イツキの話

jazzuo

第1話 イツキの話

あの人は優しい人だ、と思うことがあったとする。そう思うことでその人との関わりの中心にあの人は優しい人だからという、関係性の基盤みたいのものが出来上がることは悪いことではないと思う。ただ、付き合いが長くなり、いろいろな場面、例えば、危機を感じるほどの忙しさであったり、その彼が来ないことで、店がとても厳しい状況になってしまったり、他にはふとした瞬間に見せる読み取れない空虚な表情であったり、その優しい人は、いつの間にか優しいだけの人ではなくなっている。独りよがりなのはわかっているのだけれど、優しい人だけでいてほしかったような気もするのである。でもきっと、人を知るってこういうことなんだと、そして、それはとても素晴らしいことなのだと私は思う。


結果には必ず過程があるもので、イツキとの過程は、平坦なものではなかったはずだ、ぼくはそう思っているし、イツキもその意見にはきっと、賛同してくれるはずだ。ぼくは、イツキを厳しい口調で責め立てたこともあるし、言葉に出さずとも、イツキに圧力を加えたこともある、 いわゆるパワハラという行為だ。ここで言い訳するつもりはないけれど、イツキに対してではなく、状況と行動に対する自分の感情の行き先が必要だったんだ、ぼくだけでは収集することのできない大きな力に抗ったんだ、そして、どうしようもない責任の取れない状況への感情は、その状況ではなく、そこにいる人物に感情の対象が移行する、いわゆるスケープゴートである。今の感染症の捌け口が政治にいってしまうのと同じことである。私たちは大昔から、変わることなく、生贄のヤギを、神に捧げてしまう。そうすることによって、不安と行き場のない感情を抑えてきたのだ。

ただ、今になっては、その過程は必要なものであったとぼくは信じている。イツキはそれらを全て受け止めた、それとも全てを受け流していたのかもしれないけれど。きっと葛藤もあっただろうし、逃げ出そうと思ったこともあるだろう、でも、イツキはここに居続けた、それは奇跡のように思えることもあるし、当たり前のことのようにも思えた。

いろいろな思いや、目まぐるしい、状況の変化の核に自分を置くことによって、明らかにイツキはタフになった自分だけの世界で物事を考えなくなった、もともと、ポーカーフェイスの特殊能力を持っているので、そのタフさは伝わりにくかったのだけど、ビー玉のような目の奥には鈍く光る、芯のようなものそれは、ある程度の困難を経験してそれに耐えた人間しか持たない光と闇が混在した温かさを持った、命の輝きがあった。

時間は流れる、その事実に気づいたのはつい最近のような気がする、気づいたとしても受け入れられてはいないので、ぼくにとっては高校球児も同い年に見えるし、自分の年齢は23歳から変わってないように思えてしまう。カツオやしんちゃんみたいなものだ。たまに会う親戚の子供でもいれば、大きくなった甥っ子をみて、少しは時の流れを感じることもできるかもしれないけれど、残念ながら、甥っ子はいるのだけど最近会っていないので時を実感する手立てがないし、甥っ子も私に時を感じさせる担当者ではないので、私にお構いなしに成長し続けるだろう。そして、時は流れる、それこそが時であり、変化するということなのだ。


時を経て、イツキとの関係性も変わっていった、ただの優しい人から、頼り甲斐がある人でもあり、頼りがいがない人であり、仕事ができる人であり、すぐに忘れてしまいホットドックの3つ切りを、2つに切ってしまう人でもある。遅刻をしなくなった人でもあるが、自分の帰る時間を見ずに働き、いつも通りに13時まで働く人でもある。テキパキ動くと思えば、パンが出るのをずーっと眺めている人でもある。存在感があって頼もしく思うこともあるが、いるかいないかわからない時もある。イツキの間違いを指摘して、その後は必ず私も同じ間違いをしてしまい恥ずかしい思いをしてしまう。私にこの店ではただ一人「休憩大丈夫ですか?」と聞いてくれる人である。イツキという人間が奥行きと立体感を持って姿を表して、温かさを持って、働く姿を見せた。その姿を見せてくれるようになってから、私も働くイツキの全てを受け入れることができた。私にとってイツキはとても大事な存在になった。


イツキのスタイルは、今までの卒業生とは違った、去年のミサキなどは、零戦に例えたように、個人技で素早く立ち回り、お客さんを撃破していったが、イツキはそういう戦い方はしなかった、イツキは私とペアになって一つの戦闘機に乗り込み私が操縦と機銃を担当して、イツキは後方機銃と250キロ爆弾を担当した。零戦ではなく99式艦上爆撃機のように2人で、より大きな戦艦を沈めることができた。私にとってイツキは最高のパートナーだった。イツキがいることでとても安心することができたし、僕にイツキの負担を押し付けようとはしなかった、イツキがいることでの少しの不安も私の神経を研ぎ済ますための良いアクセントになった。私は好きに動くことができたし、好きに動く私を受け入れてくれた。イツキは僕に自由に動ける時間を与えてくれた。みんなが仲良く働くことを願っていたし、分け隔てなく、みんなと接する人間だった。私のせいで寂しい思いもさせたかもしれないが、あなたがいてくれたおかげで、私はとてもとても救われたんだよ。ありがとう。





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