第2話
昨日の一件でその日の夜はなかなか寝付けず、今日は寝不足状態だ。冴えない髪を整え、冷蔵庫にあった卵オンリーのサンドイッチを口に含み玄関の戸を開けた。
「あ、倉田くん、おはようー」
「おはよーってなんで天野さんがうちの前にいるの?」
にこにことした彼女はちょっと右に視線を移し、再び、目線をこっちに向ける。
「あのね、新田くんが倉田君の様子を見に行ってやれって言ってたから、ちょっと心配になってきたの」
「亮君が!?」と彼女の予想外の発言に耳を疑う。どういうことだろうか。亮君は昨日僕にアンティールールで対戦を申し込んできて、カードを奪って、しかも不良たちに僕をぼこぼこにさせた。そんな彼がなぜ今更、僕のことを。だがそれ以上に気になることがあった。
「天野さんと亮くんって知り合いだったの?」
そう聞くと彼女はクスッと笑って答えた。
「うん、亮くんの彼女だよ」
「えええ!?」
え、亮君って彼女いたの!?僕だってまだ彼女なんてできたことないのに!そりゃ、亮君って喧嘩強いし、イケメンだし、運動神経いいし、そりゃ彼女の一人や二人出来てたっておかしくないよね、って論点そこじゃない。などと僕がぶつぶつ言ってると彼女が舌をペロッと出して会話を続けた。
「彼女っていうのは嘘だけど、知り合いっていうのは本当だよ」
彼女は長い茶髪の髪を梳かすと、後ろを振り向いた。
「新田君、なんであなたにあんなことしたかわかる?」
「え?」
その答えは僕が知りたいくらいだ。昨晩ずっとその理由を考えていたが、まったく見当もつかなかったが、だが、彼が故意に人を傷つける人ではないのは分かる。
「新田君には妹さんがいるの。その妹さん唯ちゃんっていう可愛い女の子なのだけど、その子と友達になったときに実は彼とは仲良くなったの」
「亮君に妹がいたなんて聞いたことなかった」
親友という割に僕は亮君についていろいろ知らないことが多かった。それでも彼は今でも僕を親友だと思っているのだろうか。
「だけどね、妹さん、唯ちゃんが実は難病になったの」
「え?」
「唯ちゃんの病気には治療費がとてもかかるらしくて、それで彼、お金がどうしても必要らしいの。それでさ」
天野さんはこちらを振り向き、真剣な顔で問をかけた。
「新田君の妹さんの治療費となるあなたのカードを彼に奪われたまま見過ごすか、それともあなたのカードを取り戻して、もう一度親友に戻ること。どちらをあなたは選択するの?」
「僕は、その、そんなの僕に選べるわけが」
「そう」と言い彼女はそのまま学校へと1人で向かっていった。ただ去り際に「優柔不断のままじゃだめだぞ♪」と言い残した。
授業中、僕はボールペンで何度もペン回ししながらも上の空になっていた。「おい、倉田。教科書12ページを早く読め」「あ、すみません」と授業に集中しようとするが、僕は今日と昨日の一件で頭がいっぱいだった。
「親友を捨てて、妹さんの命を救うか、それとも親友に戻って、でもそれって、」
僕は気づいてしまった。もしかしたら、亮君も同じ思いをしていたことに。授業が終わって、教室のざわざわした空気にいるのが落ち着かなくて、屋上へ向かうと、途中で天野さんと出くわした。彼女は手に自家製のお弁当を持って、こちらに目が合うと、不思議そうにまじまじと見つめてくる。
「あれ、お弁当持ってどこか行くの?」
「ちょっと気分が落ち着かなくて、一人になりたいんだ」
「そう、じゃあ、私もついていっていい?」
「え?」
一人になりたいと言ったつもりだが、彼女はついてくると聞かないので、結局そのまま二人で屋上で向かうことになった。強い日差しの中、日影が屋上の入り口にしかなくて、真夏のこの時期に日向で汗だくになって食事をするのは、気が引けたので、入り口の床に座った。入口の邪魔になることは放課後の天文部が部活動の一環として使うことしかほとんどなく、普段は無人で時々、若き男女が愛の告白をするために使われることが極まれにあるぐらいだ。
「それで倉田君は答えを見つけたの?どちらを選んだとしても何かを得て、何かを失うのは変わらないから、あなたにとっては酷な選択かもしれない。でもあなたには選ぶ義務があると思うの」
僕は目を閉じ神経を集中させる。親友と親友の命。どちらの方が重いかは一目瞭然だ。ただ、親友とこのまま別れるのも嫌なのは事実。
