2-6 戦勝を祝う宴会

 ラガック森林での戦闘から二週間後、十一番隊、十二番隊、十三番隊は皇都ロアヴィクラートに帰着。ラガリア王国との戦闘に参加した銃士を労う宴席が、十二番隊舎で設けられた。料理と酒は隊舎の近くにある都でも最大規模の酒場に事前に注文されていた。その日の夕、酒場と隊舎の間を給仕たちはひっきりなしに走り回ることとなった。

 隊舎では二百名近い隊員が歓楽に飲み食いしながら戦功を自慢しあった。給仕は路地を何度も往復したが、やがて酒の提供が追いつかなくなったので、隊舎の長机の一つに麦酒ビール葡萄酒ワインの樽を置き、隣に取っ手のついた大小様々なかめと木製のカップを並べた。まるで田舎の結婚式のような提供方法だから、高貴な騎士相手では不興を買ったかもしれない。だが、十一番隊と十二番隊の魔銃使いは大半が平民階層だから、気にする者はいない。酒のきれた者は自ら樽に足を運んだ。おかげで給仕たちは食事の提供に専念できた。

 魔銃使い達の食欲は店員が驚嘆するほどに旺盛で、用意してあった豚や鳥はあっと言う間になくなった。事前に二百人分の料理という注文を受けていたから、豚の丸焼き職人――一般の料理人とは別に専門職として存在する――を臨時で三名も雇い朝から豚を焼き続けたのに追いつかない。コイやマスなどの魚を塩焼きにするが、それでも料理が足りないので、料理人はキノコや野菜を煮たり焼いたりして提供するしかなかった。世の中には「天に近い位置になるものが貴族の食べるもの」という考えがあるため、貴族は鳥の肉や木になる果実を好み、カボチャやナスなど地になるものは食べない。大根や人参のように地中になるものは一切口にしない。

 料理人や給仕は、地になるものを出せば不興を買うかもしれないと恐れた。しかし彼等の不安は杞憂に終わった。豆やカボチャを煮たものを、小麦を練った生地に包んで焼いて出せば、一瞬で銃士の胃の中に消えた。やはり、銃士は多くが平民階級なので、料理に不満を口にする者はいない。

 やがて、それでもいずれ食材が尽きるであろうことを察した店主は娼館に連絡し、取り持ち女を呼び寄せた。店主の思惑どおり食欲より性欲を優先する者がおり、幾人かは堂々と、少数はこっそりと隊舎を出て行った。それを聞いた料理人は厨房で安堵のため息を漏らした。どうにか騒動もなく、本日の営業を終えられると。しかし、それは早計であった。

 男が一人、戦功自慢の会話に加わらず、隊舎囲壁内の庭の端で葡萄酒を飲んでいる。復讐心と闘志が深い皺となって眉間に現れた男はキーシュ……。いや、キーシュの肉体に乗り移ったアッシュだ。

 葡萄酒の他に、鶏肉のだんご、豆の煮物が木箱に並んだがアッシュが手を着けなかったので、周囲の者があっと言う間に奪っていった。アッシュは敵国の食事を取るのに抵抗があるわけではない。味付けが舌にあわないわけでもない。むしろ、祖国ではほとんど流通していない葡萄酒は気に入ったので、何杯も呑んだ。

 帰還の道中では敵国の糧秣を強奪するという名目で、食事をとった。だが、戦勝を祝う席で腹を満たすことには抵抗があるから、アッシュは酔うために葡萄酒だけを口にした。


(……浮かれていられるのも今の内だ。俺は必ず貴様等に復讐する。俺の故郷を焼き、仲間を殺し祖国を滅ぼしたロアヴィエの軍人をけして許しはしない)


 アッシュが最優先とする復讐対象は親友の仇バーン・ゴズルだ。だが、十一番隊のキーシュとは所属する隊が異なるため、接触する機会は限られる。泥酔していれば副隊長といえど殺せると思い宴席に参加したが、隊長連中は欠席のようだ。周囲から聞こえる限りだと、隊長格や有力貴族の隊員は皇宮に招かれているらしい。


(バーンがいないのなら、俺がここに来る意味はなかったな……)


「おいおい、味方殺しのキーシュさんはよー。一人酒が好きかあ?」


 酒精を帯びた声で絡んできたのは、バルヴォワと親しかったガゴズだ。二メートル近い長身で威圧するように近づき、呂律の怪しくなった言葉でアッシュを罵倒する。


「酒の楽しみ方も知らねえのかあ? 臭え田舎者の臭いが俺の所まで漂ってくるんだがよお、そんなんで狙撃手が務まるのか?」


 敵国兵士の友人関係にまるで興味のないアッシュは、酒に酔った男が彼にしか見えない妖精とでも会話しているのだろうと、放置した。


「俺が酒の飲み方を教えてやるよ」


 頭から麦酒をかけられてアッシュはようやく、ガゴズを一瞥した。


「……なんだ。うるさいと思ったら、喧嘩を売っていたのか」


「下流市民が調子に乗ってんじゃねえぞ!」


「……お前も殺されたいのか?」


 アッシュの言葉は挑発ではなく、内の復讐心から漏れた本音。自分の祖国を滅ぼした連中と、戦勝記念の宴をするなど、屈辱でしかない。だが、復讐のために耐えていた。

 顔を赤くしたガゴズがアッシュの顔面を殴りつけてきた。アッシュは転倒し、その拍子に荷袋が腰から外れる。それを、ガゴズが蹴り飛ばした。袋の中には木彫りの天使像が入っている。軽挙を一週間耐え続けたアッシュだが、親友の形見を踏みにじられたことにより限界が訪れる。元より殺意と復讐心は決壊寸前の川のように濁り、体内で荒れ狂っていた。


「ぶっ殺してやる」


 アッシュは尻を着いた状態からガゴズの股間を蹴りあげ、素早く立ち上がると、下がっていた頭部を掴み顔面に膝蹴りを打ちこむ。


「ぐあっ……! やりやがったな、テメエ!」


 鼻血を流したガゴズが巨腕を振り、アッシュを殴りつける。周囲は余興が始まったとばかりに声を上げて両者を煽る。


「いいぞ、やれ! ガゴズ、見かけ倒しじゃないところを見せつけてやれ!」


「キーシュ、やり返せ! 狙撃兵だからって腕っぷしが弱いなんて言わせるなよ!」


 アッシュは激情に身を任せて暴れた。体格差があり劣勢に立たされたが、落ちていた串をガゴズの足に刺して転倒させると、股間を目一杯踏みつけた。アッシュはガゴズに馬乗りになって、意識を失うまで滅多打ちにした。アッシュが拳を止めなかったので周囲が止めに入るが、その腕を振り払い、アッシュは己の拳が裂けても殴り続けた。

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