1-11 灰色の天使
「――魔銃起動。舞え『
号と共に連続で放たれた青白い光は数メートル先で結集。姿形が直線部品で構成された二体の白い天使へと変わる。背中に小さな羽根を持つ裸の子供に見えるそれの背丈はアイリの腰程。
「灰色の天使……?」
「使い魔に名前を付けるなんて変? 結構、名前を付けている人は多いのよ」
「あ、いえ、変ではありませんが、白色の使い魔に灰色の天使という名前が……」
「ん? ああ、昔の知り合いにアッシュって人がいて、ね。
木の天使はペールランド東北部に伝わる民芸品だ。冬季など放牧ができないときに白樺の木を削って作る。アッシュやユシンが掘った人形も木の天使だ。
「アッシュ……というのは?」
「ん……。秘密」
今でも自分のことを思ってくれているのか、アッシュは女々しい思いで尋ねてみたが、はぐらかされた。キーシュとアイリの関係では、これ以上の追及は無理だ。一般隊員と副隊長、十一番隊と十三番隊、立場も所属も違う。アイリもまた、異なる隊の一般隊員をいつまでも相手にするつもりはないようだった。
「装着型と展開型は陣に戻って休んで。起動型はこれから遺体の片付け。広場の中央に穴を掘って埋めるわ」
十三番隊の副隊長は広場の中央に行き、一人一人に細かい指示を出し始めた。数十人の男達に命令するなど、アッシュが一度も見たことのない姿だ。故郷の村が焼き払われてから、羊飼いのアッシュが兵士になったのと同じ時間が、アイリにも流れていたのだ。アイリの変化は当たり前のことなのに、アッシュは突き放されたような気がして、僅かに寂しさを覚えた。
「さあ、灰色の天使。捕虜を片付けて」
灰色の天使は命令に従い、手近にあった捕虜の死体へと向かう。死体を担ぎ広場の中央へと運んでいく。他にも何体かの起動型の魔銃が死体を搬送したり穴を掘ったりし始める。
(もうこの場に用はないか……。しまった。ユシンの形見はバルヴォワの死体と一緒にある。回収しないといけない)
再会の動揺から立ち直るにつれ、アッシュは次々と現状の問題に気づく。アイリが使い魔に片付けさせようとしている遺体の中には、アッシュが含まれる。
「アイリ副隊長」
「まだ何か?」
「あ、それが……」
咄嗟に声をかけてしまったため、言葉が続かない。
(広場の隅には俺の……アッシュの死体がある。君は俺の死体を見たら、何を思う? 悲しんでくれるのか?)
アッシュは逡巡した後に、アイリの意識を死体から逸らすためにでまかせを口にする。
「バルヴォワがバーン副隊長を攻撃した理由の手掛かりがあるかもしれません。死体を調べてみようと思うのですが、手伝っていただけないでしょうか」
「ん、そうね。私がこの場の責任者だろうし、手伝った方がいいわね」
「ありがとうございます。それにしても、何故、バルヴォワは……」
アッシュはアイリを伴い、バルヴォワの遺体へと向かう。
(これでいい。アイリは俺の死体を見る必要はない。少なくとも俺のことを忘れていなかっただけで十分だ。君は今の生活を……)
惨状に背を向けた直後、冷たい物が背筋を這った。原型を留めない死体が散乱する光景をアイリが平然と受け入れている。収穫祭で羊や豚を絞めるのにすら悲しんでいた田舎娘が。
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもありません」
動揺を隠すためにアッシュは顔を背けた。
(……アイリ。何故、君がこの惨劇に加担している? 君は自分の意思でここにいるのか?)
首筋をつたう汗に黄砂が纏わり付き、アッシュは言いようのない気分の悪さを覚えた。風のない夜だ。血の臭いを含んだ空気は、夜の森に充満したまま消えそうにもない。
◆ あとがき
第一章完結です。
楽しめた方は右上にある「レビューを書く」から感想を書いたり、ポイントを入れたりしていってください。
次回から第二章が始まります。
既にバッドエンド一直線なアッシュですが、第二章では
「こいつと、こいつと、こいつが話し合えば、すべての誤解が解けてハッピエーンドへの道が開けるのかも?」といった役どころのキャラが何人か出てきます。
楽しんで頂ければ幸いです。
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