第百三十六話「乙女心はギンギラギン」

 突如として覚醒したサメっちの快進撃は留まるところを知らず。

 まるで獲物を狩るトンビのように、関東圏を東へ西へと飛び回ることがサメっちの日課となっていた。


「控えい曲者め! 我ら武士戦隊ハラキレンジャー、推して参る!」

「ふぅかぁひぃれぇ波ァーーーーーッ!!!」

「山を愛する俺たち、林業戦隊キコルンジャー!」

「ふかひれ波ァーーーッ!!」

「風魔戦隊ニンジャジャン!」

「波ーッ!」


 気づけば一週間が経過し林太郎の包帯も取れるころ、サメっちが撃破したヒーローチームの数はふたけたにまで膨らんでいた。

 林太郎はその事後報告だけを、ベッドの上でザコ戦闘員から聞かされていた。


「すごいですウィ、今日は3チームも倒したましたウィ」

「ずいぶんハイペースだな……相当無理してるんじゃないのか? 何もなけりゃいいけど」


 いつもであれば嬉々として自分から報告に来るサメっちはおろか、医者である湊まで今日は医務室に顔を見せていない。


 林太郎はベッドから立ち上がると、ぐるんと肩を回して自分の身体の調子を確かめた。

 もうほとんど痛みはないがトレーニングをサボった分、勘を取り戻すには2、3日かかりそうだと自己分析をする。


 そのとき、桐華が血相を変えて医務室に飛び込んできた。


「センパイ、サメっちさんが! サメっちさんが大変なことに……!」

「……サメっちがどうかしたのか!?」


 桐華に促され、林太郎はアークドミニオンの演習場へと向かった。


 地下演習場はウサニー大佐ちゃん率いる“教導軍団”の訓練施設であり、地下であるにもかかわらず駐屯地なみの広さを誇る巨大空間である。



 林太郎はそこで、想像を絶する光景を目の当たりにした。



「さ、サメっち……! 本当にサメっちなのか……!?」



 ザコ戦闘員たちが人間ピラミッドを作り、彼らの上には豪奢な椅子が備え付けられている。


 そこにふてぶてしく座っている少女は、ギラついた大きなサングラスをかけ、金ぴかのガウンを身にまとい。

 右手でジュースの入ったワイングラスを揺らし、左手で膝に乗せたサメのぬいぐるみをなでなでしていた。


「ふははーッス! これからは最強怪人サメっち様と呼ぶッス!」

「ひぇぇぇぇん、サメっちがまたグレちゃったよぉぉぉ」


 人間ピラミッドの下では、きわどい水着姿の湊が泣きながら大きな葉っぱの団扇をパタパタしていた。

 雰囲気出しのために無理やりひん剥かれたのだろう、布面積が妙に少ないビキニ姿は見ているこっちが寒くなるほどだ。


 サメっちはまるで中世インドの王族か宝くじを当てた成金大富豪のごとく、調子に乗りまくっていた。



 一番舎弟のあまりの変貌っぷりに、林太郎は頭を抱え膝をつく。



「めちゃくちゃわかりやすく増長してる……。なんか前にもこんなことあったな」

「周りがもてはやしすぎて影響されちゃったみたいです。見ているぶんには面白いんですけどね」

「面白がるなよ黛ぃ……。ああ……サメっち……素直で純朴なサメっちはいったいどこに行ってしまったんだ……。なんか最近様子が変だとは思ってたけど……」


 がっくりとうなだれる林太郎をよそに、サメっちはワイングラスからストローでちゅーちゅーとグレープジュースをすする。


「ジュースがぬるいッスぅ! サメっちはもっと冷たぁーいのが飲みたいッス!」

「ひぃぃぃぃん、申し訳ございませんサメっち様ァ……」

「だいたいなんッスかこのおっぱいは! サメっちへの当てつけッスか!? ええい、けしからんッス! こうしてやるッス!」

「ひぇぇぇぇぇん! や、やめてくれぇぇぇ! はやく元のサメっちに戻ってくれぇぇぇ!!」


 サメっちは湊を組み伏せ、その肢体からだを好き放題にいじくり回した。

 彼女たちの背後では人間ピラミッドが崩壊し、ザコ戦闘員たちが鼻血の海に沈む。


「ふははッス! ええのんかッス? ここがええのんかッス?」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃん! やっ、らめっ、そこはァ……!」


