第百七十八話「最終手段」

 乗り込んだ怪人たちにより機関室を制圧され、完全に沈黙した神田神保神GOD。

 動力を停止させられてしまえば、もはやただの大きなカカシである。


 全長200メートルの超巨大ロボは、逃げ場のない巨大な棺桶と化した。

 絶望の淵に叩き落とされたオペレーターたちの耳に、ばらまくような銃声が響く。


「わあああああ! ついにここまで来やがった!! 下の連中は何やってるんだよぉ!!」

「ひゃあああーーーッ! い、命だけは勘弁してくださいーーーッ!!」

「くそっ、こんなところで死んでたまるかッ! ぐええええーーーッ!!」

第百七十八話「最終手段」

 数名のヒーロー職員が凶弾を浴び、もんどり打ってひっくり返る。

 操縦室兼作戦参謀本部は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 なんの警告もなく弾丸を撒き散らした闖入者ちんにゅうしゃは、ヒーロー本部が今最も警戒する怪人だ。


「おはよう諸君、自己紹介はいらないな。おっと、抵抗するようなら容赦なく撃たせてもらうぞ」

「アニキ、もう撃ってるッス!」

「いいかいサメっち、時には威嚇いかく射撃も必要なんだよ。こんな風にね」


 そう言いながら林太郎こと極悪怪人デスグリーンは、ヒーローから強奪した妙にカラフルなマシンガンの引き金を引いた。


「あばばばばばばばーーーーーッッッ!!」


 机の下から銃を取り出そうとしたオペレーターのひとりが、蜂の巣にされ勢い余って壁に叩きつけられた。


 ヒーロースーツは優れた防弾性能を誇る反面、一点に集中砲火を浴びると衝撃を逃がすことができないのだ。

 オペレーターは活〆にされた魚のように、ピチピチと痙攣しながら冷たい床で跳ねた。


「サメっちの知ってる“いかくしゃげき”じゃないッス!」

「ははは。半分ぐらいは見せしめにしないと威嚇にならないだろう?」

「なるほどッス。サメっちはまたひとつ賢くなったッス」


 情け容赦ない威嚇・・は、思いのほか効いたようだった。

 同僚が蹂躙されるさまを見て、他のオペレーターたちは素直に両手をあげる。


「ほら、こんなところで寝たら風邪ひくぞ」


 林太郎はマシンガンを構えたまま、ぐううと呻き声をあげるオペレーターの尻を蹴り上げて立たせた。

 そして壁際で肩を寄せ合いながら、ブルブル震えるオペレーターたちに銃口を向ける。



「背中を撃つ趣味はない。意味はわかるな?」



 オペレーターたちはブンブンと音が聞こえるほど頷く。

 そして我先にと他人を押しのけながら、一目散に逃げだした。



 どさくさに紛れて逃げようとしたものの、転んで踏みつけられた風見ひとりだけがその場に残った。



「ぐっ……お、おのれ……この僕を置いて逃げるなんてぇ……」



 ひとりだけマスクを装着していなかったせいで、床にぶつけた鼻から血が垂れる。

 這いつくばり恨めしげに部下の背中を見送った風見は、背後に脅威を感じおそるおそる振り向いた。


 予備電源の薄暗い明かりがその顔を照らす。

 怯えた目に映るのは、なんの感情も感じ取れない無機質な緑のマスクだ。



「どうした? あんたは逃げないのか?」

「あーーーッ! この人テレビで見たッス! カンチョーッスよアニキ!」

「製薬会社のCMでも見たのかな? ……なるほど、あんたが風見長官か。確かに見覚えのある薄い顔だ」

「……かっ、怪人風情が舐めるなァ!」


 風見が腰から拳銃を抜いて構えるのと同時に、マシンガンの銃口が一発だけ火を噴いた。

 長官専用の金ぴかに輝く銃が、弾き飛ばされて操縦室の床を滑る。


「ああっ……! 指が、僕の指が折れたァ……!」

「あと19本もあるんだ。1本ぐらい折れてたほうが個性があっていいじゃないか」


 あらぬ方向に折れ曲がった利き手の人差し指が、風見の脳に痛みを訴えかけてくる。

 前線を退きオフィスワーカーとなってからというもの、久しく感じていなかった苦痛に涙がにじむ。


 風見は痛む指を押さえながら、緑色の悪魔を睨みつけた。


「極悪怪人デスグリーン……! 神田神保神を乗っ取ってどうするつもりだ……東京を火の海にでもするつもりか……!?」

「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ、あんたらじゃあるまいし」


 悪の怪人と火の海をセットで考えるのは、ヒーローにとっては常識のようなものだ。

 かつての自分と重ね合わせ、林太郎は自分の尻の青さを見せつけられているような気持ちになる。


 それを誤魔化すように、林太郎はめいっぱい悪のオーラを振りまいた。


「ふはは、観念しろよ風見とやら。こんなバカげたおもちゃ作りくさりやがって。俺の平和を乱す者はたとえヒーロー本部長官であっても容赦は……」

「これで極悪軍団の金欠も解決ッスよアニキ! 高く売れるといいッスねぇ!」

「……サメっち、こういう状況ではわざわざ本音を口にしなくてもいいんだよ」


 対峙する正義と悪をよそに、サメっちは神田神保神のコックピットに座ってはしゃいでいた。

 彼女の口から出た言葉に、風見は耳を疑う。


「金欠……? か、金のためか……? 金なんかのために僕の計画を邪魔したっていうのか……?」

