2-5 精霊教団の実験

「天使隊か。相変わらず美しい」


 十三番隊副隊長の使い魔は最大で六体まで召喚可能で、さらに白色という異例尽くしだ。大抵の使い魔は一体だし、魔銃の基本形態である拳銃と同じ黒鉄色をしている。パドルが見とれていると、近づいてくる足音があった。


「わお。珍しい魔銃ですね~。天使っていうんですか?」


「え、ええ」


 厄介な女が近付いてきたので、パドルは作業に専念しようと背を向ける。しかし、女は気にもせず、一回り年の離れたパドルに気安い調子で話し続ける。


「精霊って、いるとしたら、こういう姿なんですかねー。起動型の魔銃が実は精霊が姿を変えた存在……という線はないかー。自説でも一瞬で懐疑的~。伝承に残る姿と違うし、精霊は風や土や水……自然物に宿ると言われていますしね」


「はあ……」


 底の厚い眼鏡にボサボサの髪。土と血で汚れた白衣。薄気味悪い白さの肌に、深くくぼんだ目。若い娘であるはずだが、いかにも胡散臭い風体。だが、総司令官の賓客である以上は、誰も彼女をぞんざいに扱えない。ファンタズマ――明らかに偽名や通り名――は捕虜の掃討が終わった後いつの間にか森の広場に現れて、銃士にあれこれ指図して仕事の手間を増やしていた。


「あー、そっちの人! 内臓ちゃんと戻して、焼く前に可能な限り復元してください。そっちの比較的原形を留めている遺体、丁重に扱って! 中身は大事! こぼさないで!」


 奇妙な娘ファンタズマは外套のフードを目深に被った者を五人ほど従えている。フードの集団は遺体の一部をガラス容器に保管したり、網で宙空を救ったりしている。瓶から薬品を出し、遺体に塗っている者もいる。


「おやおや、興味あります?」


「あ、いえ」


 パドルはこっそりと距離をとっていたが、彼女らの行動をつい横目に見てしまい後悔する。ファンタズマが背後から抱きついてきたかという距離まで接近して、まくし立ててくる。


「ラガリア王国の人口比的に当然のことですが、捕虜は全部、人族ですねえ。ラガリアでは、人が死ねば精霊になるという言い伝えがあるんですよ。なら、何百もの死体が転がっているなら、精霊の一体くらい生まれているかもしれないじゃないですかあ~」


「ああ、はい」


 死体の生臭さよりもキツい薬品臭が鼻をつき、パドルは顔をしかめる。ファンタズマが抱きついてきた。というより、パドルの存在を無視して前進しつづけようとして、背に胸を押しつけてくる。相手は若い女だし服越しに柔らかな弾力が分かるのに、薄気味悪い外見と行為が相まって、パドルはこれっぽっちも嬉しくなかった。


「精霊がこの辺りに漂っているかもしれないですからね~。それを捕まえたいんですよ。でも、あまり期待できないかも? 銃士さ~ん。血を集めた壺があるんで、これも、一緒に焼いてもらっていいです? できれば初めは弱火で、左の端から」


 それは、数千年前にこの世界を去ったと伝えられている精霊を呼び戻すための実験。


「さっき、ここから少し離れた位置にあった焼死体から、面白い物を回収できたんですよ。同じ物がここでも採れるかも?」


 地の底から這い出ようとする亡者のように、火煙が空へと昇っていく。炎は森の中で蠢く者達の影を伸ばして怪しく揺らした。荼毘の照らす森林で行われた実験が、半不死になった男とその元恋人を繋ぐことになるとは、誰も知り得ないことであった。

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