第69話 夕食を共に

 

【69】夕食を共に




「レジーって魔法が使えるの?」


 それはミンディと合流して食事処に入った、アーニーが扮するベルの言葉だった。

 六人がけの長方形のテーブルの片側にレジーとリオが並び、その向かいにテオを挟んでベルとミンディが座っている。


 テオはミンディが悪さをしないようにと長い足をミンディの脛の上に絡ませて抑え込んでいた。それを大人しく受け入れたミンディは早速届いた料理に舌鼓を打っている。


 初めこそその隣でテオとミンディの様子に顔を引き攣らせていたベルだったが、直ぐに気を取り直して会話に興じていたところ、先程の言葉だ。


 会話の流れが今日の城壁での戦闘についてに向き、レジーが暈して語った戦場の話にアーニーが擬態するベルが食いついたのだった。


「そうだよ。私、実は強いんです!」


 そう言って、レジーは自らの胸を叩いた。誇らしげに笑うレジーの隣で、リオが湯気の立つ腸詰め肉を切り分けていた。


「確かに、バカスカバカスカ、土の塊撃ってたよな。驚いた」

「え、信じてなかったんですか? 私、強いって言ったじゃないですか!」

「威力の話って訳じゃなくてさ。お前、やけにスタミナあるよな。あんなに魔術を行使した上で走り回る魔術師なんて初めて見た。ペース上げても遅れず着いて来るから少し楽しかったよ。伊達に剣なんか提げてないんだな」

「そ、そうですねえ……」


 テオの言葉にレジーはくたりと肩を落とす。その様子を苦笑いを浮かべて見ていたリオが、レジーを慰めるように背中を摩って切り分けた腸詰め肉を差し出した。


 すすめられるがままに差し出された腸詰め肉を食むレジーの向かいで、隣に座るテオにミンディが尋ねる。


「レジー、足速いの? 私より速い?」

「早いと言うか。疲れ知らずというか。そもそも君より速く走れる人なんてここにはいないよ、ミンディ」

「なら私の勝ち!」


 そう言ってミンディはレジーの前に置かれていた大皿を手繰り寄せた。葉物野菜の上に乗った塩焼きの肉を飲むように食べる。


「レジー。お前さ、何個くらい術式並列してたんだよ」

「ええと?」

「土撃ってる時も身体強化かけっぱなしだったろ、あれ」

「そうですけど、何か変でしたか?」

「変って言うか、他に見ないって言うか……」


 こてりと首を傾げて何の気なしに言うレジーにテオは言い淀む。


 そもそも自分が使えない系統の技術である魔術について詳しくないテオにとって、当然のような顔をされて答えられては、多少疑問を感じていようとも追求することははばかられた。