 酒池肉林の王もかくやといった蛮行に、見かねた桐華が一歩前に進み出た。

 少し前かがみになっていた林太郎も桐華に続く。


「そこまでです。サメっちさん、いい加減に目を覚ましたらどうですか?」

「あぁーーーんッス?」

「そうだよサメっち、湊を放してやれ。いったいどうしちゃったんだよ」

「アニキ!? さ、サメっちはどうもしてないッス! サメっち最初っからこんな感じッス!」


 サメっちは突然のアニキの出現に戸惑いながらも、ぴょんぴょんと跳ねて自己弁護をする。

 その隙をついて、ただでさえ少ない布を着崩した湊がササッと林太郎の陰に隠れた。


「あわわわわ……助かったぞ林太郎……サメっちを止めてくれぇ……!」

「あーッ! 逃げちゃダメッスよ! サメっちは極悪軍団のナンバー2で最強だからおっぱい揉んでも許されるッス!」

「北欧のバイキングかよ。そんな豪傑じみた法があってたまるか」


 どうやらサメっちは林太郎を前にしても態度を改める気はないようであった。

 ぷんすこ怒るサメっちに対し、桐華がゴキゴキと指を鳴らしながら威嚇いかくする。


「センパイ、どうやら理解さわからせてあげたほうがいいみたいですね」

「おいやめろよ黛、仲間うちで暴力はよくないよ」

「安心してください、ただのスパーリングです。それにヒーローチームを次々に破ったカラクリ、暴いてみたいとは思いませんか?」

「……そりゃまあ、そうだけど……」


 林太郎とて急激に力を伸ばし増長の原因となった、サメっちの“覚醒”については気になっている。

 まるで別人のような躍進やくしんっぷりは成長と呼ぶにはあまりにも唐突で、林太郎は十中八九何かしら裏があることは間違いないと踏んでいた。


 もしかするとその力は、本来取り扱いに細心の注意を要するものかもしれない。

 危険な実戦ではなく、桐華との手合わせで原因を看破できるならばそれに越したことはないのだ。


「なるほどな……今のサメっちの実力を測るにもいい機会か……」


 それに万が一にも、サメっちを相手に桐華がおくれを取ることはないだろう。


「どうしますセンパイ? もっとも、向こうはやる気みたいですけど」


 静かに青筋を立てる桐華に向かって、サメっちはシュッシュッとシャドーボクシングの体勢を取る。

 どうやら桐華もサメっちも、もはや退く気はないようであった。


「わかった、そのかわりお互い相手に怪我をさせないこと。俺がストップって言ったらその時点で試合終了だ。ふたりとも守れるな?」

「私は構いません」

「サメっちもそれでいいッスよ! へい! へいかもんッス!」

「よし、なら今回だけ特別だぞ。それとサメっちは勝っても負けてもアニキから大事なお話があります」



 かくして極悪軍団スペシャルマッチの開催が急遽きゅうきょ決定した。



 湊やザコ戦闘員を安全なところまで避難させ、広いグラウンドの中央で両者は向かい合う。


 かたや自他ともに認める最強の名を欲しいがままにする、完全無欠のパーフェクト暗黒美少女・黛桐華。

 かたやサングラスと金ぴかガウンがまるで似合わない、図に乗りまくった自称最強のサメ幼女・サメっち。


 いずれも闘気は十分、いつでも始められるといった気合いの入りようであった。


 林太郎の脳裏に一抹の不安がよぎる。


(試合とはいえ、まさかこのふたりが直接対決を行うことになるとはな……ふたりともちゃんと手加減できるんだろうな……?)


 しかし彼女たちはいずれも林太郎こと極悪怪人デスグリーン直属の部下である。

 部下を信じられずして何が軍団の長かと、林太郎は自分自身に言い聞かせた。


「よし、お互いに準備はいいか?」

「完璧です。理解さわからせてやりますよ、この調子に乗ったお子様に身のほどってやつを」

「残念ッスねえ。今のサメっちはキリカよりも強いッスよ。なんせ極悪軍団のナンバー2で最強ッスから!」

「正妻の座を明け渡したつもりはないんですよ。センパイは未来永劫、私のものです」

「あーッ、だめッス! アニキはサメっちのッスよぅ!」

「ねえ君たち本当に大丈夫? 俺が言った言葉の意味ちゃんと理解してる?」


 林太郎の不安をよそに、ふたりは構えを取る。


 桐華の身体からは黒い竜巻のようなオーラが立ち昇り、その四肢を黒い鎧のような甲殻が覆う。

 対するサメっちの身体からはこれまた黒い炎のようなオーラが湧き立ち、瞳の奥では煉獄が渦を巻く。


「クックック……やはり欲しいものは力づくで奪い取る方が性に合っています」

「ぬっふっふッス……ヒノちゃんのパワーは無敵ッス、キリカを黒焦げにしてアニキにいいところ見せるッス!」

「怪我させるなって言ったよね俺。あれっ? ひょっとして聞いてなかった?」


 林太郎の合図を待たずして、桐華とサメっち、ふたりの戦いの幕は切って落とされた。





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