渇望の魔女

松房

第1話 悪運と飯の種

エチゲン市。

それは”隔絶の魔女”と呼ばれる存在によって分かたれた世界の断片の一つ。

そして私の故郷であり、職場であり、墓場でもある。

今日も今日とて平和そのもの。

・・・良い事に変わりはないのですが私達新聞記者には少々暮らしづらくつまらない世の中です。


気持ちの良い日差しに背中を照らされ、未だ書きかけの原稿の上に寝てしまいそうになった昼下がり。

私は突然上司に呼び出されました。

ここの新聞社において上司からの呼び出しとは取材に駆り立てられるかクビを言い渡されるかのどちらかのどちらかなので出来れば行きたくないのですが、呼ばれてしまえば行かない訳にはいきません。

私が編集長の机まで向かうと上司はいつものやや気だるげな表情で纏まった資料を差し出して来ました。

「おい、お前今特に大きな事案抱えてないよな?」

「はい。特には」

私の答えに編集長はニヤリと顔を歪めると私に言い放った。


「喜べ。久しぶりのでかい飯の種、お前の運を見込んで一枚かませてやる」


聞いてきてはいないあたり拒否権は無いらしいです。




上司曰く、近くこのエチゲン市に航空艇がやってくるそうな。

航空艇とは”啓蒙の魔女”と呼ばれる魔法使いが伝え設計した分断された陸地を移動する為の唯一の手段なのだとか。

「コーヒーとマフィンを一つ」

「ただいまお持ちしますね」

それはそうと馴染みの店での一服は私の数少ない楽しみの一つである。

「ヴェロニカさん、こんな昼間から来てお仕事は大丈夫なんですか?」

看板娘のニコちゃんが今日も眩しい。

「いーのいーの。それよりニコちゃんはさ魔法使いについてどう思う?」

「・・・魔法使いですか?隔絶の魔女とか啓蒙の魔女とかそういう?」

「うん。そうそう」

私の質問に答えようとコーヒーを淹れながらも真剣に考えてくれるニコちゃん。

ちなみに私の感じている魔法使いの印象としては”人智を超えた何か”。

だってそうだろう。

元々は一つだったという世界を分断したり、

ゼロから信じられない様な技術を開発してしまったり。

私達一般人が知っている魔法使いの情報はきっと氷山の一角に過ぎないのだろうがそれを抜きにしても過言では無いと断言出来る程の功績を残していると言える。

答えが出たからなのかコーヒーが出来たからなのかは知らないけどニコちゃんがコーヒーとマフィンを持って私の正面に座ってくれた。

この時間もこの喫茶店を贔屓にする理由だろう。

ニコちゃんには悪いがこの狭く座席の少ない店には私と何人かの常連が毎日くるだけで客足は少なくその常連も来る時間が疎らなのでこうしてニコちゃんを独占する事が出来るのだ。

私が男であれば気持ちが悪いと言われるやも知れないが私は女。

堂々と正面に座る事が出来る。

閑話休題。

「魔法使いって案外沢山いて意外に身近な存在なんじゃないですかね」

「・・・なるほどねぇ~」

それは新しい意見だ。

「だって、魔法使いになる条件があるとしてそれに当てはまるのが世界でたった数人って事は有り得なく無いですか?」

「ふぉれふぉふぉうか」

私はマフィンを頬張りながら彼女の意見に耳を傾ける。

甘くない昼食用にしょっぱい味付けだったが辛党の私には有難い。

「・・・こんな事を聞くなんて、もしかして次の仕事に?」

ニコちゃんの質問に私はコーヒーでマフィンを流し込んでから答えた。

「いや、それは無いかな。魔法使いを扱った記事なんてきっと現実味が無さすぎて売れやしない」

「じゃあなんで?」

「んー、個人的に会って話を聞いてみたいからかな?」

私の疑問符の付く曖昧な答えにニコちゃんはむくれる。

可愛い。

「そんなこと言って・・・ヴェロニカさん先月踏み込み過ぎたとか言って拘束されてたじゃないですか」

「いや、あれは特別だから・・・」

そう。あれは特別。

別件で調査をしていたところ、たまたま怪しい取引の現場を目撃してしまい、たまたま割と大きい犯罪組織のアジトを見つけその後拘束されてしまったのだ。

「けど、危なかったなぁ~流石の私も年貢の納め時かと思ったけど、あの親切な犯罪者さんには感謝しないとなぁ」

黒髪の美人さん、まだこのエチゲン市にいるならばあの黒髪は目立つだろうから近いうちにお礼も言えるかもしれない。

あの犯罪者達の中を素通りだったし相当な悪ではあるだろうが優しい人だ、きっと感謝は受け取ってくれる。

私がマフィンを平らげご馳走様を言おうと視線を向けるとむくれていたニコちゃんの顔がさらにむくれていた。

「私、ヴェロニカさんには新聞記者辞めて欲しいんだけどな」

「なんで?」

「だってヴェロニカさん顔綺麗だし年齢的にも結婚を考えないといけない筈だし・・・」

「ゔっ!」

心に刺さるっ!

「い、いや、こんな凹凸無くて、声低い女なんて誰も貰ってくれないって」

自分言っていて悲しくなる様な事言わせないで欲しい。

「それに、私、ヴェロニカさんと一緒に働きたいですっ!」

え?

やばい。

下げて上げられた。

「っっっっっ!」

赤くなるニコちゃん。

何だその反応はっ!

「「・・・」」

狭い店内に気まずい空気が蔓延する。

「・・・ご馳走様でした」

「あ、ありがとうございました~」

そして私は店を出てしまう。

やけに甘酸っぱい思いをしてしまった。

「あぁ。駄目だ」

私はこの浮き足立つ思いを相殺する為事務所へと足を向けた。

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