第百六十一話「復活のV」

『お集まりいただきました皆々さま、大変長らくお待たせ致しました。今宵ご覧に入れますのは世紀の大魔術、古今並ぶ者無き神の御業みわざ……!』


 神木のハスキーな声が、みなとみらいの特設ステージに響き渡る。

 舞台を取り囲むのは世界各地から集まったファン、そして無数の報道陣である。


 夜空には報道ヘリが群れを成し、みなとみらい全域に仕掛けられたカメラの数はなんと五百台。

 世界中のマスコミが、SHIVAの“魔術”の謎を解き明かそうと集結していた。



「……………………」

「きゃーーーっ! SHIVA様ァーーーッ!!!」

「SHIVA様こっち向いてぇ! イギャァーーーーーッ!!!」

「すぅぅぅッ! 少しでもSHIVA様と同じ空気を! すぅぅぅぅッ!」


 ステージの上にその人物が現れるや否や、観客は大盛り上がりであった。

 それとは対照的に、マスコミ各社には緊張が走る。


 未だ解き明かされていない、SHIVAのマジックの秘密。

 カメラを構える誰も彼もが、その謎を最初に暴こうと必死である。



 ヒューーーッ、ドンドン!

 ワアアアアアアアアアアアアアッ……!!



 打ちあげられた花火が夜空を彩り、割れんばかりの歓声は林太郎たちが待機している埠頭ふとうにまで響いていた。


「……はじまったらしいな。そろそろこっちも動くぞ」

「アニキ、いつになくやる気ッスね」

「SHIVAのサインがかかってるんだ、気合も入るさ」


 人は時に使命よりも我欲でこそ本領を発揮するものである。

 横浜が誇る観光名所・赤レンガ倉庫前は、林太郎の手によってブービートラップの要塞と化していた。


 デスグリーンに変身できない林太郎は、切れる限りのカードを切りヒーローを迎え討つ構えである。


「ここで大きな恩を売って……その後はSHIVAをアークドミニオンにスカウトして極悪軍団に……ぐふっ、ぐふふ……」


 林太郎の頭の中は、よこしまな考えでいっぱいであった。

 タガラックじみた下衆な笑い声が、林太郎の口から漏れる。


 なんだかんだ言って、林太郎も悪の幹部が板についてきているのであった。


「いやー、無理なんじゃないか? だってあれ、ザゾー……ムギュゥ!」


 思わず真実を口走りそうになった湊の口を、桐華の両腕が覆う。

 背後からチョークスリーパーのように鼻と口を締め上げられた湊は、ジタバタと必死に抵抗した。


「ダメですよ。サンタクロースを信じている子供の前で、堂々とその正体をバラすおつもりですか」

「むぐっ、もががっ!」

「ミナトさんは遊園地に行っても、マスコットの中に人が入ってると思って遠慮するタイプですね。いいですか、謎にとって大事なのは解明ではなく、わくわくできるかどうかです」

