第4話 啓蒙との対話

「んぁ・・・寒っ!」

気が付くと知らない場所で、十字に組んだ木材に裸で縛られていました。

両腕が杭で打たれていない所を除けば、さながらかの有名な神の子孫の様です。

ところで、裸という事はこの身体は縄を除いて一糸も纏っていない訳で。

まぁ、その事に関しては今この現状に於いて一番に問題では無い。

「ねぇ、起きたんでしょ?顔は動かさなくていいから声を聞かせてちょうだいな」

「・・・」

一番の問題はこの目の前にいる女だ。

薄めの金髪に、白ともとれるほど色素の薄い碧眼。

そんな彼女は私の裸体を見て何をしているのかと言うと、絵を書いていた。

「君、何でこの航空艇の写真なんて撮ろうと思ったの?」

「・・・それよりも、なんで私の裸を絵に描いているのか知りたいのですが」

顔を項垂れているので分かりませんが、彼女がため息をついたのは分かりました。

「そんなの私が描きたいからに決まっているだろう?食事と絵画と音楽はその時代を文化の面から考えるのに最適な題材なのさ。そして人は無から何も生み出せない。新しい物事というのは常に積み重ねられた過去から生まれる物ものだ。啓蒙の魔女たるこの私が積み重ねられた過去について少しでも造詣を深めようとするのは何の不思議でも無い筈だけどね」

啓蒙の魔女が話す間も鉛筆が紙をなぞる音は止まない。

「さぁ、君からの質問には答えた。次は君が私の質問に答える番だ。うーん、陰部の描写は難しいね」

人に質問した割には聞く気は無さそうだ。

「・・・仕事ですよ。市井に出回る魔女に関する情報は少ないですから、一枚写真が載るだけで一定の反応は得られるんです」

「なるほど・・・まぁ、知ってはいたんだが」

じゃあ何で聞いたんだ。なんで知っていたんだ、

「君が寝ている間に他の魔女が君について色々調べたんだよ。君の記憶や、過去の記録を遡ってね」

勝手に記憶を覗かれたと考えると何だかとても気持ちが悪い。

「赦してくれ。私達にも私達なりの事情があるんだ」

「・・・魔法なんて言う覇道の力を持つ魔女がそんなに切羽詰まるだなんて考えられませんが」

私がそう言うと啓蒙の魔女は立ち上がり、鉛筆の鉛筆の尖った先端を私の腹に突きつけてきた。

「魔女は、魔女達は、君達が思っている程自由な生き物では無いのさ」

私の腹を鉛筆がなぞる。

「確かに魔女はどんなに食べなかろうが、寝なかろうが死ぬ事は無い。ただ、死なないだけだ。食べなきゃ飢えるし、寝なきゃ頭は働かない」

心做しか鉛筆に籠る力が強くなった気がした。

「それだけじゃ無い。力が必ず上向きに働く訳では無いし、こんな力要らなかったと自ら命を絶った魔女も大勢いる。力も制御出来ない魔女だっているんだよ・・・」

彼女は突然振り返り、こちらから顔を見せない様にしてしまったが声色で分かった。彼女は泣きそうになっているのだ。

「・・・私もそのタイプでね、私の魔法は完全理解と、完全記憶、そして他人の知識と経験を私の中に複製する魔法なんだ。この力に目覚めたのはまだ幼い頃。当然周りの大人から莫大な知識や技術と共に知らなくて良い事まで流れて来てしまって、誰も見たくない、触れたくないってあの時は塞ぎ込んでしまったね・・・」

再び、啓蒙の魔女は私の顔を覗き込んだ。

「・・・そんな私の話はいいんだ、君に知ってもらいたいのは、今の魔女達の現状と、この飛び立った航空艇の中で君がすべき事だ」

え?ちょっと待って、飛び立った?

「あの、すみません・・・この航空艇ってもうエチゲン市を飛び立っちゃったんですかっ!?」

「あぁ、もう一時間程前にね」

「次にまたエチゲン市に寄るとしたら・・・」

「うーん、この船は世界中を飛び回っているから、概算だけど、一、二年後かな」

「そ、そんな・・・」

家、賃貸なのに・・・

家財とか全部家なのに・・・

余程私が酷い顔をしていたのか啓蒙の魔女も愛想笑いを浮かべ、肩を叩いてきました。

「・・・んまぁ、事情があったとは言え勝手に誘拐紛いな事をしてしまった訳だし、そこら辺は安心してくれて良い。こう見えて結構稼いでいるんだ、何も問題は無い筈さ」

それは、滞納した家賃とか諸々払ってくれるという事だろうか。

「どうやらつっかえも取れた様だし、君にやってもらいたい事と、君の処遇について今度こそ話そうじゃないか」

啓蒙の魔女は元々座っていた椅子に腰掛ける。

「では、まず君の事について確認したいんだがいいかな?」

「はい」

「本名ヴェロニカ=ミーゼ。二十二歳。エチゲン市で新聞記者をしていて、我々の船には記事にしようとして近付いたと」

「えぇ」

クリップボードを鉛筆で叩く彼女の姿はさながら面接官の様です。

「まぁ、ここまでは君について、”君も知っている”事だ。ここからに私が話したい本題がある」

「・・・」

啓蒙の魔女の突然引き上がる口角に悪寒を感じる私でした。

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