第9話
【09】
探索は順調に進んだ。
道は複雑だったが、 マッピングに立ち会ったスヴェンが居たおかげでテオも大きく迷わずに済んだ。
枝分かれしては合流する道が多いため、敵を事前に発見できれば接敵を避けて迂回することも可能だった。
しかしそれも未到達地点まであと三分の一ほどの距離となった場所までだった。
ここまで来ると、キラーアントの数が途端に増えるのだ。
「あっちの道は駄目だ。少し遠いが五匹いた。スヴェンの方はどうだった?」
「こっちは二匹だ。迂回は無理だな」
遂に、二股に別れた道の両方を魔物に塞がれた。戦闘は免れない。一行が足を止める。
「二匹の方へ行く。一匹はジャレッドが足止めしろ。ルーカスはジャレッドの補佐を。もう一匹はアタシが叩く。スヴェンはこっち手伝いな。テオは機を見て手を貸してくれりゃいい。無理に前に出て、急拵えの連携で怪我するのも馬鹿らしいからね。それでいいね」
カーラが指示を出す。それを受けて、各々が戦闘の準備に入った。
ルーカスがジャレッドの背に手を当てて強化魔術を掛けていく。
身体能力を大幅に上げ、体力の消耗を減らせる魔術だ。上手く使うと表皮の硬化や感覚器の増強など、ただ早く走り強く殴る以上のことができるようになる。
強化魔術を施されているジャレッドは盾を前に構え、いつでも取り出せるよう戦斧の短い柄の位置を調整した。
カーラは長い剣を静かに引き抜き、ルーカスの準備が終わるのを待っている。
やがて強化魔術をかけ終えたルーカスがカーラに向けて頷いた所で、全員が行動を開始した。
足音を殺したスヴェンが先頭を歩く。光度を落としたルーカスの魔導光が、その外套越しの背中を辛うじて照らしていた。
しばらくして、足を止めたスヴェンが左手を上げる。敵のそばに来た合図だ。
最後尾にいたテオが目をこらすと、そこには二匹のキラーアントがいた。
大きく二つの楕円に分かれた胴体と、繋がった頭。腹から生える六本の足はそれぞれが人間の腕ほどの太さがある。
時折かちかちと鳴る顎は平べったく頑丈で、捕まれば骨ごと噛みちぎられるだろうことが窺えた。
上下左右に揺れ動く触覚が、地面の上を撫でるように周囲を探る。目はあるが、黒い体色と同化して見分けがつきにくかった。
停止したスヴェンの脇を、踊るようにカーラが走り抜けた。ジャレッドがその後ろを追従する。
「シィッ!」
鋭い掛け声と共に放たれたカーラの剣が、手前にいるキラーアントの首に迫る。比較的甲殻が薄い場所を狙ったのだろう。
しかし強い踏み込みの振動を感知したのか、すんでのところで首が逸らされたため両断は叶わない。振るわれた剣先は、表皮へと一本の傷を付けるだけに終わった。
「来い!」
襲撃に気がついたもう一匹のキラーアント。その突進を、ジャレッドが手にした盾で受け止める。
二匹の巨大蟻を分断するように位置取ったため、同時に襲われることはこれで無くなった。
カーラの強打が当たるよう、スヴェンがキラーアントの視線を誘導する。
先程狙った首か、もしくは腰のように括れた腹柄節が晒されれば、カーラの剣術なら一太刀で切り伏せられるだろう。
後方に留まったルーカスは、灯りの光量を元に戻して視界を確保した。テオはそんなルーカスを敵から隠すように立ち、手頃な石を拾い上げる。
ただの石でも眼球に投擲すれば多少なりとも怯むはずだ。黒い体色と暗さのせいで見分けが付きにくいが、逆雫形の顔面のサイドやや上に目玉がある。その周辺で盛り上がった形をしている場所を狙えば当たるだろう。
前方で戦うカーラとスヴェンに誤射しないようタイミングを測りながら、テオは戦闘の様子を観察した。
ジャレッドの方は問題ない。武器を取らず足止めに徹底しているため、盾を構える様子に隙がなかった。
ルーカスによる強化魔法がかかっている為負担もそこまで大きくないようだ。この様子なら脇を抜けさせることもないだろう。
カーラとスヴェンも安定した様子だ。
