第百三十五話「死煌輝戦隊ヘルロミオファイブ」

 遭難騒ぎがあった日以来、サメっちの成長ぶりには目を見張るものがある。

 全身打撲で起き上がれない林太郎に代わり、サメっちは率先して極悪軍団の仕事をバリバリこなしていた。


「アニキが復帰するまでの間は、サメっちたちで極悪軍団を支えるッスよ」

「「「ウィーーーッ!」」」

「まずは百獣軍団オジキたちの新しい拠点づくりのために支援物資を届けるッス」

「「「ウィーーーッ!」」」


 団長の林太郎が“諸事情”によりあまり積極的に勧誘を行わないことを考慮しても、極悪軍団の人手不足は深刻である。

 特にヒーローたちと存分に渡り合えるだけの戦力となると、負担のほとんどは林太郎と桐華が占め、そこに湊とサメっちが少し絡む程度だ。


 そのためサメっちの仕事はもっぱら、数人のザコ戦闘員を引き連れての荷物運びであった。


「ふぃーっ、今日もよく働いたッス!」

『えらい気張きばるなあ、サメっちはほんまに頑張り屋さんやねえ』

「ヒノちゃん照れるッスぅ」

「サメっちさん、誰と話してるんですウィ?」

「はわっ! なんでもないッス! 頭パーじゃないッス!」



 百獣軍団の高崎支部に物資を届けた帰り道。

 サメっちたちを乗せたトラックは、西日に照らされた高速道路を走行していた。


 助手席にちょこんと座ったサメっちは、“ヒノちゃん”とコソコソ会話をしていた。


「あ、あぶなかったッス……もうちょっとでイゲン・・・を失うところだったッス」

『あっはっは、そらえらいこっちゃ。うちも気ぃつけんとなあ』


 ここ数日サメっちはずっとこの調子であり、帯同したザコ戦闘員たちの中にはサメっちの様子がおかしいことに薄々勘づいている者もいた。

 しかし多少頭がおかしくなったにせよ、サメっちはまだ子供で、なにより極悪軍団のナンバー2という責任ある立場である。


 子供のうちからストレスを溜め込むと妖精さんと会話しちゃうこともあるのだろうと、ザコ戦闘員たちは生温かい目でサメっちを見守っていた。



 だがそんなほっこりとした空気をぶち壊すべく、破壊の化身がトラックの後方から猛烈な勢いで近づいていた。



『んーーー、こらあかんな。サメっち、後ろからきとるで』

「ッスゥ?」


 サメっちがサイドミラーに目をやると、大きなトレーラーが法定速度を遥かに上回るスピードですぐ後ろに迫っていた。


 いつの間にやら周囲に他の車の影はなく、大型トレーラーはサメっちたちが乗るトラックのすぐ隣にぴったりと並走する。


「なんだウィ?」


 サメっちやザコ戦闘員が見つめる先で、トレーラーのサイドパネルがグィーーンと持ち上がる。


「あーッ! バンドだウィーッ!!」


 そう、バンドである。

 荷台に居並ぶのはトゲトゲしい楽器を手にし、鋲付きの黒いジャケットを羽織った毒々しいメイクの男たちであった。


「待たせたなリンボに堕ちし迷える子羊ども! 早速イカれたメンバーを紹介するぜぇーーーッ!」

「ギター! ロミオルシファー!」

「ベース! ロミオアスモデウス!」

「ドラム! ロミオベルゼバブ!」

「キーボード! ロミオベルフェゴール!」

「そしてボーカル! ロミオサタンだヴォオオオオオオオオオオ!!!!」


 ロミオサタンこと元ロミオレッド、天竜寺レンのデスボイスが高速道路上に響き渡る。

 声に呼応するようにトレーラーの両サイドから花火あがり、レーザー光線が迸る。


「「「「「五人揃って、死煌輝デスメタル戦隊ヘルロミオファイブ!!」」」」」


 時速100キロ以上で走行しているとは思えないほど安定した、超高速でかき鳴らされるギター。

 腹に響く低音のベース、あまりの速さに残像すら見えないドラム、呪われたダンスにしか見えないキーボード、そして顔面を真っ白に塗りたくったパンダみたいなボーカル。


 頼るべき神を失ったロミオファイブが次に信奉したのは死と破壊と衝動、すなわちデスメタルであった。


「やばいッス! ヒーロー本部ッス!」

「にっ、逃げるウィーーーッ!!!」


 ザコ戦闘員が慌ててブレーキを踏みハンドルを切るも、トレーラーから射出されたアンカーがトラックを逃がすまいと絡みつく。


「連れないじゃないかヒィーハァーーーッ! 一曲聴いていけよ!」

「いくぜ本邦初公開の新ナンバー『殺気コロッケ帝SHOCKていしょく』!!!!」

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオイッ!!!!!」


 ズズズンッ!


