第8話
【08】
大きく枝を伸ばした広葉樹の葉が風に揺れる。その木陰では五人の冒険者が円座を組んでいた。
渾身の謝罪が受け入れられたテオは、ルーカスとそのパーティメンバーに囲まれて、その一角に参加していた。
ちょこんと三角座りをした膝の上に木製の杖を抱え、ローブを身にまとった聖職者兼癒術師のルーカス。
今回の調査では情報の整理役も担っているため、すぐ取り出せるよう腰の鞄には書き込み用の地図と筆記具が刺さっていた。
使い込まれた軽鎧に身を包み、女手で扱うには些か大振りな剣を携えた、このパーティのリーダーである剣士のカーラ。
芝生の上に胡座をかき、手に填めたグローブと篭手の様子を確かめている。このパーティで最も敵を切り捨てるのは彼女だ。
動きやすさを重視した軽装の上に、暗い色の外套を羽織った斥候のスヴェン。
先程呆れた様子でテオの様子を見詰め、最後には爆笑していた男である。このパーティの中で最もテオと親交のある人間だった。
背負った大型の盾と、斬ることよりも潰すことに重きを置かれた持ち手の短い戦斧が、ただでさえ大柄な体躯をより威圧的に見せる重戦士のジャレッド。
盾と戦斧のふたつを使い分ける彼は、このパーティの防御を一身に引き受けている。丸太のような腕で振るわれる戦斧は、切ると言うより叩き潰すことを目的としていた。冒険者として経験の長い彼はこのパーティの副リーダーを務めている。
その四人が今回テオが加わるパーティのメンバーだった。
テオとルーカスの間には、酒場でテオに鉄槌と言う名の拳を振舞ってくれたジャレッドが座っている。
「それじゃあ、始めるよ」
軽く手を叩いて注目を集めたカーラが言う。
先程、ギルドでテオがホゾキに聞いていた話との擦り合わせが終わり、これから調査の打ち合わせが始まろうとしていた。
「今回の目的は巣の発見だ。魔物共の討伐も必要に応じて行うが、メインはそっち。そこはいいね」
男勝りなカーラの言葉に、皆が思い思いに頷く。その様子を確認したカーラが、テオの方を振り向いた。
「テオ。アンタ確か、斥候も出来たよな」
「多少なら」
「ならスヴェンと二人で頼むよ。出来るだけ敵のいないルートを進みたいからね」
「分かった」
ソロで活動しているテオは、他のソロにも言えるように大抵の活動を一人で補える。
話に上がった斥候も本職のスヴェンには劣るが、鎧を着込んだカーラやジャレッド、前線に向かないルーカスよりは上手くこなせるだろう。
「蟻共の出現具合からも、そろそろ巣にぶち当たる頃だ。とは言え焦って足元掬われちゃ元も子もないからね。数日に跨いでもいい。確実に行くよ」
所謂中堅に位置するこのパーティーは、結成当初から一度しかメンバーが入れ替わっていない事で知られていた。抜けた唯一の人員も原因は高齢による引退なので、大きな怪我や死人は出していない。
堅実なのだ。一歩一歩を確実に踏み固めてから次を取る。
リーダーの采配もだが、全体が落ち着いていた。焦りや浮足立った雰囲気をこのメンバーからは感じない。
欠点といえば攻撃が可能な魔法職が居ない事だが、それでも困らない範囲で活動しているのだろう。そういった点も含めて、とても安定しているパーティだと言えた。
「他に何かある奴はいるかい? ないなら行くよ!」
がしゃり、とカーラが鎧の端を叩く。その音に呼応して、それぞれが立ち上がり坑道入口へと歩き出した。テオも鞄を背負い直し、その列に加わる。
「なあ、テオ」
「ん。何だ」
坑道の入口へ向かう短い道の最中、テオに声をかけたのはスヴェンだった。
最後尾を歩くテオに合わせて並んだスヴェンは、元から鋭い目付きを更に細めて口を開いた。
「お前、なんで今日は丸腰で来た」
「丸腰じゃない。ほら」
スヴェンの問いかけに、テオは腰のナイフを軽く叩く。鞘の中で揺すられた刃が抗議の音を立てた。
「狭いんだ。仕方ないだろう」
尚もじとりとした目で睨めるスヴェンに、困ったように笑いながらテオは肩をすくめる。拍子にずれ落ちそうになった鞄を背負い直した。
「……はあ。無茶はするなよ。敵ならカーラとジャレッドが片付ける」
「頼りにしてる」
心の底からの吐いたテオの言葉に、スヴェンは呆れたように息を吐いた。
テオとスヴェン、並ぶ二人の顔に影がかかる。前方を歩いていたジャレッドだ。
「話してるところ悪いがな。入るぞ」
立ち止まったジャレッドが振り向いて声を掛ける。気が付けば坑道の入口まで来ていた。
番兵は時間交代制なのでテオが夜間巡回の為入る時とは違う番兵だったが、カーラ達が居るおかげか番兵とも軽く会釈をするだけで中に入れた。
入口から遠ざかるにつれて日の光が届かなくなり、薄暗い闇に包まれた。足下がおぼつかない程の暗さになる前に、ルーカスが動く。
「灯りをつけます」
ルーカスが杖を掲げ、魔導光と呼ばれる浮遊する魔術の光を灯した。
ランタンと違い手に持つ必要がないため咄嗟に動きやすいし、何より明るさが違う。揺らぐことの無い光源が、ランタンでは照らせない道の隅までを明るみに晒した。
スヴェンとテオが先頭に立つ様に陣形を変えながら、五人は進む。
テオが夜間に巡回した範囲ではキラーアントは確認されていない。暫くは襲撃もないだろう。
「テオさんが夜間の見回りをされていたんですよね」
「そう、だけど」
ルーカスが前方を歩くテオに声をかける。気不味さと引け目からテオの返答がつかえた。
「僕がアンデッドの浄化を行ったんです。なんと言ったらいいか、その。ありがとうございました」
「ええ、と。どういう事だろう」
唐突な感謝の言葉に、思い当たる節のないテオは首を傾げた。その様子を微笑ましげに目を細めて見つめたルーカスが言葉を続ける。
「あのグール達、綺麗に首を刺されてましたよね。潰したり、バラバラにしたりすることもなく」
「ああ。それが一番早かったから」
「それに、ただ転がすのではなく整えられていた。彼らはアンデッドではありましたが、元々は僕らと同じく人間です。どうしても、ああして敬意を払われた遺体の方が送りやすい」
「そういうものか」
「ええ。そういうものです」
テオとしては、首だけを狙ったのは効率を重視した結果でしかなかった。
何よりも、テオが使用していたのはナイフだ。戦鎚のように部位を潰すことは無いし、剣ほど刃渡りもないので足止めに四肢を切り飛ばすくらいなら、直接首を狙った方がずっと早い。
遺体を整えたのだって、ただそのように教えられたからであって、何故そうした方がいいのかなんて知らなかった。
テオからすればルーカスの感謝は見当違いなものに感じたが、嫌な気はしない。こういう所が、ルーカスが人に好かれやすい理由なのだろうとどこか遠く考えた。
「そろそろ先行する。テオも来い」
それまで黙って会話を聞いていたスヴェンが口を開いた。
この辺りでテオが夜間に見回りをしていた範囲から抜ける。周囲警戒が必要な頃合になっていた。
大きく一度頷いたテオは、スヴェンと共に灯りで照らされた地面から踏み出し、その奥の暗がりへと足を進めた。
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