2-9 半獣人の少女リッキ
魔銃使い達がそれぞれの立場に応じた場所で宴会に参加した翌朝。皇都ロアヴィクラートの上空に穏やかな風が吹き、雲が千切れて流れ、街並みに縞模様を作った。石造家屋の並ぶ路地が一本影に染まり、そこをとぼとぼと小さな子供が歩いている。
「腹減った……。うゅぅ……」
襤褸を纏った獣人のリッキは痩せこけた腹をくうくうと鳴らす。狐耳も尻尾も力なく、くったりと垂れる。昨晩は、いつも利用している酒場で廃棄食材を貰えず、食事にありつけなかったのだ。七歳の彼女を庇護する親はいない。自分で食事を得なければならなかった。
よく見れば、彼女が着る襤褸は服ですらなく、小麦粉が入っていた山羊皮の袋に穴を空けて縫い合わせたものだった。ロアヴィエ皇国において亜人種は迫害されているため、貧しい暮らしを強いられる。
また戦争にでも勝ったのか、大通りからは賑やかな喧噪と共に、腹を切なくさせる匂いが漂ってくる。けれど、皇都の外周部にある市街より、さらに外側の貧民街に住むリッキは文無しだ。せっかく食料を求めて市街にやってきたのに、無駄骨になりそうだった。それに大通りに出れば、市民からは棒で叩かれたり石をぶつけられたりする。獣人の彼女は陽の当たらない路地裏を進むしかない。
「うう……。食べ物、落ちてないかな……」
幼い獣人は大通りから背を向け、行く当てもなく歩き、やがて清掃された路地に出る。甘い香りに誘われて視線を上げると、高い塀の向こうに果実の生る木があった。金色の瞳がまん丸と開き「林檎だ!」瞳孔が広がってキュピーンと輝く。それは、凱汪銃士隊十二番隊の隊舎内に生えた林檎であった。周囲に人目がないことを確認すると、リッキは獣人特有の身体能力を活かし、塀の傘に飛び乗る。
「おいしそう!」
リッキは林檎の木に飛び移り、実を次々と食い散らかしていく。春先に林檎の実がなることを不思議にも思わない。口の中が甘くなって、尻尾も上機嫌にわっしゃわっしゃと揺れる。五つほどお腹に収めた頃、鼻の調子も良くなって、昨晩銃士隊が飲み食いした料理の残り香も嗅ぎ取れるようになった。リッキは足下に肉の破片や野菜くずが落ちていることに気付き、飛び降りた。そして、足下から人の匂いを嗅ぎ取る。建物の地面付近に格子窓がある。
「おじさん、何してるの?」
「誰か、いるのか……」
「リッキだよ?」
リッキは格子窓を覗いてみた。半地下室に二十歳くらいの男が倒れている。
「おじさん、お昼寝? 外の方が暖かいよ?」
男は銃士隊の十一番隊に所属しているが、昨晩、十二番隊の隊員と乱闘騒ぎを起こして救護所送りにしたため、牢屋に拘留された。
「……お前、子供か?」
「そうだよ。リッキはまだ子供だけど、直ぐに大きくなってママみたいになるよ」
「そうか……」
「ママはね――」
微かに記憶に残る素敵なママについてたっぷり語ろうとしたら、人が接近してくる臭いがした。
「誰かいるよ。呼んでこようか?」
「駄目だ……。お前は、もう行け。見つかったら何をされるか分からない」
「えっと……」
「いいから行け、俺のことは忘れろ」
「う、うん……」
男の口調は有無を言わさぬ様子だったから、リッキはその場を離れた。世の中には優しい大人と怖い大人がいる。近寄ってくる人はカツカツと足音を強く鳴らしているから、きっと悪い人だ。怖い大人は、亜人種が精霊を食べたから、世界から精霊が消えたと信じている。だから、亜人種を見ると直ぐに意地悪してくるのだ。
「あ。おじさんにも林檎をあげれば良かった……」
リッキは何度か振り返りながら、市街を去った。
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