1-6 アッシュの死

「俺に尻拭いを頼むのか? 十一番隊は大変だよなあ。堅物のグラトなんかがいたら、どんな責任を取らされるか分からないしな。いいぜ、俺がやってやるよ」


 捕虜の包囲に退屈していたバーンは左腋に吊したホルスターから拳銃を無造作に取りだすと、発砲。轟音とともに8.4x25㎜の魔力弾がパズルドの二の腕を掠める。


「うっ……。バーン副隊長、いったい何を?!」


「紛失した魔銃を拾った捕虜が発砲。それを切っ掛けにして一斉蜂起。俺達は止むを得ず、身を護るために豚鬼を殺すしかなかった」


 夜を裂くように細く笑い、バーンは魔銃を捕虜の集団に向ける。


「魔銃装着! 豚鬼共、血が沸騰する熱に包まれて死ねェ!」


 拳銃が魔力反応による閃光と共に霧散。魔力の粒子が全身を覆い、次の瞬間、赤い甲冑へと変貌した。魔銃は秘めた力の解放により姿を変え、特殊な能力を使用者に与える。適性があり拳銃を使える者は十人に一人。その中からさらに十人に一人が、バーンのように魔銃の真の力を解放できる。その適性者を探すことが、彼等の目的であった。

 バーンの発する魔力や殺意は物理的な力を持っているかの如く捕虜達の体を圧す。消耗しきっていた一部の捕虜は抵抗する気力すら湧かずに膝から崩れ落ちた。


「ああ、臭い。豚鬼の血は臭いなあ」


 バーンの左前腕甲にある銃口から魔力弾が射出され、捕虜の一人に命中。血肉を飛び散らせて倒れた後、着弾カ所から発火して炎に包まれた。灯りの一つになった捕虜は、次の犠牲者が恐怖に顔を歪ませる様を照らしだす。


「うわああああっ!」


 発砲は続き、二人、三人と発火。異能を目の当たりにした捕虜達は恐慌に陥った。


「さすが風に聞こえたラガリア王国の兵士。その抵抗は苛烈を極め、我々は魔銃を解放して戦うしかなかった。……やれ」


 バーンの言うように、捕虜は意を決して攻勢に出たわけではない。誰もが逃走を試みた。しかし、捕虜を包囲する年若い銃士達は、血に汚れた敵兵士が最後の反撃にでて、無謀にも素手で襲いかかってきたと誤解した。こうして包囲中の魔銃使い達に、反撃しなければならない状況ができあがった。


「魔銃展開! 風穴を開けろ!」


 カムハンの魔銃は形状を散弾銃シヨツトガンに変え、魔力の散弾により、突進する捕虜の勢いを一撃で止める。胸部を根こそぎ失った捕虜は、内臓と血をまき散らし倒れる。


「魔銃、起動ッ! 喰らいつけ!」


 パズルドが宙に投げた魔銃は魔力光を放ち、黒鉄色の狼に変化する。狼はパズルドの命令に従い、捕虜の脚に食らいつき引きちぎる。

 銃士達は次々と魔銃の能力を解放していき、一方的な虐殺を始めた。その様は魔力弾が万顆の光となり、深夜の森を掻き回すようであった。


「なんなんだこれは!」


「逃げろ!」


 周囲を銃士が囲むため捕虜達に逃げ場はない。内部が虚の巨大な甲冑が、巨腕の一振りで何人もの捕虜をなぎ倒した。脚に甲を纏った銃士が空高く跳び、急降下して捕虜の頭を踏み潰す。弾丸を喰らった者の体内から茨が噴出して血まみれのオブジェと化した。いずれの死体も崖崩れにでも呑まれたかのように原型を留めない。まさに自然災害にも等しい猛威であった。魔銃使い達の放つ衝撃が周囲の黄砂さえ払うほどである。


「アッシュ、走れ! 手薄な場所から逃げるぞ」


「ああ」


 アッシュは森へ逃げこむべく駆けだし、オズロに肩を並べる。勇名轟く男と合力すれば、この窮地を脱することも不可能ではないように思えた。


「オズロ。こんな夜中だ。奴等の陣地が遠くにあるとも思えない。武器を奪って食糧に火をつけるぞ」


「冴えているなアッシュ! ここを逃げ延びたら奴等の天幕を探すぞ」


 木々の間、見通しが悪くなっている暗がりへ飛び込もうとした瞬間、小柄な単眼人形がオズロの行く手を遮った。単眼と目のあったオズロは怒号を放つと、子供のような矮躯を両腕で抱え上げ、広場の方へと投げ捨てた。

 怪力を間近に見てアッシュが驚愕の視線を送ると、オズロの頭部から股間まで赤い線が走り、ドアが開くように胴体が左右に分かれて、中身を周囲にまき散らした。投げ飛ばされる一瞬のうちに、単眼人形のブレードが分厚い胸板を両断していたのだ。


「うおおッ!」


 オズロの臓腑が地に落ちるのを待たず、アッシュは暗がりへと駆けこむ。オズロの仇を討とうにも、今のアッシュには何もできない。無力を実感しているからこそ、無駄死にするわけにはいかなかった。


「俺は死なない……。死んでなるものか! みんなの仇を討つま……え?」


 胸から鎌のような爪が三本飛びだした。それを自覚する間もなく、アッシュは何者かに背中を強く押され、眼前の木に縫い付けられた。


「あ……」


 アッシュの背後から爪を突き刺したのは装着型の魔銃使いバルヴォワ。両腕と両脚を黒鉄色の甲冑で覆い、高速の突進から繰り出す刺突を得意とする。撫でつけた髪と細い目は、高速飛行を繰り返したからそうなったと同僚からからかわれている。それは事実かもしれない。アッシュは攻撃の気配を感じなかったし、痛みを覚える間もなかった。


「うっ……あ――」


 口から吐いた血と共に、アッシュの全身から力が抜けていく。


(アイリ……。ユシン……。誰の仇も取れずに、俺は……。くそ……。死んで、たま……るか……)


 爪が背後から引き抜かれアッシュは、ぞぶり、と沼に飛び込んだような音を胸中に聞いた。木に抱きつくような姿勢で崩れ落ち、意識は泥濘のような靄に沈んでゆく。そして、奇妙なことに、次の瞬間にアッシュは、木の根元に倒れた男の姿を見下ろしていた。

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