2-7 十三番隊の宴会 1

 一般銃士達が市街の酒場で乱闘騒ぎを起こしている頃、皇宮ではラガリア王国の軍を壊滅させたことを祝う宴会が催された。招かれたのはラガリア王国侵攻作戦に参加していた十一番隊、十二番隊の隊長格と、一般隊員ではあるが名門貴族の家系に連なる者達だ。

 十三番隊は隊士が全て女性なので誰も招待されていない。伝統的に、戦勝の祝賀会は男性のみで行われるものだ。そもそも、魔銃が存在しなければ女性が戦場に立つこともないので、戦功を立てられるはずもなく、祝賀会に女性が招かれたという前例はない。皇宮の行事やしきたりを取り仕切る官が、前例がないとの理由で女性隊長格への招待を取りやめさせたのだ。

 十三番隊副隊長のアイリはこの処遇になんの不満もない。彼女は副隊長就任時に子爵位を授かってはいるが、領地を持たない貴族である。元がペールランドの田舎出身の村娘なので、礼儀作法など何も知らないのだから、むしろ招かれない方が気楽で良い。しかし……。


「ぷんぷんだよ~」


 皇国の大公家令嬢でもある十三番隊隊長ノイエッテ・ゲルダリアは頬を丸く膨らませた。上等な砂糖をまぶした白小麦の焼き菓子のようにふっくらとした額の下で、二十五という年齢の半分も生きていない子供のような表情をして、侍女にお気持ちを表明した。大公家令嬢らしく宮廷の流行を知る彼女は、金髪を頭の後ろで纏めている。手入れの行き届いた白い肌や細い指はいかにも儚げで、騎士達の注目をさぞ集めることだろう。しかし、宮廷では艶麗のノイエッテは、公の場を離れれば、貴賓と礼節でできた見せかけだけの衣装を好まない。


「アイリちゃん、頑張ったんだよ」


 皇都にある私邸でノイエッテが可愛らしい怒りを顕わにしていると、侍女が「それでは、私的な宴会を開いて、労って差し上げてはいかがでしょうか」と提案した。


「それだ!」


 彼女は皇都内の私邸でささやかながら祝勝会を開催した。五大貴族の一翼ゲルダリア家の令嬢が開くお食事会である。田舎村出身のアイリにとっては、十分場違いな場であった。ノイエッテの邸宅は彼女に言わせれば「他に空き物件がなかったから、こんな小さなお屋敷になっちゃった」となるが、地上三階地下一階全四十六部屋、貴族の侍女には三階に個室が、平民の侍女にも屋根裏とはいえ個室が与えられる豪邸である。さながら小国の王宮であるが、ノイエッテとしては、庭がないから薔薇園も噴水もなく、屋敷としては二流だ。

 アイリが壁いっぱいに絵画が飾られた控えの間に通されると、すぐに絹のドレスを手にした何人もの侍女がやってきて隊服を脱がされた。侍女とはいえ、彼女達は十三番隊に所属する魔銃使いだから顔見知りなので、妙に気恥ずかしい。アイリが壁際の宗教画の女と同じように全裸になったところで、侍女の一人が声をかけてきた。


「人族の女との密通を禁じられた光の神アルゼが雷光に変化して寝室にやってきた場面です」


 彼女は侍女とはいえ貴族なので宗教画に知悉する。絵画には豪奢なベッドに横たわった豊満な裸婦と、雷光が今まさに窓から侵入し人の姿に転じようとする場面が描かれていた。ベッドの女が期待に満ちた表情で、光へと手を伸ばしている。


「えっと……。雷が女の人に変身しているように見えるんだけど」


「はい」


 光の神アルゼは剣技と知勇に優れた男神だ。女神ではない。


「それと、ベッドで寝ている女性の顔が、ノイエッテ隊長なんですけど」


「そうですね」


 絵の依頼主を宗教画の神々のモデルにすることは珍しくない。だが、男神を女神として描くことは、神話の一場面を表現するという目的からは外れるため、極めて稀だ。しかし、そのような貴族社会の流行など知らないのだから、アイリはそういうものかと納得した。愛する人が、姿を変えて会いに来てくれるのなら、どれだけ素晴らしいだろうと感心した。

 着替えを終えて案内された広間のU字型に並んだ長テーブルに椅子は二十脚。中央のテーブルに十三番隊隊長ノイエッテ・ゲルダリアと同副隊長アイリが座り、両側のテーブルに侍女がつく。近い位置に座る者は貴族の子女で、ゲルダリア家に仕えながら礼儀作法を学んでいる。主にノイエッテの身の回りの世話や料理を担当する。主から離れた位置に座るのは平民階級の雇われ侍女で、掃除や料理の手伝いなど、日中に主と接することのない仕事を担う。

 他家であれば貴族の侍女のみ主と食事を同席し、平民階級の者は主の食後に別室で残り物をいただくのだが、ノイエッテの私邸では身分の違いで食事の場が分けられることはなく、同じ時間と場所で食事をとる。身分によって異なるのは座席と、提供される料理だ。これも、他家であれば、身分の高い者ほど品数が多く、希少な素材を使った手の込んだものが出される。しかし、この日は家主と主賓のみ他より豪勢な料理が用意され、侍女達のテーブルには身分による違いはない。

 共通しているのは、彼女達が全員、ノイエッテによって選ばれた、十三番隊の魔銃使いということだ。ノイエッテは変わり者である。ただ、魔銃使いであれば貴族と平民は対等である、などと考えているわけではない。


「私好みの可愛い子は、大事にするの」


 つまり、能力や身分ではなく、顔と胸のサイズによって、平民出身者は貴族の子女と同じ食事をとる権利を得たのだ。ノイエッテは侍女の採用面接に参加し、自らの趣味で雇っている。

 宴会に参加したアイリは、最後まで気付かないのだが、彼女達が使うクープ型のワイングラスはどれも大きいが、僅かにサイズや形が異なる。手工業では完全に同じ形の物が作れない、というわけではない。むしろ、形やサイズは発注者の細かなこだわりを完全に再現している。騎士を叙任するときに王や領主が剣や拍車を送るのに倣い、ノイエッテは自身に忠誠を誓った女性魔銃使いに、その胸を模したワイングラスを授けているのだ。あくまでも隊に忠誠を誓うアイリは、そんなグラスの事情を知らない。

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