1-9 二度目の死と、恋人との再会

「うおおおおっ!」


「バルヴォワァッ! 上官への発砲は即死刑だ!」


 再三にわたりバルヴォワの記憶が、相手は副隊長で遥かに格上だと告げる。勝手に萎縮しまいかねない身体に「自分はどうせ一度死んだ身だ。恐れるな」と言い聞かせアッシュは刺し違える覚悟で乱射しつつ突進する。


「死ぬのは貴様だ! バーン!」


「捨て身か! いいぜ! 俺の『炎來極大剣フレソラ』で跡形もなく燃やし尽くしてやる!」


 バーンはブレードで地上に半月の炎を描くように構える。赤い甲冑を中心にして周囲に強大な魔力が迸った。捕虜の掃討に当たっていた銃士達は思わず手を止め、余波を恐れて防御体勢をとる。バーンの炎來極大剣は扇状に炎の斬撃を放つ技だ。十メートル圏内なら魔銃装着型でも蒸発しかねない火力に至る。生身の者ならば、百メートル離れても死傷の危険性がある。


「バーン! 貴様の首、貰――」


 彼我の距離二十メートル。たとえ全身が灰になろうとも爪を刺す覚悟でアッシュは全魔力を右腕と両脚に集中する。全身を覆う防壁の魔力も攻撃に転用したため、バーンの発する熱波を防ぐ手段がなくなり、眉と髪が発火。高温の空気が肺を焼き呼吸不能になり、眼球の水分が蒸発し視界が歪む。バルヴォワの肉体は限界を超えていた。だが、爪は健在。最後の一歩を踏み切る。


 ――直後。

 アッシュは、頭部を失くしたバルヴォワの体が制御を失い、転倒し血をまき散らすのを離れた位置から見る。死体は無軌道に転がり跳ね、バーンに胸部を踏み潰されて動きを止めた。バルヴォワが絶命して魔力供給が途絶えたため、甲冑は粒子となり空に溶けていく。

 バーンが舌打ちし、ブレードから炎を消して必殺剣の構えを解く。


「余計な手出しをするんじゃねえよ!」


 この声は二百メートル離れたアッシュの新しい体には届かない。スコープ越しにバーンが視線を向けてきたことだけは分かった。


(まただ……! また体が変わった!)


 アッシュは状況から、自分の意識が他人の体に移動したと判断するしかない。手にした狙撃銃スナイパーライフルは銃口から魔力の残滓をこぼし、煌めいている。


(俺の新しい体がバルヴォワを撃ち殺した……。俺は『俺を殺した相手』になる。死と同時に意識が移る……?)


 己の中に問いかけても、意識が移り変わる現象に関する情報はない。代わりにアッシュが知りえたのは、今の体がキーシュという二十歳の男で展開型の魔銃使いであること。手には親指の負傷も古い火傷もない。狙撃手らしく、細くしなやかな指をしている。


(いったい俺の身に何が起きている?)


 困惑するアッシュだが、まさか今以上に不測の事態が起こるとは思いもしない。不意に背後で人の気配を感じて振り返ると、森の奥に通じる獣道から枝を掻き分けながら銃士の女が慌ただしく駆け寄ってくるところだった。その姿を見てアッシュは、あろうことか一瞬で懐郷の情にかられ、戦場にいることを忘れた。夜の闇が紗幕となって森を何重にも包んだかのように、目の前が真っ暗になった。アッシュには女の姿だけが、聖堂の彩色硝子ステンドグラスに舞う天使のように輝いて見える。


「どういうこと、キーシュ。殺す必要はないでしょ!」


 話しかけてきた女とは身長差があるため、アッシュの顎より低い位置から睨みあげてくる。ウェーブがかった髪と広めのおでこに、早朝の空のように澄んだ青い瞳のおかげで、アッシュはそれほど自分の記憶との違いを埋めなくとも、女が誰か分かった。アッシュ本来の記憶に残る姿が重なり、暗闇の中でも美しい金色の髪が揺れるのを見る。生き別れた恋人は、垢抜けて輝くような美貌に成長していた。

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