2-4 死体処理
空に散った鮮血が黄砂を洗い流したのか、夜の森は幾分か視界が開けた。頭上から薄ぼんやりとした月が見え隠れしていれば、視力が強化される魔銃使い達にとっては十分である。
使い魔が穴に捕虜の死体を投げ入れる。穴に放られる死体は泥人形のように動かないのだから、塹壕を掘り土嚢を積むのとなんら変わりのない単純作業だ。しかしそれでも、起動型魔銃使い達は面倒ごとを押しつけられた感が強く何人かは不平不満を溢す。翌朝には野営地を引き払うのだから、少し離れた森にある敵兵死の死体など放置すれば良いのだが、そうできない事情が銃士達の不平不満を大きくした。彼等に死体の後片付けを命令した副隊長が率先して働いているのだ。女に命令されるのは気に食わないが、銃士になる前は騎士教育を受けていた魔銃使い達には、前線で隣に並ぶ者を見捨てないことは美徳であった。
副隊長が聖女のような美貌を持つのであれば、良いところを見せたいという下心もある。だが、どうしても不平不満は隠せない。起動型魔銃使いの中でも、使い魔を遠隔操縦や自動操縦が可能な者はまだマシだ。命令を出したら魔銃使い自身は天幕に戻って休める。視認範囲で常に命令し続けなければならない者が貧乏くじを引いた。
中でも最も向かない仕事をしているのはパドル・ボワであった。三十八という年齢は、大半が二十台前半の銃士隊にあっては高齢の部類だ。老けるにはまだ早いが灰髪の鬢に白髪で一本線が引かれ、どういうわけか両の眉が白い。遠巻きからは老人に見間違えられることもある彫りの深い顔が、中肉中背の体に乗っていた。彼はバーン・ゴズルと同じ十二番隊で、さらに代々ゴズル家に仕えてきた騎士の家系だ。隊では上官、領地に帰れば領主であるバーンの後始末からは逃れられない。つまり、荒事の女神を恋人にしたような男の尻拭い役であるため、パドルの仕事は常に他者より多い。
パドルの使い魔は子供くらいの人型で腕力や体力は見た目どおり弱い。おまけに、目の届く位置から命令を与える必要がある。使い魔は命令を求め、一つしかない目でパドルを見上げる。
「まったく、世話のかかる子供だ……。次はこっちの死体を片付けてくれ」
親が子供にするような柔らかい口調で指示しつつ、パドルは離れた位置で力なく座り込んだガゴズに恨みがましい眼差しを向ける。二メートル近い偉丈夫が叱られた犬のように小さくなっていた。彼は銃士学校同期のバルヴォワの死に衝撃を受け、打ちのめされていた。彼の魔銃は三メートルを超える巨体で膂力に優れており、本来なら死体の片付けに最も適している。
(二十三だったか? 友人の死を目の当たりにして凹むのは分かるが、戦場はそういうものだ。それとも捕虜の死体を目の当たりにして怖じ気づいたか? バーン様が死に物狂いになった敵兵士と間近で対峙する経験を積ませてくれたと理解して、成長してくれれば良いのだが)
周りから、死体片付けへの不満や、その原因となったバーンやバルフェルトへの文句が聞こえてくるのを、魔銃が創られる前から騎士として戦ってきたパドルはため息で聞き流す。
「最近の若い者は……。などと言いたくはないが。……おっ」
目の前を白色の天使が二体浮遊し、死体の手と足を持って運んでいった。十三番隊副隊長の展開型魔銃だ。翼が薄らと輝いており、夜の森深くでも幼い子供の輪郭ははっきりと見えた。
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