、都合が良いといえば良い。銃士隊の設立当初からあった十番隊までは第二円区に隊舎が建てられたが、十一番隊以降は位置関係の都合で第三円区に配置された。
昇り来る太陽はまだ地上を照らしてはいないが、アイリは太ももで魔銃に触れているため、目には家屋に這った蔦や、路地に敷かれた煉瓦のひび割れもくっきりと映る。皇都の中央に顔を向ければ、皇帝が住まう
花弁を遠く左手に見たまま、真っ直ぐ東へと第三円区を駆けると、十二番隊舎に到達した。
つい数日前にも乱闘で負傷した隊員を治療しにきたばかりだ。まさか、その時かつての恋人の意識を持つ者が、地下牢に捕らわれていたとは思いもしない。
隊舎の門前に、手燭を手にした隊員が立っている。アイリが到着するなり、強ばっていた表情を綻ばせ「救護所です」と短く口にした。「了解」と応じてアイリは救護所に駆けこむ。
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