第14話

 

【14】




 テオが調査に参加して二日目。

 五人は前日に退却を余儀なくされた地点まで辿り着いていた。昨日テオが落としたランプ石が、小さい光を漏らしながら地面に転がっている。


「テオ、“あれ”あと何発あるんだい?」


 既に一度戦闘を終え、二匹のキラーアントの首をはねたカーラが問うた。

 昨日ここから少し先で群れに遭遇したため、戦闘に備えて休憩をとっている最中だった。


 カーラが言うのは昨日キラーアントを甲殻越しに一撃で仕留めた投擲散弾のことだ。

 テオは地べたに座ったまま、背負った鞄の中身を思い出す。


「あと六発ある」

「六発か。昨日の群れは突破できても、その後は心許ないね」

「コストがかかりすぎてこれ以上用意するのは難しい。正直なところ、あれを八発用意するのに丸一日分の稼ぎが飛んだ」

「なるほど。しかし器用なもんだ。あんなものをよく当てる」

「……まあ、振り回すのは得意だから。でもあれは人に当たると不味い威力だし、狙いが定めにくいから誤射が怖くて乱戦時には使えない。それに結構重いから、どちらにせよあまり数は持ち込めないよ」


 興味が湧いたらしいスヴェンが、テオが背負った鞄を後ろから押し上げる。

 テオが軽々と背負っているように見えたからか、思った以上に腕にかかる負荷に舌を出して下がった。


「どうりで。持ち上げた時やけに重く感じたわけだ」


 ジャレッドが天井の横道にテオを押し上げた際のことを思い出しながら言った。

 スヴェンがルーカスを手招きし、自分がした様にテオの鞄を押し上げさせる。


「うわ、何キロあるんですかこれ」

「え。測ってないから、わからないけど」


 スヴェンが凝りもせずに再挑戦しているのだと思い込んでいたテオが、背後から掛る予想外の声に驚いて振り向いた。

 ばっちりと目が合い困惑するテオに、膝を着いたルーカスが笑いかける。


「力持ちですね」

「あ、ああ。うん」


 借りてきた猫のようだった。

 気を紛らわせようと、回していた首を戻して頭を搔くテオだったが、ふと思い出したように口を開いた。


「そう言えば、奴らって何を食って生きているんだ? ここに入ってから、食えそうなものなんて見てないが」

「共食い、ですかね」


 テオの疑問に、正面に回ったルーカスが答えた。そして地面に転がるランプ石を指さす。


「昨日、ここで五体のキラーアントを仕留めましたが、死体がないでしょう? 奴らは僕達冒険者が殺した仲間を巣まで運んでいるみたいなんです」

「だが、結構な群れだと聞いた。収支が合わないのでは?」

「そうなんですよね」


 ルーカスが頬に手を当てて答える。


「必ずどこかに別の餌場があるとは思うんです。そうでなければ、減った以上に繁殖することなんて不可能だから」

「ああ、そうだな」

「最初は外だと思ってたんです。奴らだって何も無い所から湧いて出られるわけじゃない。鉱山の入口は番兵さんが常に見張ってるので、そっちから入った訳でもない。あそことは別の場所から侵入してきたはずで、だから、どこか外に繋がる道があると思うんです」


 目を細め、眉をひそめたルーカスが、話すごとに首を傾げていく。


「でも、外でキラーアントの被害は報告されていないんですよ」


 そして、その言葉を最後に押し黙った。

 何か考え込むように頬から口までを手のひらで覆い、目を閉じる。


「まあ、とは言ってもね。外に繋がる道とやらは、もう既に埋まってる可能性もある。ほら、元々は落盤事故が発端だったろう」


 黙り込むルーカスに変わり、両手を広げたカーラが続ける。


「だがね。奴らの食糧事情についてアタシ達が知ってるのは、さっきルーカスが話したことくらいだよ」

「共食いはしてるが、それ以外の餌場については分からないか」

「そうだな」


 ルーカスに聞いた内容を復唱したテオにカーラが頷く。


「もう試していたなら悪いんだが、放置した死骸を見張るのは駄目なのか? 運ぶ先に巣があるなら、追跡すれば」

「ああ、それはな。試してはみたんだがねえ」


 テオの問いかけに、カーラは渋い顔をした。どうやら既に試行済みだったらしい。


「待てど暮らせど奴らは現れなかった。そして諦めて撤退した翌日、同じ場所を見に行けば既に死骸はなくなっていた」


 ジャレッドがカーラが途切れさせた説明の続きを引き継ぐ。その横でスヴェンが肩を竦めていた。


「奴ら触覚がある分なのか、やけに探知範囲が広い。待ち伏せしても気付かれちまって寄って来ねえ。道を進む分には強化術式で視覚、聴覚、嗅覚を補強して気をつけりゃ、先んじて発見はできるがな。お前ならわかるだろ、テオ」

「ああ、確かに。あれは凄いな」


 たった二日補佐として斥候を務めただけだが、スヴェンの言うことはテオにもよく理解できた。

 とにかく距離を置けと初めにスヴェンに釘を刺されていたのだが、体で感じて改めてよくわかった。


 微かな足音にも、もしくはその振動にも、キラーアントは機敏に反応する。

 気取られたことを察知して直ぐに停止すればこちらを見失うため、それが原因で戦闘に発展することこそなかったが、付け焼き刃程度の斥候能力であるテオからすれば非常にやりにくい相手だった。


「てな訳でな。地道に足で稼ぐしかないってのが現状なのさ」


 カーラがそう締めくくって手を叩いた。

 話している間もルーカスは黙ったままだったが、その音に反応して顔を上げる。


「そら。そろそろ行こうか。支度しな」


 カーラの言葉にそれぞれが出立の準備を始める。

 荷物を片付けて立ち上がったテオに、先程鞄の重さを知ったルーカスとスヴェンが呆れた顔を見せた。


「重そうに見えない」

「普段同じくらい重いもん担いでたもんな、そう言えば」

「なに。何でそんな目で見る」


 ルーカスとスヴェンの目に、テオが半身引いた。盾を背負い直して近づいてきたジャレッドが、ルーカスの肩を叩く。


「お前はもう少し鍛えなさい」

「えへへ、精進します」


 愛嬌のある笑顔を浮かべたルーカスは、頭の後ろに手を当てて答えた。

 彼の性格を考えると、言葉だけでは済まさず実際に励むのだろう。二人の様子を横目に見ていたテオは、ぼんやりとそう考えた。




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