 小皿に取り分けた豆をフォークの先でつつきながら、隣に座るミンディに足を撫で回されていたテオは疑問符を頭に浮かべる。

 そんなテオに答えたのは、レジーの隣に座る彼の甥っ子リオだった。


「レ、レジーは天才肌の人なんですよ。だから本人はあまりその辺をきちんと把握してないんです。ね、レジー」

「そ、そうそう! そうなんですよ! よくわかんない!」


 水を向けられたレジーがリオの言葉に何度も頷く。かくかくと上下する頭の上で鉛色の髪が揺れた。


「そんなもんなの? 俺も魔術はよく分からないから驚いたよ」

「魔術は私もわかんない。使わないもん」

「だよなあ」


 テオの言葉にミンディが頷く。先程レジーの前から手繰り寄せた大皿が空になっていた事に気がついたテオが、追加の注文をしようと店員に向けて手を挙げた。


 その隣で黙って成り行きを見守っていたベルが口を開く。少女の前にはテオに切り分けられ念入りに骨を抜かれた焼き魚が並んでいた。


「ふうん。リオもそうなの? 天才肌」

「いえ、わ、僕は、違うよ。普通」

「そうなんだ。でもリオ、凄く物知りなんだよ! 色んなお話してくれたの! 先生みたい!」


 そう話すベルの隣で注文を済ませたテオが、隣に座るミンディから横腹をつつかれながら口を開いた。


「そうか。ありがとうリオ、ベルに色々教えてくれたみたいで」

「ううん。僕にできることなんて、それくらいだから」


 そう言ってはにかんだリオは、照れ隠しなのだろうか、後頭部で纏めた金髪を指に巻き付けた。


 するとテオの肩にべたりと頬を寄せたミンディがテーブル向こうに座るリオに向けて口を開いた。


「リオちゃんはさ」

「リオ君」

「君なの?」

「レジーの甥っ子だって言ったろう」


 テオがミンディの口に付いた脂を拭いながら答える。それを唇を突き出して受け入れたミンディは、拭い終えて脂の落ちた口でさらに言葉を紡いだ。


「じゃあさ。リオ君はどこから来たの?」

「北の方の町から来ました」

「へえ! 北の方! 態々こんな時期に南下してきたなんて変わり者ね」


 尚もテオの肩に寄りかかろうとしたミンディが言う。その隣で、いい加減に重くなったのかテオはその肩を押し返した。


「え、と。大きな町じゃなかったから、乗れる馬車が出ているのがこの街だけで」

「王都にも繋がってなかったの? ポーロウニアは王都の真南にあるじゃない。王都に通じてないのにここには繋がってるなんて変なの」


 テオの手により真っ直ぐに起こされた体を背もたれに預けたミンディが言う。話の流れが読めないテオは、言葉遣いだけは気を付けさせようと、ミンディの膝元をとすとすと叩いた。


 その向かいで、リオは感じた怪訝を隠しきれない表情でミンディを見上げた。


「今、王都より北に向かう馬車は規制が厳しいんです。僕達みたいに流れの人間が簡単に乗れるのは、こちらに向かう馬車しかない。でも、ここからなら北に向かう馬車は多いし、ほら、祭りがあるでしょう? それが終わった頃の時期なら帰りの客も多くなるので、規制も緩くなると聞いて、それで」

「あ、そう? こんな時期ってさっきは言っちゃったけど、リオ君が言うみたいにお祭りがあるから、そのお客さんだったのかなって思ったのだけど。そういうわけでもなかったのね。あくまでも中継地点に来ただけみたい」


 そう言ってテーブルに頬杖を付いたミンディと、その視線を受けて目を細めたリオの二人を、テオとレジーはそれぞれ心配したように見比べた。


 北に用のないテオにとって、王都から北上する便に乗る事が困難であることは初耳だった。


 しかしその理由は多少なりとも想像が着いた。

 南から迫り来る種の進行に、いよいよもって城壁ポーロウニアとそのすぐ後方にある王都は晒されている。


 脅威が迫れば人はそれが齎す害から逃れるために移動する。種が南から迫っている以上、逃げ場はその反対である北にしかない。

 そして人が居なくなれば国というものは立ち回らなくなる。この国が国としての体裁を整えるためにも人間の流出は抑えたかったのだろう。

 それに加え、受け入れる北の国の側にも負担は発生する。治安の悪化などの問題を考えれば、受け入れる人間は多少なりとも選びたいということだろう。


 戦う力もその気もない人間が、敵から逃げると言う行為を否定するつもりはテオにはない。だからこそテオはアーニーの選んだ“逃亡”という選択を強く否定しなかったし、あまつさえそれを受け入れた。


 だからこそ、戦う力のないものからすら逃亡という選択を奪おうとする考えを理解することはテオには些か難しかった。しかし、聖教を肯定するこの国自体が“そういう考え”をするからこそ、命を奪うことで作成される聖骸という戦力が肯定されるのだろう。


 如何ともし難いものだ。テオは微かに顰めた眉を解すように指先でつつきながら考える。

 選択を奪うという意識の矛先の向いた先が他人事ではないことが、一際テオの心情を暗くした。


 グラスに注がれた水をちびちびと口に含んでは飲み込んでいたベルを、テオはこっそりと盗み見る。アーニーが操るベルの白金の瞳は、斜向かいに座るレジーの様子を眺めて細められていた。


 喧騒に包まれる店内と反して、彼ら五人のテーブルだけが静まり返っていた。


「でも、そう。ちゃんと考えて行き先を選んだの。リオ君は頭がいいのね」


 嫌に長く感じられた数秒の沈黙の後、ミンディが口を開く。丁度そのタイミングで届いた追加の料理が乗った大皿を受け取り、我が物顔で独占し始めた。

 その隣で息を吐いたテオが、未だミンディを抑え込むために絡ませていた足の力を抜く。


「話の流れがよく分からない」

「分からないならそれでいいの」


 テオの言葉に満面の笑みでそう返したミンディは、独占していた大皿の料理を半分ほど平らげると、テオの足をひょいと退かして立ち上がった。


「私、帰るね。ごちそうさま」

「もういいのか。珍しい。足りる?」

「うん、もういいの。じゃあね、テオ、リオ君」


 そう言ったミンディは、テオの焦茶色の癖毛をひとつ撫でてその上に口付けた。がちりがちりと木製の床を叩いてミンディのブーツが鳴らして言葉の通り店を出て行ったミンディの背中に、レジーは呆然と小さく呟いた。


「あの人、お金置いてってない……一人で凄い食べてたのに……」

「いいんだ。いつも俺が払ってる」


 そう答えたテオへ憐れみとも呆れともつかない三人分の視線が集まった。






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