第百四十二話「アークドミニオン非常呼集」

局人災かいじん警報発令。区域担当チームはただちに現場へ急行せよ!』


 復興が進む神保町では、急ピッチで進められていたヒーロー本部庁舎の再建に目途が立ち、4月にも新庁舎の落成を迎えようとしていた。


 だがいくら建物は修復できても、人間の身体は簡単には治せない。

 壊滅したヒーローたちが復帰するまでの空白を埋めるべく、全国から選りすぐりのヒーローチームが関東地区に集められていた。


 彼ら・・が緊急通信を受け取ったのは、新庁舎を下見に訪れた矢先の出来事である。


「なんや警報かいな。了解、場所はどこなん?」

『現在霞ヶ関を灰にしながら銀座方面に移動中。東京駅付近はまだ避難が済んでいない、絶対に怪人を民間人に近づけるな』

「……やってさ。東京もんは落ち着きっちゅーもんを知らんのう」

「辛いつゆばっかりすすっとるから塩分過多なんとちゃうか? かーっかっか!」


 国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的人的災害きょくちてきじんてきさいがい特務事例とくむじれい対策本部たいさくほんぶの大阪支部に籍を置く彼らこそ、“道楽戦隊ドツイタレンジャー”である。


 普段は大阪心斎橋を中心に活動する彼らであったが、人的空白を埋めるため一時的に東京本部への出向を命じられていた。


 隠しきれないなにわの空気感をまとう彼らだが、見た目や言動とは裏腹にかなりの実力者ぞろいである。

 日本の第二都市・大阪の守護を担う彼らの実績は、かのビクトレンジャーにも引けを取らないほどだ。


「ほないっちょやりまっせ!」

「「「「まいどおおきに!!」」」」


 五人の戦士は常時であれば道頓堀川の底に格納されている特殊車両『こなもん号』に乗り込み、一路銀座を目指す。



 現地に着くと、怪人を探すまでもなく前方に巨大な火柱が上がっていた。


「……なんやえらい賑やかやね」


 炎の中心にいる女怪人が、ドツイタレンジャーたちの存在に気づく。

 周囲を火の海にしながらゆるりと歩み寄るヒノスメラに対し、ドツイタレンジャーもゆったりと構える。


「おー、派手にやっとるなあ。こら点数の稼ぎ時や」

「東京もんとは格がちゃうってところを見せたらんとなあ」

「あんたなんちゅーかっこしてんの。女の子がおなか冷やしたらあかんで。おばちゃん生姜しょうがのあめちゃん持ってっさかいに。ええからほれ、生姜のあめちゃんねぶっとき。生姜のあめちゃん!」