「ぷはぁーッ! ぜえ、ぜえ……。す、すまない……」


 ようやく解放された湊は酸欠でぐったりとしていた。

 そんな仲睦まじい様子のふたりに、林太郎が指示を飛ばす。


「黛、そろそろだ。やってくれ」

「かしこまりました」



 林太郎の合図と同時に、桐華の全身に黒い光がまとわりつく。


 黒い光は夜空に大きく拡散し、そしてゆっくりと収束する。



「さて、果たしてセンパイたちの出番はあるんでしょうかね」



 暗黒の塊の中から、竜を彷彿させる翼が大きく展開する。

 頭に生えた角、装甲のような甲殻に覆われた手足、そして長い尻尾がそれに続く。


 スカイブルーの瞳は紅へと変わり、暗黒怪人ドラキリカが宵闇を裂いて赤レンガ倉庫に降り立った。


 すぐさまみなとみらい全域に、怪人の出現を告げるJアラートが響き渡る。


「キャアアアアア! なに、なんなの!?」

「助けてぇSHIVA様ァーーーッ!!」


 突然の怪人警報発令に、パニックがひろがる特設会場内。

 しかしステージ上のSHIVAは、まるでそれを待ちわびていたかのように妖艶な笑みを浮かべた。



「……黒き祝宴の刻は来たれり」




 …………。




 暗黒怪人ドラキリカの力は圧倒的であった。

 スピード、耐久力、そして無尽蔵に放たれる暗黒レーザーの驚異的な破壊力。


「おーい黛、調子はどうだー?」

「うじゃうじゃと群れを成してなおこの脆弱ぜいじゃくさ。正直退屈ですね。……えいっ」

「ぐわーーーッ! 南無なむ八幡はちまん大菩薩だいぼさつーーーーーッ!!」


 隠れ潜んで隙をうかがっていた五色ごしき戦隊ジキハチマンのリーダー・シゲが、街路樹ごと空の彼方に吹き飛ばされた。

 シゲのみならず、駆けつけたヒーローたちはドラキリカの前に、為すすべもなく鎧袖一触がいしゅういっしょくに葬られていく。


『風魔戦隊ニンジャジャン、および五色戦隊ジキハチマンが交戦中も敵損害は認められず! 近隣支部への増援を乞う!』

『市民への被害を最小限にとどめるのだ! 東京本部の連中が向かってる! 到着まで耐えてくれ!』

『本部の? まさか彼らが来てくれるのか!』


 海の向こうから猛スピードで接近する、三つのV模様。

 彼らの接近にいち早く気づいたのは、歩哨に立って双眼鏡を覗いていた湊であった。


「まずいぞ林太郎! キリカ! ビクトレンジャーだ!」

「来やがったか。黛、残っているヒーロー連中を速攻で片付けろ! メカが来る、サメっちは海岸線に仕掛けた爆弾の起爆準備を!」

「あいあいッス!」


 夜空に輝くVのエンブレムが、ぐんぐんと大きくなる。


 青! 黄! 桃!


 三機のビクトリーメカが、みなとみらいの海岸線に迫る!



 青い機体はビクトリーマンタ!

 滑空するように空を飛んで仲間のメカを運ぶぞ!


 黄色い機体はビクトリーゴリラ!

 そのパワーは巨大化した怪人だってひとひねりだぞ!


 桃色の機体はビクトリータイガー!

 コックピットは常にインド香の煙で充たされているぞ!



「発破!」



 ズウウウウウウウウン!!!!!


 三つの機体が接岸するのと同時に、大地が揺れるほどの衝撃がみなとみらいに響き渡る。

 大爆発の直撃を受けたビクトリーゴリラとビクトリータイガーは、崩れ落ちる護岸とともに海へと沈む。


 唯一難を逃れたビクトリーマンタであったが、その緩慢な飛行はドラキリカにとって良い的であった。


「センパイ、もう撃っていいですか?」

「いいぞ、思いっきりやれー」

「了解しました」



 チュボンッ!



 なんとも情けない爆発音をあげ、暗黒ビームに貫かれたビクトリーマンタは無人となった市街地へと墜落した。


「なんだ、思ったより呆気ないんですね」

「おーい黛、悪い癖出てるぞー、油断するなー! あいつらまだ生きてるぞー!」



 林太郎の言う通り、もうもうと立ち込める煙の中でVのエンブレムが光り輝く。


 彼らは東京本部所属のエリート、勝利戦隊ビクトレンジャーである。

 そう易々と敗北を喫したりはしない、そして何より諦めないことを林太郎はよく知っていた。


 なにせ林太郎は彼らと一年近く同じ釜の飯を食ったのだ。

 同じ釜というのは言葉のあやで、ランチはいつも別であったが。




 煙の中でジェット噴射の炎が揺らめき、鋼鉄のボディが飛び出した。

 ビクトレンジャーが世界に誇る神速の戦士、ビクトブルーである!


 青いサイボーグヒーローは空中でグルンと旋回を決めると、巨大なリボルバー拳銃を構えて名乗りを上げた。


「“悪を撃ちぬく青き光”ビクトブルー・マーク2!」

「負けた回数が名前に入る仕様はどうなんだ」

「うるさい黙るんだぜ! 俺は被害者だぜ!」



 続いて海岸線からは筋肉に覆われた巨大な黄色い影が姿を現す。

 日本ヒーロー界に名を轟かすパワーファイター、ビクトイエローである!


 カレードーピングを続けた結果、その体長は五メートルほどにまで成長していた。


「……ゴワス」

「なんかまた大きくなってないか……猟友会を呼んでくるべきだったか」

「ゴワ……ゴワスゥ?」



 黄色い巨体の肩に、ひとりの女が座っていた。


 イエローと同じく海に落ちたはずなのに、その桃色の女の豪奢な衣装はまるで濡れていない。

 ビクトレンジャーの頭脳にして技術開発までも担う才媛、ビクトピンクである!


 頭には三角のピラミッドを乗せ、金ぴかの法衣に七色の袈裟をまとい、護摩木と大幣おおぬさを握りしめるさまはまさにスピリチュアリティの権化だ。


「“知性きらめくピンクの光”光臨正法友人会特別広報部長、桃島・シュヴァリエ・ビクトピンク」

「ちょっと見ない間にずいぶんと肩書きが増えたな」

「デスモス・アガッピ・アグリオパッパ様が御下賜ごかしくださった大事な騎士の称号を馬鹿にしないでちょうだい」



 林太郎にいちいち突っ込まれながらも、彼らは並び立つなりビシッとポーズを決める。


「「「三人そろって、勝利戦隊ビクトレンジャー!」」」


 彼らこそ関東の平和を守る正義の使者、勝利の申し子ビクトレンジャーなのである!



 けして油断できない敵の出現に、サポートに回っていたサメっちや湊も、ドラキリカと足並みを揃えて対峙する。


「全員サメっちがやっつけちゃってもいいッスか?」

「サメっちさんのぶんはありませんよ、私が全部片付けるので」

「時給百万円……時給百万円……なあ林太郎、百万円払うから逃げちゃダメかな……」


 一触即発のビクトレンジャーと極悪軍団は、赤レンガ倉庫を背景に向かい合う。


 そんな緊迫感の中、林太郎は別のことが気がかりで仕方なかった。



「……あれっ? レッドは?」





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