第70話 かみさまのおはなし1

 

【70】かみさまのおはなし1




 宿へと戻ったテオ、ベル、レジー、リオの四人はそれぞれの部屋の前で別れた。


 自室へと戻ったテオが疲れたようにベッドへと腰掛けると、その隣にケープを脱いで長い髪を払い、その髪を橙に染めた少女ベルが並ぶ。

 その色合いから相手がアーニーであることを認識したテオが口を開いた。


「レジーが気になるのか、アーニー」

「そうだね。僕はレジーの方が気になる。ミンディだったっけ? 彼女は違ったみたいだけれど」


 腰掛けたベッドの上でブーツを脱いだアーニーが言う。その言葉に、テオは小さく首を傾げた。


「俺にはよく分からない。面倒な絡みをされはしたが、レジーもリオも割合おかしな性格はしてないんじゃないか」

「性格はそうかもね」

「はっきり言ってくれると助かる。今日は少し疲れた」


 そう言ってベッドへと倒れ込んだテオが言う。その言葉に嘘はないらしく、解けるようにシーツに寝転んだテオの四肢は力なく投げ出されていた。


 ホゾキの脅しに晒されたことに始まり、城壁での戦闘、よく分からなかったミンディの態度。何よりも丸ごと一日を自分以外の誰かと過ごすこと自体、もうまる五年していない。

 それらの慣れない行動は、テオに肉体的な疲労以上に心理的なそれをもたらした。


 そんなテオの脇にうつ伏せで頬杖を着き、ころりとその体を寝転ばせたアーニーは、長い髪を体の下敷きにしないよう気を付けながら口を開く。


「聖骸って、石なんだよ」

「石?」

「話したろう? 心臓と脳、命と意識を一緒くたに混ぜ合わせた核が埋め込まれているのだと」

「ああ。でも、それがどうしたんだ」


 うつ伏せに頬杖をつくアーニーを真似て、テオは横向きに肘を着く。その上に乗せられた焦茶色の癖毛が腕に押し付けられて潰れた。


「石ってさ。ぶつかるとよく鳴るんだよ」

「ああ」

「鈍かったり澄んでたり、高かったり低かったり、色んな音がする。ああ、知ってる? 僕たちの元いた世界では石琴という楽器があってね? この世界にもあるのかな。僕は楽器には詳しくないし、どちらかと言うと苦手分野ではあったのだけど。その石琴という楽器って、すごく綺麗な音がするんだ。文字通り石を打つ楽器なんだけれどもね。なんだろう。弦楽器や管楽器と違って、ああ言う音は丸く聞こえるんだなあ、って不思議に思ったことを覚えているよ。何が違うんだろうね。そういうの君は分かる?」


