第11話

 

【11】




 しばらく休んだテオが、そろそろ動き出そうと支度を始めた。靴紐を確認し、鞄を背負い直す。

 手の中の小型ランプに付着した泥汚れを拭っていると、右手側から何か音が反響して近付いて来ている事に気が付いた。


「……何だ」


 座り込んでいた穴の中に伏せ、身を隠したテオが音の正体を探る。


 固い物体を引きずる音。耳障りな金属音。かちかちとした打鉄を叩くような音。

 土埃のたつ地面を叩く複数の、これは足音だ。時折混じって人間の声が聞こえる。


 走れ。急げ。多すぎる。出口まで。分散させる。手が足りない。せめて広い場所へ。外までは連れて行けない。


 近くなる事に聞き取れる単語が増える。聞き覚えのある声だと気がついた頃には、テオは背負った鞄から用意していた仕掛けを取り出していた。


 マグカップ程の鉄製の筒。底面の片方には布がかけられており、その中央から中指ほどの木製の突起が突き出ている。筒本体に着いた持ち手のような輪には縄が繋げられていた。


「ルーカス!!! 気張りな!!!」

「ッは、はい!」


 カーラの声だ。後衛のため体力のないルーカスを励ましている。まだ少し遠いが、彼らとテオの間にある距離はぐんぐんと縮まっていた。


 手にした仕掛けから伸びた縄を短く手に取り、手首のスナップを利用してくるくると縦回転させる。

 テオがいる洞穴は狭かったが、その中心から回転させれば半径六十センチ程度のスペースは取れた。


「あそこに灯りなんてあったか!」

「無かったはずだ!!」


 ジャレッドの問いにスヴェンが叫び返す。ここまで来るとテオからも四人の姿が目視できるようになっていた。


 メンバーの中で一番足の遅いルーカスを牽引するように、その腕を引くスヴェンが先頭を走っている。

 腕を引かれるルーカス、後方を確認しながら走るカーラ、時折背負った盾を器用に利用して仲間を庇うジャレッドの順だ。


 そして彼らの後ろには、五匹のキラーアントが追従していた。流石にあの数を一度に相手しきれなかったのか、これでも減らした方なのか。

 どちらにせよ四人は逃げに徹しているようだった。


「一匹は仕留める!」


 テオが高所の足場から声を張り上げた。

 ルーカスの使う魔導光は、まだテオが居る場所を照らしていない。しかし斥候を務めるスヴェンは、その高い視力で横穴にしゃがむテオを見付けた。


「頼む!」


 駆けながらスヴェンが返答する。

 短く息を吸ったテオの前をスヴェンが通り過ぎる。続いてルーカス、カーラが。やや遅れてジャレッドが走り抜けた。


「ふッ!」


 ジャレッドの通過を確認したテオは回転させていた投擲具を前方に放った。

 狭い通路では天井にぶつかるため大きな放物線を描くことは出来ない。出来るだけ直線に進むよう縄を引き、軌道を調整した。


 テオの目論見通り、投擲具は四人を追う五匹のキラーアント、その先頭を走る一匹の膨らんだ腹部の背中部分に衝突する。


 コォオン。


 それはとても軽い音だった。空の木ジョッキを合わせたような間抜けな音の響き。

 次の瞬間、先頭を走っていたキラーアントが地に倒れ伏した。投擲具の衝突した腹部に決して小さくない風穴を開けられ、絶命したのだ。

 先頭の巨体が唐突に停止したことで、後続の四匹が玉突き事故を起こす。


 突如響いた音に振り返ったスヴェンとカーラが後方の状態を理解した。カーラが短く手振りで合図する。乱れた呼吸で踏み込むには声を出す酸素すら惜しかった。


 合図を受けて踵を返したスヴェンとジャレッドが巨大蟻に向けて加速する前に、テオが再度動く。


 素早く換えの投擲具を取り出し、同じ手順で加速させる。絡まりあったキラーアントの内、最も上に乗っている一匹を狙った。


 コォオン。


 先程と同じ音が響き渡り、今度は直撃した巨大蟻の頭が吹き飛ぶ。


 遅れてカーラの指示に気がついたルーカスが、急停止して縺れた足で転びそうになりながらも、後方のキラーアント達を照らした。


 生存しているのは三匹。

 一匹は仲間との衝突でひっくり返り腹を見せていた。運悪くその上に別の巨大蟻が乗り上げてしまった為に起き上がれずにいる。

 乗り上げた方のキラーアントも、暴れる仲間の足が邪魔する上、腹の下に普段は無い高さができてしまったせいで地面に足が着かずもがいていた。

 残る一匹は横転はしていないものの、テオによる二投目の攻撃で絶命した仲間にのしかかられ、抜け出せずにいる。


 その隙をみすみす見逃す冒険者はここにはいない。


