3-8 獣性に翻弄される

「グラハム、何を躊躇うのかしら。貴方の妹は代用品として扱われても喜ぶでしょう? それとも、その下品な物を今さら私に見られて恥ずかしいとでも言うの?」


 アッシュは、シルフィアの幼くも残酷な言葉に嬲られることに快感を覚え、下腹部が熱を帯びたことに戦慄した。


(なんなんだ、この体は。恥辱的な状況に興奮しているのか!)


 今、アッシュの眼前で、若い娘が僅かに震えている。その赤らんだ頬を見て悟った。ユウナの震えは主の前で行為をすることへの恥辱ですらない。絶対的強者の前で痴態を曝す未来を予期し、歪んだ情念で興奮している。それを知ったアッシュは、恋人と生き別れて以来疎くなっていた情欲が体の芯から込みあげてくるのに気付いた。


(逆らえば殺される。だから、これは仕方のないことなんだ)


 自分にいいわけをすると、アッシュはいつものようにユウナの髪を乱暴に掴み、床に押し倒す。ユウナは膝と胸を床に打ち「あっ」と小さく呻いた。


(村の女達は裸で焼け死んでいた。皇国の兵士に犯されてから殺された……! なら、これは復讐だ!)


 背後からユウナの下着を脱がしたところで、アッシュの脳裏にアイリと過ごした記憶が蘇る。


「ぐっ!」


 二年経とうとも三度体を変えようとも、心の中心ではアイリが微笑んでいる。アッシュは愛してもいないユウナを抱けない。しかし、抱かなければシルフィアやユウナに不信感を与えてしまう。床板に頬をつけたユウナが小ぶりな尻を誘惑するように振ると、アッシュの意思とは裏腹に下腹部ははち切れそうなほどに猛った。


「やめなさい。冗談よ。本気にされて、私の寝室を汚されるなんて嫌よ」


「冗……談?」


「ええ。貴方を苛めすぎるとボーガに怒られちゃうわ。私は寝るからここはもういいわ。ユウナ、そろそろエナクレスという女が訪ねてくるから、部屋を用意してあげて」


「は、はい」


「グラハム、貴方はもういいわ」


「か、畏まりました」


 正体が見透かされているのではないかという懸念から、アッシュはシルフィアと視線を合わせずに退室した。もし、隣にユウナがいなければ部屋を出た瞬間に、膝から崩れ落ちていただろう。二人は階段を下に降りる。


「シルフィア様の気まぐれにも困ったものだ。今日は疲れたね、ユウナ」


「ううん。私はいつもより体が熱くなったわ。兄様は違うの? ねえ、来客なんて放っておいて、しましょ」


「我が儘は駄目だよ、ユウナ。シルフィア様の命令は絶対だ。今日はこれで我慢して」


 二階に到達したアッシュはユウナの髪をかきあげ、額に唇を当てる。


(これくらいなら許してくれるよな、アイリ。君は俺のことなんて忘れているだろうけど……。それなのに義理立てして……)


「兄さん?」


「お休み、ユウナ。来客の対応は僕がするから、君は休んでいてくれ」


 アッシュはユウナの背中を押して三階に引き返させると一人で中庭に出た。


(なんとか乗り切った。だが、体は奪った後の方が面倒だ……。くそっ。迂闊な行動はとれない。当分はグラハムを演じるしかないのか。また同じようなことになったらどうする。俺は愛してもいない女を抱けるのか?)


 月明かりは弱く、足下すらはっきりとは見えない。小さな小石を一つ踏んだだけでも転んでしまいそうであった。数十メートル先の城門が、やけに遠く感じられる。

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