第2話 我が名を知る者少なく

「あ~あぁ。やっちゃったなぁ」

今回も逃げるように別れてしまった。

”今回も”だ!

「人見知り、拗らせ過ぎだよなぁ」

せっかく人を助け感謝される権利を得たと言うのに。

まぁその極度の人見知りが自分に魔法という力を与えたのだから一概に汚点だとは言いきれないが。

それにしても、あの”男性”は背は低かったけど中性的で中々に格好良かったと思う。

「・・・向こうから会いにきてくれないかな?」

まだ魔法使って無いし。

「可能性はある、か」

太陽が天高く臨む昼下がり。

誰もいない薄暗い路地裏で、私は一人呟いた。


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「・・・やっぱ長時間居るような場所じゃないな。事務所」

漂う煙草とインクのツンとする臭いが肺胞へと回り正直吐き気がします。

昼休みとは言え異常な喫煙率。

本来事務所は昼に来る様な場所ではないのです。

・・・仕事をしよう。

私は航空艇が来るという港を目指し事務所を抜け出しました。


港と言えど海が広がっている訳でもなく眼下に見えるのは薄い水色の床へと続く崖。

折角日が暮れてしまうと急いで街中を駆けてきたというのに味気がありません。

学校で教えられた知識によればこの下に見える薄い水色の床こそが海らしいですが、その海とやらを一度も見た事の無い身としてはどうにも実感に欠けます。

「見てみたいなぁ~」

今度漁師に取材を申し込んで連れて行ってもらいましょうか。

「けど、俺達の特権を、とか言われて金取られそうだなぁ」

ただでさえ今月ちょっとピンチなのに頭の痛くなる話。

首を傾けると漁師達の船を上げ下げする昇降機が目に入りました。

「・・・仕事しなくちゃ」

私は航空艇を撮るのに一番良い場所を求め歩き回りました。


「ここかな」

あれから探す事二時間、私が選んだのは使われて無さそうな倉庫の中。

建付けの悪く見えるギリギリのラインまで扉を開けその間を覗くようにカメラを設置します。

後は航空艇が来るのを待つだけ・・・

私は自分の失態にやっと気がつきます。

(張り込みするってのに荷物持って来てない)

夜食やら上着やらが無いのです。

手元の時計で現在午後四時。

編集長が飯の種と言うくらいなのだから恐らく航空艇の来航は公開されることの無い機密性の高い事柄でしょう。

と、なれば来るのは夜、それも深夜になる筈。

取りに戻って間に合うのか。

いや、取りに行かねばなりません。

私はカメラを隅の分かりずらい場所に隠し、倉庫の裏の勝手口から自らの家に向けて走りました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


もう日は落ちかけ窓から夕日が差し込む。

その紅く優しい光に包まれ段々とまどろみに囚われていくと、突如としてけたたましい鐘の様な音と聞き覚えのある女の声が脳内に響き渡る。

『やほー、パルムちゃん。絶縁の魔女』

「・・・共有の魔女。念話をかけてくるのは構わないがその鐘の音はどうにかならんのか。頭痛がする」

『どうにかなるけど、面倒臭い~みたいな?』

話せば話すほど腹が立つ奴だ。

『ねぇねぇ、パルちゃん?』

「何だ。あんまり回りくどいとお前の友人を調べ上げ、全員との縁を切るぞ」

『・・・分かったよぉ』

こう言ってやると静かになるところは少し可愛げを感じる。

『これは啓蒙の魔女の部下としての依頼なんだけど』

任を告げる彼女の声色はいつになく真剣だった。

『二日後、私達啓蒙の魔女とその一団を乗せた航空艇がそっちのエチゲン市に補給で寄港するから人払いをして欲しい』

「それは本来私の領分では無いんだが」

『まぁ、今回も近づこうとする人と航空艇の縁を切ってくれればいいからさ。それに・・・』

「・・・私の力が必要なのか?」

『うん。”今回は”だけどね』

「そんなに強調しなくてもいいんじゃないか?」

そんなに好きでは無い相手だとは言え同じ魔法使い仲間。はっきり言われてしまうのは悲しい。

『パルちゃんのやり方ってさ、結構えげつないから反対って言う人もいるから毎回説得するのも大変なんだよ』

「・・・そうなんだ」

その考えには首を縦に振れないが代わりに説得してみせろと言われても出来る気がしないので取り敢えず肯定しておく。

『ともかく、二日後はよろしくね』

「任された」

プー、という気の抜ける音と共に意識が解放される。

「荷物纏めなきゃな」

とは言っても荷物を取り出し詰める訳でも無く始めたのはトランクの掃除だった。

元々そういった事が苦手な割に潔癖な私の予定は延長に延長を重ね最終的に寝付いたのはその日の深夜だった。

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