第3話
「一つ、トンネルの真ん中で止まってはいけない。二つ、ライトを消してはいけない。三つ、エンジンを切ってはいけない。四つ、クラクションを鳴らしてはいけない。五つ、外に出てはいけない。このトンネル内でやってはいけない事だ」
「全部やってんじゃねえかよ!」
「ご、ごめんって」
笑いながら謝罪する斎藤に、怒りが収まらない。
トンネルを抜け、峠道を下りながら、僕は激高していた。斎藤の奇行に問い詰めてみたら、あのトンネルは有名な心霊スポットらしい。斎藤が言っていたやってはいけない五つの行動をすると、何かが起こるらしいのだ。
「で? 何が起こるんだよ?」
「噂によると、外に出た奴がいなくなったり、戻ってきたら人数が増えていたりするらしいんだ」
「へえ、じゃあ、まだ何も起こっていないって訳じゃないんじゃないか? もしかしたら、もう後ろに座っているかもしれない」
僕の言葉に、斎藤は反射的に、物凄い勢いで振り返った。斎藤の焦った姿に、僕は思わず吹き出してしまった。斎藤は、何か言いたげに僕を睨んだが、不貞腐れるように腕組みをした。
「で? さっきの夜景が綺麗な広場は、何だったんだよ?」
「ああ、あそこはな。柵の前で車を止めると、女の幽霊がボンネットから這い上がって来るらしいんだ」
「ふーん、まあ綺麗な夜景を堪能できたから、まあいいか。この旅行は心霊スポット巡りな訳ね」
「あ、ああ」
斎藤は気まずそうに頷いた。それならそうと、最初から言っておいてくれたらいいものを。勿論、最初から知っていたら、断っていたのだけれど。
「ってか、お前、全然ビビッてねえじゃん! つまんねえよ!」
「はあ? ビビらせたかったのか? 残念だけど、僕は幽霊とかオカルトの類は一切信じてないんだよ」
「なんでだよ?」
「なんでって、自分の目で見た事がないからだよ。噂とか都市伝説とか、まるで興味が沸かない。自分の目で見たものしか信じない」
「はあ、つまんねえ奴」
斎藤は心底退屈そうに、スマホの画面に視線を落とした。申し訳ないが、斎藤を楽しませてやる気持ちは一ミリもない。正直、幽霊にしたって、いてもいなくてもどちらでも構わない。いても不思議ではないとは、思っている。そこまで、現実主義者ではない。信じてはいないが、否定をするつもりもない。しかし、映画や小説などにあるような、人間の能力を超越した幽霊は信じていない。人間を呪い殺したりなどの、生きた人間に干渉するものだ。なぜなら、幽霊と言えど、所詮元人間だ。人間が死んで、人間を超える能力が手に入るのは、納得がいかない。幽霊は、人間の上位互換だとは思えない。ただそこに存在するだけ、というのならば、それはありだとは思う。幽霊だって元は同じ人間だ。恐怖の対象ではない。それこそ、『生きてる人間が一番怖い』というのは、よく聞く話だ。
「それで? もう満足したのか? このままホテルに向かってもいいんだな?」
「ああ、向かってくれ」
納得がいっていない様子の斎藤は無視して、早くホテルでゆっくりしたいものだ。そう思っていたのだが、やはりそうも簡単にいかないようだ。
ホテルに到着したのは、二二時を少し回った頃だった。当たり前の話だが、チェックインの時間はとうに過ぎていた。僕はホテルのロビーにあるソファに腰かけている。フロントでは、受付のおじさんと斎藤が問答を繰り返している。ホテルの人が気の毒でならない。ホテルマンの話しでは、何度も斎藤に電話をしたのだが、繋がらなかった為、飛び入りのお客さんを宿泊させたそうだ。そして、部屋は満室だそうだ。向こうも商売なのだから、仕方がない。ルールを破った方が悪いのだ。僕は念の為、周辺のホテルの空き状況をスマホで確認した。しかし、どこも満室のようだ。いくら平日でも、盛況のようでなによりだ。温泉に入ってゆっくりしたかった。
僕は、ソファから立ち上がって、斎藤を諦めさせる事にした。体力的にこのまま帰るのは大変なので、車中で仮眠を取る必要がありそうだ。フロントに歩み寄り、斎藤の肩に手を置こうとした時であった。フロントの奥から、若い男性スタッフが出てきた。
「チーフ、一部屋空いてるじゃないですか? どうして、ここにお泊めしないんですか?」
「こ、こら! あ、いや、申し訳ございません。君はいいから、下がっていなさい」
年配のスタッフは、若いスタッフを一喝し、斎藤に頭を下げた。
「おい! おっさん! どういう事だよ!? 舐めてんのか! 部屋空いてるってどういう事だよ!?」
斎藤が怒鳴り散らしている。さすがに、これ以上はほかのお客さんに迷惑になるだろうから、なんとかいきり立つ斎藤をなだめた。おじさんスタッフは、明らかに動揺しており、視線を泳がせている。そして、観念したかのように、肩を落とし息を吐いた。
「申し訳ございませんでした。お部屋は、一部屋ございます」
「ふざけんなよ! 空いてるんなら、最初から言えや!」
「大変申し訳ございません。それで、お客様? 一つお尋ねしたい事があるのですが・・・」
おじさんは、深々と頭を下げ、こちらの様子を伺うように顔を上げた。
「なんだよ?」
「・・・お化けは大丈夫でしょうか?」
「・・・え?」
斎藤の怒りのボルテージが急降下し、若干顔が引きつっていた。僕は笑いを我慢し、斎藤の肩に手を置いた。
「よかったじゃないか。今回の旅の最後を締めくくるには、おあつらえ向けだ」
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