2-2 騎士グエンの慧眼

 凱汪銃士隊による攻勢は終始優勢のまま終わった。二十名の装着型が敵陣に突入して、間もなくラガリア王国の部隊は壊滅した。歩兵八千、騎兵二千という陣容の敵は、歩兵で銃士隊を正面から受け止めた後に、側面から騎兵を突撃させる策をとった。密集した騎兵は、展開型の銃士にとって格好の標的に過ぎない。狙い定めずに乱射するだけでも騎馬が倒れ、鞍から放り出された騎士は甲冑の重みで立ち上がれないまま、味方の馬に踏みつけられて命を落とした。


 小高い丘の上から、一方的な戦況を見下ろす二十騎がいた。黄金の冑にクジャクの羽を飾った男は、騎士とは思えぬほどに腹がだらしなく膨らんでいる。騎馬は黄金の刺繍をあしらった馬衣装カバリスンを纏い、いかにも高貴な立場を思わせる出で立ちだ。ロアヴィエ皇国軍総大将のバルフェルト・フォン・ロアヴィエとその護衛だ。


 護衛達は鎖帷子(チェインメイル)に上衣サーコートを上掛けとし、槍を装備し大公の周囲を固めている。護衛の隊長を務めるグエン・マグナは二十六歳で肉体の全盛期にあり馬上槍試合トーナメント)で無敗の猛者だ。魔銃使いではないグエンは、彼の主から「卿は魔銃使いと戦って勝てるか」と問われ、正直に「平地では無理でしょう」と応えた。


「仮に銃士隊が一隊敵に回ったとして、卿に一万の歩兵と騎兵二千を預けたらどう戦う?」


 ロアヴィエ皇国の旧来の騎士が直面し、何度も投げかけられている問題である。


「可能な限り魔銃使いと交戦せず、騎兵に後方の輜重部隊を攻撃させます」


「ほう」


「銃士隊の弱点は総数が少ないことと、輜重部隊を持たないこと」


「だが、食料は敵国の村から奪えばよい」


「はい。そのため、歩兵には近隣の村の井戸や食料に毒を混ぜさせます。敵地で食料を劫掠できないとなれば、銃士隊は輜重部隊と行動をともにせざるをえません。進軍速度は落ちます」


「なるほど。では、ラガリアの軍が周辺の村に毒を投じた可能性を考慮せねばならんな。各部隊に連絡し、川や井戸の水に気をつけさせよう」


 グエンは「さすが大公殿下。ご慧眼でございます」と頭を下げながら、内心では「さて、正面から衝突が避けられない場合、どのように対処すれば……」と頭を悩ませた。そして、有効な答えを見いだす前に、戦闘は終わった。


 通常軍に属するグエンにしてみれば一ヶ月の遠征。魔銃使い達にとっては一週間かけての遠征における戦闘行為は、僅か一時間のみであった。銃士の負傷者は一名。熊のような大男の振るう槍を水平に叩きつけられ腕を折られた。相手は十人抜きの赤槍オズロの異名を持つラガリア屈指の騎士であったが、捕虜となった後にアッシュと共に逃走する過程で命を落とす。

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