 つらつらと話し始めたアーニーが、しかしその途中でテオに向けて話を振る。回答を求められたテオは、全く話が読めずに疑問符を浮かべて口を開いた。


「楽器なんて触ったことも無いから俺には分からない。それで、それがどうかしたのか。はっきり言ってくれ」


 疲れたという言葉に嘘はなく、アーニーの迂遠な言葉の指す意味を考える気力も出ないテオが先を促す。


「……えへへ、誤魔化されてくれない?」


 しかしテオの言葉に、アーニーはこてりと首を傾け、苦い笑いを返した。

 そんなアーニーの様子を見たテオは、少女に向けて寝転んでいた体を転がし背中を向ける。丸まった背中越しに、どこか不貞腐れた様なテオの声がアーニーに届いた。


「……話したくないなら直接そう言ってくれ。もう聞かない」

「ごめん。そのうち話すよ」

「そればっかりだ。俺も人のことは言えないけど。レジーも同じことを言っていた。そのうち話すって」


 城壁での戦闘終わり、一度ミンディと離れた時のことをテオは思い出す。あの時、レジーは“そのうち”話をすると言った。

 同時に脳裏を過ぎるのは、宿の裏でレジーを拒んだ自分自身の姿だ。自らの話をしないまま、なあなあで共にいる。そういう意味ではテオを含む全員が同じだと言えた。


「そう。ごめんね」

「いいよ。言ったろ。俺も人のことは言えないんだ」


 そう言って、テオはもぞもぞと手探りで毛布を手繰り寄せた。

 ずるずるとシーツの上を這う毛布を横目に、アーニーは言葉を選ぶように目を泳がせる。そうしてやがて意を決したようにアーニーは口を開いた。


「……話は変わるんだけどさ」

「なに」

「あのミンディって人。君の恋人だったりするの? 随分、なんと言うか、人目をはばからずイチャつくよね。一昔前のアベックみたい」


 言いながらアーニーが思い出すのは先程の食事中の光景だ。元々は婚期を迎えた年齢だったアーニーでも、あの距離感は中々見るものではなかった。


 撫でるだとか、つつくだとか、口を拭ってやるだとか。そういうことは、時として仲が良ければあるとしてもだ。

 足を絡ませたり、あまつさえそれを撫で回したり、よりにもよって髪に口付けるなど、恋人関係でもなければそうそうあることではないようにアーニーには思えたのだ。


「いちゃ? あべっく? よく分からないけど、ミンディとはそう言う関係ではないよ。そういう相手はいないし、作る気もない」

「本当? パーソナルスペースの奇跡を見た気分になってたよ、僕」

「そういう話、ニーナにもしてやれよ」

「あっは、はは……。誤魔化しようもなくその通りでございました。大変申し訳ない」


 首だけで振り向いたテオの言葉に、アーニーは口の端を引き攣らせて笑った。

 昨夜の記録を確認した際の苦い思いはアーニーの記憶にも新しい。実際テオに頭を撫でられたソフィアの満更のなさを思えば尚更だった。


「でも、じゃあミンディとは仲がいいんだね」

「それは否定しない」

「なんだか意外だなあ。君ってああいう押しの強い人苦手そうに見えたのに。レジーとかそうでしょ?」

「まあ、それは、そう」


 アーニーに背を向けていた体が仰向けに寝返りを打ったテオが答える。手繰り寄せた毛布はテオの腹にかかっているものの、不自然にその端を余らせていた。


「どうやって知り合ったのさ。一緒のパーティにでもいたの?」

「いや。ミンディとパーティは組んだことは無いよ。彼女規格が違いすぎて俺じゃあ着いて行けないと思う」

「そんなに凄い人なんだ?」


 テオが余らせた毛布の意図に気が付いたアーニーは、その端に頭を乗せるように寝転んだ。

 暗い室内で月明かりに照らされた橙の髪が散って輝く。同じ色の瞳は隣に横になるテオの目に向けられていた。

 その視線を受け取ったテオが、指折り数えながらアーニーの質問に答える。


「魔術を使わなくて、専門は斥候で、かつソロ。しかも城壁に出てるから魔物は一人でごろごろ殺す」

「ああ、それは確かに凄そうだ。でも君だってソロなんだろう? なのに着いて行けないのかい?」

「俺は武器が良いからソロが出来ているだけだよ。一応名目上は戦士になると思うし、そもそも攻撃にはそう困らないんだ。……ああ、ええと。変なイメージが着いてしまいそうで、あまりこういうことは言いたくないんだが」

「うん、どうしたの?」


 数えて曲げた指先で頬をかいたテオが言い淀む。その目は天井の板張りをなぞる様に虚空に向けられていた。

 アーニーの催促に意を決したように息を吐き、アーニーへ向き合うように体を向けたテオが口を開く。


「どう見ても戦闘を生業としてるのに、防具ばかりで武器が見当たらない奴は注意しろ。そう言う奴に限って頭おかしいんじゃないかってくらい強いんだ。守りを固めて防具で殴るって言う手法だけでやって行けるやつはろくな奴が居ない。お手々繋ぐだけで骨ごと握り潰されるぞ」

「なにそれこわい」


 テオの言葉に、アーニーは思わず毛布の下に潜り込んだ。自分の脇で盛り上がった毛布を捲るでもなくテオは口を開く。


「その怖いのがミンディだ」

「分かった。彼女には触らない」

「そうしてくれ」


 ミンディが軽く手を払っただけで転がされるであろう少女ベルの体では、そうするよう心掛けてもらった方が何かと安心であるとテオは思わずにはいられない。

 ひょこりと毛布から頭を出したアーニーを見て、テオは心底真面目な顔で頷いた。



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