テオと同じく、スヴェンも感覚器を狙う事にしたのか、隠し持っていたククリナイフで触覚を切り飛ばしたところだった。
苦しむキラーアントが頭を振った反動で首を晒す。その隙を見逃すカーラではなかった。
鋭い剣筋が甲殻の隙間に滑り込み、太い首の八割を切り裂く。痙攣する巨体は、鈍い音と砂埃を立てて地面に沈んだ。
「ジャレッド!」
カーラが短く仲間の名前を呼ぶ。呼応して、ジャレッドが半歩右にずれた。そのすぐ横をカーラが更に加速して飛び出す。
キラーアントの目には、たった三十センチずれた盾の影からから、剣を持った女が突如生えてきたように映っただろう。
「ラァッ!」
迎撃するように口を開いたキラーアントに対し、カーラが選択したのは突きだった。キラーアントの口は固くとも、それはあくまでも周辺のことだ。
口から頭の内部に差し込まれた剣は、キラーアントの顎を突き抜け脳を撹拌した。強固な顎がその剣をへし折る前に素早く引き抜かれる。
「追加は?」
短くカーラが問いかけた。
返答の代わりに起きたのは、テオの投擲とスヴェンの踏み込みだ。
「上ですッ!」
テオの後ろで投擲の方向を把握したルーカスが叫ぶ。
声と共に素早く差し伸べられた魔導光に、天井に張り付いたまま、テオの投擲により片目を潰されたキラーアントが照らし出された。
「見下ろしてんじゃねえよ」
スヴェンの低い声が転がる。跳躍し、目玉を潰されたことにより生じた死角からキラーアントに接近したスヴェンは、手にしたククリナイフをその頭部に振り下ろした。
切断を目的としなかったその一撃は、しかし甲殻越しに十分な衝撃を与えたらしい。視界を奪われ脳を揺すられたキラーアントが天井から落下する。
「いらっしゃい」
落下を待ち受けたカーラが、無防備に差し出されたキラーアントの首を断ち切った。ごろりと黒い頭が転がる。
「今度こそ追加はないかい?」
「ない」
カーラの問い掛けにスヴェンが答える。返答を聞いたカーラが血振りした剣を鞘にしまうと、一連の戦闘は終わりを告げた。
「ジャレッドさん、怪我は」
「ないよ。大丈夫だ」
ルーカスが仲間の元に駆け寄る。全員がそれぞれ武具や装備の確認や後始末に入っていた。
テオはそれを視界の端に捉えつつ、戦闘を終えたスヴェンに変わって周辺警戒を始める。
しかし先程の戦闘は見ていて安心した。緻密に組まれた連携と言うのは部外者の入る隙がないし、複数人での戦闘はやはり安定する。
テオはしみじみとそう思ったが、彼にとってその感想を抱くこと自体、無い物ねだりと同義であった。
ルーカスの作り出した魔導光の灯りぎりぎりに立ち、テオは一人思案する。
今回の戦闘では怪我人が出なかったが、多くのパーティにとって傷を癒す癒術師と兼任する聖職者は不可欠な存在だ。
例え結成直後の聖職者がいないパーティに加入したところで、ゆくゆくはそれを迎えることは避けられない。聖教嫌いのテオにとって、それは中々に耐え難いことであった。
短期ならまだどうにかなる。だがパーティを組むならそれは長期間に及ぶ。無理だ。少なくともテオには無理だった。実際やってみたが無理だった。
ふるふると頭を振って、テオは警戒に集中する。
目の横を何となしに叩きながら、自分で身体強化を施した目で周囲を眺める。暗視効果により暗闇をものともしない視界には、特に敵の気配はない。
テオに扱える魔術は小手先の誤魔化しと、この身体強化のみだった。ルーカスの様に他者にかけてやることも出来ない。体内にある魔力を何らかの形に変換して体外に放出することを苦手とするテオにとって、自らの体を強くする事だけが自分に出来る魔術の神秘の全てだった。
目と同じく強化された聴力、嗅覚も新たな巨大蟻の気配を捉えることは無い。しばらくここがキラーアントに襲撃されることは無いだろう。
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