この世界で物欲が失われるとき

ちびまるフォイ

みんながものに縛られない世界へ……

「ついにできたぞ! シャッフルBOX!!」


完成したシャッフルBOXのスイッチを入れるとすぐに爆散。

世界中にシャッフル化が広がった。


シャッフルBOXはあらゆるものをシャッフルに再配置し直すもの。

すると手元にポンと大金が落ちてきた。


「大成功だ。これで一部の金持ちだけが救われる世界から脱却できるぞ!」


この大金もどこかの富豪が持っていたお金なのだろう。

シャッフル化されたことで、幸運にも自分の手元へ届いた。


以前から欲しかったあれこれをリストアップして買い物へ出かけた。


「お会計はしめて1000億万円になります」


「キャッシュで。お釣りはいりません」


どや顔で持っていた金をカウンターへ突き出した。

が、カウンターに出したお金は瞬時に消えてしまった。


「あ、あれ!? まさかこのタイミングでシャッフルに!?」


「お客様、お金を受け取っていませんが」


「あ、あのぅ……もうちょっと待ってもらえますか?

 シャッフルに分配されてお金が届くかもしれないんで……」


「そんな言葉信用できるわけ無いでしょう!」


店から蹴り出されそうになったとき、幸運にも手元に真っ黒なキャッシュカードが現れた。

紋所を見せつける水戸黄門のように掲げた。


「これで! このカードで支払います!」


「……わかりました」


「危ねぇ……ブラックカードがシャッフルで手に入ってよかった」


持ち物がシャッフルされる時間も完全にランダム。

どのタイミングでいつ変わるかもわからない。

シャッフルが行われる前に使ってしまうのが賢い選択だろう。


「ああこんなにも物欲が満たされる日が来るなんて……幸せ……!」


目の前には高級外車が並び、高級住宅への入居権利用紙があり

漫画もゲームもなんだって手に入ってしまった。


と、思ったらすぐに消えてしまった。


「うそだろ!? シャッフル早くないか!?」


車はオンボロの廃車と入れ替わり、住宅の権利書は子供の絵日記になる。

まだ一度も使わないままに目の前からあらゆるものがなくなった。


手元にはブラックカードが残っているものの、

買い直したところで同じ喪失感を味わうことになるのかと思うと

なんだかもう一度買い直す気にはなれなかった。


「はぁ……もういいや。どうせ何か手に入れても失うんだ……」


とぼとぼと家に帰った。

誰もいないはずの部屋にはなぜか電気がついている。


「まさか空き巣か!?」


慌てて部屋に入ると金髪ブロンド美女が料理を作っていた。


「き、君はいったい……?」


「もう自分の彼女のことも忘れたの?」


「彼女!? なんで突然!?」


いいながらこれもシャッフルの影響だと察した。

お金持ちから貧乏人にお金が届くように、彼女がいない孤独な人にも彼女ができるのかも。


目の前には驚くほどの美女がいて、自分の彼女になっている。


「ああ、神様ありがとう!! こんな俺にもシャッフル運を与えてくださって!」


彼女を抱き寄せ熱烈なキスをかわそうとしたとき、

シャッフルで入れ替わり自分のオカンと口づけをかわした。


「あんたなにしとるんね」


「うぇぇ~~……気分悪い……ついさっきまでブロンド美女だったのに……」


こんな幸せの寸前でシャッフルさせるなんて神はいないのだと悟った。


もともと持っていないものを手に入れて同じだけ失った。

プラマイゼロで元通りのはずなのに、どうしてこんなにも喪失感が強いのか。


「シャッフルになるメカニズムはわかっているんだ!

 俺にならシャッフルさせない機械も作れるはず!」


寝ずに作り上げたのはシャッフル回避装置だった。

スイッチを入れるとシャッフルさせないバリアを前方に展開する。


「ようし、あとはこのバリアの中にシャッフルさせたくないものを入れておこう」


機械から伸びるバリアの中に通帳や印鑑、誰にも見られたくない卒業アルバムなどをいれていく。

これでふいに訪れるシャッフルからは守られる。


「これでひと安心だ。いいものがシャッフルで届いたらこのバリアに入れなくちゃ」


安心していると次のシャッフルが起こった。

バリアで守られているものはシャッフルの影響を受けずにその場にキープできた。


唯一シャッフルされたのは自分だった。


まったく知らない家族団らんのリビングに不審な男として転送された。


「ど、どうも……お邪魔してます」


「パパ! はやく警察を!!」


見知らぬ土地の知らない家から追い出されて行く宛もなくなってしまった。

お金も持ち物もバリアの中に入れてしまったのでどうしようもない。


「これからいったいどうすればいいんだ……」


仮に再度シャッフルされて元の場所に戻ったとしても再転送の可能性はある。

かといって、ずっとバリアの中で一生を過ごすなんて耐えられない。


どうせなにか手に入れてもすぐにこぼれてしまう。

満たされたところで、やがて訪れる喪失感に怯えて暮らさなければならない。


「もう嫌だ……こんな辛い人生辞めてしまいたい……」


高速で走ってくる車に向かって自分の体を投げた。

致命傷まちがいなしの衝撃を受けて体は宙に放り投げられた。


全身に強烈な痛みが襲ってくるが心はどこか晴れやかだった。


「やっと解放される……」


そっと目を閉じたとき、急に痛みが消えた。

これが死なのか。




「……あれ?」


意識はしだいにはっきりしてくるので目を開けた。

体は無傷に戻ってしまっている。


「いったいなにが……?」


何度同じように身を投げても同じだった。

あっという間に傷は治っている。


「知らなかった……! 俺にはこんな特殊能力があったのか!!」


この世界では物欲は満たされなくとも承認欲求は満たせるかもしれないと、

自分の特殊な回復能力を駆使して悪をくじくヒーローになろうと決意した。


ヒーロー活動を始めるや、全身がバキバキに怪我をした人と遭遇する。


「大丈夫ですか!? いったいどんな敵にこんなひどいことを!?」


「わ、わからない……さっき急に怪我をしたんだ……」


「くそっ! 姿が見えない敵のしわざか!! おのれ!」


怪我をした人の怪我の場所は前に自分が受けた傷と一致しているような気がした。

怪我人は弱々しい声で話す。


「この傷はきっと誰かの傷がシャッフルされて……」


「いいえ!! 断じてそんなことはありません! 怪人のせいです!

 でも安心してください! この傷もどこかの誰かにシャッフルされるでしょう!!」


この傷が悪人にシャッフルされることをただ願った。

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