「その通りッス!! お金のためにサメっち頑張ったッス!!」

「いや……うん、それもあるのは間違いないよ。そこは否定しないでおこう。でも全部ひっくるめて“平和の礎のため”とか、そういう言い回しも覚えようねサメっち」

「ほほーん、わかったッス! 物は言いようってやつッスね!」


 風見はその白髪まじりの髪を振り乱しながら叫ぶ。


「そのような利己的な理由で……世の平穏を乱し、社会正義に刃向かうというのか!」


 その叫び声を遮るように、風見の股の間に銃弾が一発撃ち込まれた。


「ひっ……!」

「正義のために使おうが、悪のために使おうが、個人の平穏のために使おうが、そりゃあ手にしたやつが決めることだ。あんたがたの正義とやらも、ずいぶん利己的だと俺は思うがね」

「あ、あわっ……ぐぎぎぎぎ……」


 風見は顔中にしわを寄せ、一方的にやりこめられる悔しさに歯を食いしばった。

 その剥き出しの額に、無骨な銃口が向けられる。


「さてどうする風見長官? 俺は背中を撃つ趣味はないけれど……背中以外ならどこでも撃てるぞ」

「くそ……くそっ……僕の神が、こんな……」


 悔恨の言葉とは裏腹に、風見の膝はがくがくと震える。

 人一倍臆病者であった風見は、前線に立ち命を張ることの恐ろしさを誰よりも理解していた。


 怪人に対する恐怖は、全国五万人のヒーローの誰しもが抱く感情である。

 だからこそ風見は英雄という心の支えが、どれほど人に力を与えてくれるかを知っていた。


 しかし今となっては、彼を救ってくれるヒーローはいない。




 ビーーーーッ! ビーーーーッ! ビーーーーッ!




 次の瞬間、部屋が真っ赤な明かりに照らされたかと思うと、警報音が鳴り響いた。

 装甲が破損したときよりもはるかに大きく異質な音は、機内で戦う全てのヒーロー、怪人の耳に届く。


「く……くふっ……はははは……」

「なんだ、何をした風見!?」

「……神田神保神にはテロリストに占拠された場合を想定した“最終手段”というものがあるのだよ」


 林太郎が金ぴかスーツの胸倉を掴むと、風見の手から小さなスイッチが転がり落ちた。

 いったいなんのスイッチだ、などと確かめるまでもない。


『機内の職員は至急退避してください。神田神保神は10分後に自爆します』


 無機質なアナウンスが流れ、耳につく警報音がさらに大きくなる。

 そのアナウンスを聞いて、のびていたヒーローや略奪行為にいそしんでいた怪人たちが慌てて機外へとまろび出る。



「……やりやがったな風見この野郎!」

「畏れ多くも神話をけがした愚かで野蛮な怪人どもめ、神に抱かれて爆散するがいい!」



 緑色の拳が風見長官の顔面にめり込んだ。

 しかし風見は前歯を折られ、鼻血を流しながらもへらへらと笑っている。


 林太郎は風見をその場に投げ捨てると、操縦席に座ったままのサメっちのもとへと駆け寄った。


「サメっち、聞いた通りだ。あまり時間に余裕がない、すぐにここから脱出するぞ」

「むむむん……この椅子って一番偉い人が座るところッスよね。だったら自爆を止めるボタンがあるとサメっちは睨んだッス」

「おお……その通りだサメっち!」

「むむっ、見えたッス! これッスね! ポチっとなッス!」


 サメっちは一番端にある“緊急”と書かれたいかにも怪しい赤いボタンを押した。


『起爆までの時間が短縮されました。神田神保神は3分後に自爆します』


「サメっちぃぃぃぃぃ!!」


 林太郎はサメっちの小柄な体を小脇に抱えると、脇目も振らずに走り出した。


「アニキ! カンチョーがいないッス!」

「あいつひとりで先に逃げやがったのかよ!? ちくしょーーーッ!!」



 死に物狂いで退避するふたりの怪人。



 遠ざかっていく足音を聞きながら、風見はオペレーションデスクの陰からのっそりと姿を現した。



「くくっ……くくくくく……間に合うものか……貴様らはここで終わりだ……!」



 風見は操縦室から出ると、林太郎たちが走り去った方向とはの方向に通路を進む。

 その先には狭い螺旋階段があり、神田神保神の頭部へと繋がっている。


 怪人や職員が下へ下へと向かうのとは逆に、風見は上へ上へと向かった。

 もちろん神田神保神と心中をするためではない。


「ふふははは! バカな怪人どもめ、死ぬのはお前たちだけだ! こっちにはちゃんと脱出のために僕専用のドローンを用意してあるのさ……!」



 そう、神田神保神には偵察や緊急時の脱出を目的とした、一人用のドローンが搭載されているのだ。

 こういった外部ユニットを容易に格納できることも、超巨大ロボットならではの強みである。



 重いハッチを開き、風見はドローン格納スペースへと足を踏み入れた。




 そして、その閑散とした空間に目を見開いた。




「無い……無い……!? 何故なくなっているんだ!? 僕のドローンは!?」




 風見の脳裏に、自分を睨みつけた部下の顔がよぎる。




『自爆まで残り10秒……』


「さ、鮫島……さめじまああああああああッ!!!!!」



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