「油断せんといくで! ツッコミチェンジャー!」


 リーダー格の男が右手を手刀のように構えると、他の四人もそれにならう。

 そして五人で輪を作り、お互いに隣のメンバーの肩に向かって右手の甲を叩きつけた。


「「「「「ナンデヤネン!」」」」」


 五人の身体が五色に光り輝き、ヒーロースーツが装着される。

 関西怪人たちにとって畏怖の象徴、大阪の絶対的守護神たちが東京の大地に降臨した。


「たこピン一発! タコヤキレッド!」

「“うつしもゆ”」

「「「「「グワアアアアアアアアア!!!!」」」」」


 漆黒の炎と衝撃波によって、道楽戦隊ドツイタレンジャーはゴルフボールのように放物線を描いて弾き飛ばされた。

 そのまま銀座の空を翔け築地市場跡地を通り越し、1キロほど離れた隅田川にちゃぽぽぽぽぽんと落下した。




 …………。




 ドツイタレンジャーが口ほどにもなく敗北を喫するさまを、阿佐ヶ谷のヒーロー仮設本部でモニタリングしていた男がいた。

 彼は両手で頭を抱えるなり、天に向かって吠える。


「うおおおおおおおおおッ!! なんという炎だ! 俺のアイデンティティがッ!! またキャラが薄くなってしまうじゃないかーーーーーッッ!!!」


 男の名は暮内くれない烈人れっと、勝利戦隊ビクトレンジャーのリーダーとして復職したばかりの熱血漢である。

 2月も末にさしかかりようやく寒さも和らごうかというこの時期に、あろうことか半袖であった。


 それどころか全身に巻かれた包帯の隙間から覗く褐色の肌は、うっすらと汗ばんでいるではないか。


 烈人は傍らで同じくモニターを見つめる上司に嘆願した。


「朝霞さん、お願いします! 俺を出動させてください!」

「承認しかねます。現状の戦力で暮内さんを出動させることはできません」


 そう、復帰したはいいものの、ビクトレンジャーは現在烈人のひとり所帯であった。


 人知れず殉職したグリーン。

 怪人と化して行方知れずとなったブラック。


 スクラップ置き場から回収されたものの未だ修理中のブルー。

 筋肉がつきすぎてベッドから起き上がれなくなったイエロー。

 そして大事な法要があると言って先週から有給をとっているピンク。


 ちなみに追加要員であったウィルとラマーは職を辞し、罷免された小諸戸元参謀本部長とともに関西のお笑い養成学校に入った。



 残っているのは数十万トンにも及ぶ剣の津波に飲まれ、先週ようやく救助されたばかりの烈人のみであった。


「一週間以上絶食を強いられていた暮内さんも、まだ前線に出せる状態ではありません」

「俺なら大丈夫です。もうピンピンしてますよ!」

「何故ピンピンしていられるのかが謎ですが」


 ここ一週間、関東圏のヒーローチームが次々と襲撃を受け、壊滅させられる事件が相次いでいる。

 後手後手に回され続け拡大するばかりの被害に、烈人のフラストレーションは頂点に達していた。


 朝霞司令官とて打つ手がなくヤキモキしていることに変わりはないのだが、未だヒーロー本部は神出鬼没の怪人を映像に収めることすらできていない。


「敵は相当な手練れです。暮内さんの手に負える相手である保証はありません」

「朝霞さん、俺にはわかるんです。ヤツの動きは今までと明らかに違う。なにか焦ってるように見えませんか?」

「それは勘ですか?」

「勘です!!」


 そのとき銀座の様子を映していたモニターの映像が乱れた。

 併設された無線機から、オペレーターの声が響く。


『ドローンが怪人の接写に成功! 現場の映像、きます!』


 連続ヒーロー襲撃犯、そして関西からの出向チームを一瞬で屠った黒炎の怪人の映像がモニターに映し出される。


 烈人と朝霞はそれを目にするや否や、思わずお互いに顔を見合わせた。

 長い亜麻色の髪に、健康的な体躯、はちきれそうな小さめのパジャマを身にまとう、その女の姿は――。


「これって……朝霞さん……? なんか妙に似ているような……」

「……冴夜さや……?」


 朝霞が思わず口にしたのは、三年前に怪人として覚醒し彼女のもとを去った妹の名であった。




 …………。




「それじゃあ説明してもらいましょうか」


 焼け跡と化した会場の片づけと、地上までぽっかりと空いた穴を塞ぐようザコ戦闘員たちに指示を出した後、林太郎たちは暗黒議事堂に場所を移していた。


 林太郎は副官として桐華と湊を帯同させていた。


 他には傷の手当を済ませた総帥ドラギウス三世を筆頭に、倉庫からくららちゃん・9歳バージョンを引っ張り出してきて、ちょっと幼くなった絡繰将軍タガラック。

 そして各々副官を連れた幹部、百獣将軍ベアリオンと、奇蟲将軍ザゾーマも同席していた。


 彼らだけではない。

 議事堂の外には、既にアークドミニオンの全軍団・・・が完全武装で集結している。



「ガハハハハ! やっぱり生きていやがったかあタガラック! オレサマはどうせそんなことだろうと思ってたぜえ!!」

「霧中の道を往き、星々の声を聞く者よ。傍観せし神々が指し示したるは栄光か。はたまた破滅か。其の足が踏み出でるは神の御心にあらず。其の心は羅針盤の赴くまま、真理のヴェールに手をかけよ。さすれば道は示されん」

「ザゾーマ様は『おやおや、お通夜で号泣していたのはいったいどこの誰だったでしょうか? 次はクマの葬儀かな?』と仰っています」

「オレサマは泣いてねえ! ちょっと飲みすぎただけだあ!!」


 怒りで牙を剥くベアリオンといつも通りマイペースなザゾーマであったが、ドラギウスがひとつ咳ばらいをするとすぐに口をつぐみ真剣な面持ちになった。

 ドラギウスは相変わらず地の底から響くような声で、ゆっくりと語り始める。


「これは非常事態である、みな心して聞いてほしい」


 ドラギウスは議事堂内の者たちの顔をその鋭い眼光でひと通りなめると、一拍おいて言葉を続けた。


「煉獄怪人ヒノスメラが復活したのである。それもあろうことか、サメっちの肉体を媒介として」


 ドラギウスの言葉にタガラックは目を閉じ、険しい顔で腕を組む。

 だが他の者はいまいち状況が飲み込めていないようであった。


「ヒノスメラあ? なんだそりゃあ?」

「おぬしらが知らぬのも無理はないのである。ヤツを封じたのはかれこれ10年も前のことであるからして、アークドミニオンでもヤツを知る者は少なかろう」


 十年前という言葉に最も反応を示したのは、意外なことに最も新参の林太郎だった。


 怪人組織は常にヒーローから狙われる特性上、およそ1年以内に壊滅するものがほとんどであり、そのサイクルは極めてはやい。

 しかし林太郎にはヒーローとしてつちかった、過去の怪人事件に関する知識があった。


 林太郎は同じくヒーロー学校出身の桐華と短く言葉を交わす。


「……十年前と言ったら……黛、あれ・・だ」

「黒い炎……まさか。もっと早くに気づくべきでしたね」

「……うむ、さすがは林太郎である、もう察したか」


 ドラギウスの問いかけに、林太郎は黙ってうなずいた。


 ちょうど十年前、関東一円に甚大な被害をもたらした、怪人による大事件。

 林太郎たちのやり取りから思い至ったのか、他の幹部や副官たちも先ほどまで貶しあっていたことなど忘れて真剣な顔になる。


「そうか、十年前っていやあ……くそっ、そういうことかよ……!」

「月下に愛を語るなかれ、嫉妬の矢は比翼連理の絆をも射抜かん。我は深層にあって深淵を征く者なり。分かたれた翼を拾い集め、生糸を紡ぐ隠者なり」

「ザゾーマ様は『忘れ難き、富士の災厄ですね』と仰っています」


 ベアリオンは硬い机に爪を立て、ザゾーマですら紅茶を飲む手を止めていた。


 日本人ならば誰しもが知る富士の災厄。

 それは当事者でなくとも、記憶に深く刻まれていることであろう。


 富士五湖が富士一湖となるほどの、局地的人的激甚災害・・・・

 周辺に壊滅的な被害をもたらし十万人の被災者を出した、日本における最大の怪人事件だ。


 原因とされた怪人は、林太郎の目の前にいるこのドラギウス三世である。

 それが通説であった、少なくとも記録上は。



 言葉を待つ者たちに応えるように、ドラギウスは顔の前で手を組み、神妙に言葉を発した。



「煉獄怪人ヒノスメラは、十年前に起こった“富士山爆発災害”の中心人物である」



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