 スヴェンのククリナイフが、死体に押しつぶされるキラーアントの足を数本、関節から切り飛ばして脱出を妨害する。

 ジャレッドが引き抜いた戦斧で、絡み合った二匹のキラーアントの内、上に乗った側の頭をかち割った。

 残ったのは下敷きにされた1匹と、スヴェンにより足を数本失った一匹の計二匹であったが、カーラの素早い剣筋により首を切り裂かれ絶命する。


 沈黙した五体の巨大蟻の死骸を前に、全員が息を吐き出し脱力した。ルーカスに至っては疲弊から地べたに座り込んでいる。


「た、助かったよ。テオ」

「……、何があったんだ」

「いやあ。思ったより奥に入り込めちまったみたいでさ。一斉に襲ってきやがった。三匹までは切り捨てたが、キリがなくてね」


 カーラが荒い息を落ち着けながら話す。疲れからか、いつもより口調が荒い。

 下ろしていた鞄を背負い直したテオが洞穴から飛び降り、四人に近づいた。


「テオの方は、ああ。ここに繋がってたのかい」

「ああ。魔物には会わなかったんだが、思ったより道のりがきつくて休んでた。入れ違いにならなくてよかったよ」

「そりゃいい。本当にな」


 カーラは水筒の水を浴びながら吐き捨てる。

 ジャレッドとスヴェンが軽い怪我を負っていたようで、少し離れてルーカスの治療を受けていた。


「ありゃなんだい、アンタ。初めて見たよ。キラーアントの装甲を一撃で破るなんて、良いもの持ってんじゃないか」

「あれは、その。昔師匠から教えて貰ったやつを再現したんだよ。散弾、とか言うらしい」


 テオが使った投擲具は、以前冒険者を始める前に師事していた師が、酒に酔って上機嫌で話していたものを参考に作った物だった。


 分厚い鉄製のカップの底にランプ石を置き、その上に信管替りの長細い木の枝か石を立て、周りを埋めるようにできるだけ硬い小石を詰める。ずれないように少量の土を被せて、零れないように穴の開けた布をかぶせて縁を縛る。カップの取っ手に縄をくくれば完成だ。


 ランプ石は水中で衝撃を加えると発光する。

 これは多くの人間が子供の頃に耳がタコになるほど教えこまれることだったが、実はランプ石は一定以上の魔力を込めた上で、乾いた状態で衝撃を加えると爆ぜる特性があった。


 しかし自然界に放置された状態ではその一定のラインを超えることはまずない。ある程度充填が済むと、ランプ石から自然放出される魔力量も増えるからだ。

 なので、破裂させようと思えば意図的に人の手で魔力を込めてやる必要がある上に、長期間の保管には向かない。今回使っているランプ石は、テオが前日に自前で魔力を込めたものだ。

 また、一度水中で発光させてしまえば、充填された魔力が切れるまで発光を続け、その間は破裂しない。


 爆ぜると言っても火が出る訳ではなく、衝撃をまき散らして砕け散るだけなので、衝撃波を出すと言った方が正確かもしれない。


 この特性を利用して、衝撃を加えたランプ石をわざと破裂させ、その衝撃で容器に詰められた小石が飛び出る仕組みにしたのが、この投擲散弾だ。


 鉄筒に込めると唯一開いた出口方向にしか衝撃が逃がせなくなるので、衝撃波に指向性が生まれる。

 それが結構馬鹿にならない威力で、先程のように上手く使えば硬い甲殻に刃物で切り掛るより効率的だったりする。少々予想以上の威力だったとは言え、キラーアントの甲殻すら突破するのだ。


 恐らく今回の場合、坑道内での自らの火力不足を儚んだテオが、やけくそになって少し大きめのランプ石を使ったのが良かったのかもしれない。

 出費的にもちょっとやりすぎたかな、と思っていたテオだが、今回役に立ったようで何よりだった。


「へえ。ああ、確かアンタの師匠って」

「話してるところ悪いがよ。次が来てる。そろそろ行くぞ」

「なんだい、次から次へと! 全く! 少しは謙虚さってものを覚えやがれってんだ! 今日はこれ以上進めない、出るよ!」


 治療を終えたスヴェンが先を促す。カーラは吐き捨てるように悪態を撒きながらも、撤退を指示した。


 出口へ向けて、来た道を引き返す四人にテオが混じる。

 来た時と同じようにスヴェンとテオの二人が安全なルートを探しつつ進んだため、苦戦する程の戦闘も起きなかった。


 出口に辿り着いた五人に、見張りの番兵が労りの言葉をかける。日が沈み始めた空が夕焼けに染まっていた。


 そうして、この日の調査は終わりを迎えた。




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