「もう一度、亮君と話したい。バーチャルストラテジーでもう一度勝負して、亮君の本心と向かい合いたいんだ」
「カードゲームでそんなことできるの?」
「僕はできると思う。いや、やらなくちゃいけないと思うんだ」
「そう」と言って、天野さんは微笑み、「頑張ってね」と告げた。
放課後帰り支度を教室でしてた亮君に歩み寄り、そして告げた。
「亮君、もう一度アンティールールで勝負しよう!今度は奪うためじゃない。大切なものを取り戻すためにやるんだ!」
亮君は意外にも何も言わず頷く。
「ついてきて」と言って亮君を連れてきたのは、前と同じ校舎裏ではなく、屋上を選んだ。
「勝負だ。僕が勝ったら、父さんのカード返してもらうよ」
亮君の表情が少し暗くなるが、こちらをにらみつけ、言葉を発する。
「いいぜ、ただ、お前が負けたら、金輪際俺に話しかけるな」
少しの迷いもなく「うん」とうなずくとデッキから両者ともカードを引く。
「先攻ターンは僕から行くよ、ドロー。僕はグリフォンを召喚する!」パワーが2000と高い代わりに攻撃時、手札を1枚捨てないと、攻撃できないカードだ。「ターンエンド」先攻は攻撃が許されない。ターン終了を宣言したとき、次は相手のターンとなる。
「ねえ、亮君。懐かしくない。亮君いつも言ってたよね、そんな使いにくいカードをデッキにいれるなって」
亮君は視線をカードから僕の方に向ける。
「だから何だ。俺はもううんざりなんだよ。お前みたいなやつと関わるのは」「それは妹さんを助けるため、僕を遠ざけるためだよね」
「お前、なんでそれを!?」
亮君の手は震えながらも、モンスターカードを手に取り、カードを盤面に置いた。
「とにかく、俺が勝ったら俺とお前の関係はこれきりだ」
亮君は手札のモンスター「ゴブリンナイト」を出す。パワーではこちらのグリフォンより劣るが、ゴブリンナイトにはスキルがある。
「SPを3払うことで、このターン俺のゴブリンナイトのパワーを+500するぜ」
パワー2000と2300僕のモンスターの方がパワーが低い。「攻撃だ!」の合図とともにグリフォンは風を起こすが、それをものともせず、ゴブリンナイトが十字に剣を振り、グリフォンは消えていった。「亮君、妹さんを助けるためにはお金が必要なんだよね。そのために僕の父さんのカードが必要だったんだね」
「ああ」
「ならこのカードを見て」
僕が盤面に出したカード、それは今まさにこの状況をまさしく表現したカードだ。「運命の決断」そう運命の決断には2つの選択肢がある。まず、1つ目の効果は自分のデッキから1枚めくり、それが魔法カードなら発動できる。そしてもうひとつは、相手のデッキから1枚めくり、それが魔法カードなら自分が発動できる効果だ。
「何をする気だ?」
「亮君、もし君が光石の煌めきをまだ売ってないなら、君は昨日そのカードを君のデッキにいれていた。つまり、そのデッキにあるはずなんだ。光石の煌めきが」
亮君はびくっとなって動揺してるように見えるが、「うるさい」と言って頑なに認めようとはしない。
「なら試すまでだ!」
デッキ60枚の中のたった1枚の光石の煌めきを引き当てる確率は限りなく低い。光石の煌めきにはもう一つ効果がある。それはこのカードを使用したターン終了時、このカードの所有者はゲームに敗北する。つまり、僕がこのカードを亮君のデッキから引き当てれば、このカードを使用したターン終了時、亮君は敗北する。
「さあ、亮君、君が引くんだ。デッキは君を導いてくれる」
「くっ、」
亮君はデッキトップのカードに手を置く。彼の手からは汗がこぼれ、全身が震えているように見える。
「そんな、バカな、」
「あ、あれは、」
そう光石の煌めきだった。この瞬間、亮君の負けは確定し、それと同時に亮君が僕のカードを売らずにいたことが、素直に嬉しかった。
「すまねえ、唯」
「そのことなんだけどさ。お金を集めるなら正攻法で行こうよ。高校行けば、場所によってはバイトできるし、バイトしたお金で医療費稼ごうよ。僕も手伝うからさ、ね。」
「すまない、真守」
亮君は涙を流しながら、光石の煌めきのカードを手渡し、握手した。
カードゲームで描く親友の物語 とろ @toro515
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