 凄まじい音圧がトラックに襲い掛かり、フロントガラスが粉々に砕け散る。

 車体がミシミシと悲鳴をあげ、ザコ戦闘員たちが悶え苦しむ。


「ウギャアアアアアーーッ!! 耳が壊れりゅウィーーーッ!!!」

「このままじゃトラックが壊れちまうウィーーーーッ!!!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、ひとりの少女がシートベルトを外して立ち上がった。

 そして割れたフロントガラスを乗り越え、ルーフによじ登る。


「むぐぐ……ヒーロー本部の好きにはさせないッスよ!」

「サメっちさん危ないウィッ! 落ちたら怪我するウィッ!」

「だぁいじょぶッス! サメっち頑丈ッス!」


 大丈夫とは言ったものの、時速100キロ以上で走るトラックの天井はとても戦闘態勢を取れるような環境ではない。

 強烈な風圧に曝され、サメっちの小柄な身体では立ち上がることすらままならず、掴まっているのがやっとであった。


 それに加えてヘルロミオファイブの音圧攻撃が、波のように襲い来る。


「はっはっは! 地獄に落ちろ怪人どもめヴォオオオオオオオオオオッ!!!」

「ぐぬぬぅッス……あんなアホみたいなヒーローに負けたくないッスぅ……!」


 このままではサメっちたちが高速道路の藻屑と消えるのも時間の問題であった。

 自壊寸前のトラックの中では、ザコ戦闘員たちが泣き叫ぶ。


 だがそのとき。

 叫び声とデスボイスと風圧の中、サメっちの耳に妙にはっきりと声が届く。


『なあサメっち、アレいわさへんの・・・・・・?』

「ヒノちゃん!? やれるならとっくにやってるッスよぅ! サメっちしがみついてるだけで精一杯ッス!」


 まるで絶体絶命のピンチなどどこ吹く風といったように、ヒノちゃんは呑気に語り掛ける。


『しゃーないなあ、ほなまたヒノちゃんが手ぇ貸したるわ。サメっち、一発ばちこんいてこましたり』


 サメっちの瞳の中で、黒い火種がドクンと産声をあげる。

 小さな身体からだから黒炎がオーラとなって立ち昇った。


 青いパーカーの裾をはためかせ、壊れつつあるトラックの上で、少女は風圧をものともせずに立ち上がる。


「なんだヴォオオオオ!? 今さらお前なんかに何ができるっていうんだヴォオオオオオオオ!!!」

「ッスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」


 サメっちが腰を落とし両手を重ねるように構えると、小さな手のひらの間に黒い炎が塊となって凝縮されていく。


「おいロミオサタン! これヤバいんじゃないか!?」

「落ち着けロミオルシファー! デスメタルを信じろ!!」



 凝縮された炎はじょじょにその黒さを増し、全てを飲み込む暗黒の獄炎へと姿を変える。



「ふぅーーかぁーーひぃーーれぇーー…………波ァーーーーーッッッ!!!!」



 サメっちが両手を突き出すのと同時に、地獄の炎が一筋の光線となって放出される。

 黒い炎は渦となり、ヘルロミオファイブをトレーラーごと包み込んだ。



「ヴォオオオオオオオオオオオオオイッッッ!!!???」



 それはロミオサタンのデスボイスか、はたまた地獄の底から響く咎人とがびとの断末魔か。

 アンカーの鎖はどろりと溶け落ち、ヘルロミオファイブのトレーラーは完全にコントロールを失って中央分離帯に乗り上げた。


「ふぅーーーッ! 悪は勝つッス!」

「今度こそ正義が勝ったと思ったのにィィィィィ!!!」


 トレーラーは5人のバンドマンを乗せたまま、花火のように爆発四散した。


 同時に崩壊寸前だったアークドミニオンのトラックは、アンカーから解放され辛うじて走行車線に戻る。



 よじよじと助手席に戻ったサメっちを待っていたのは、猛烈な祝福であった。


「サメっちさんめちゃくちゃ強いじゃないですかウィッ! 見直しましたウィッ!」

「さすがは極悪軍団のナンバー2を任されるだけのお方だウィーーーッ!!」

「姐御って呼ばせてくださいウィッ! 俺たち一生兄貴と姐御についていきますウィッ!」


 ザコ戦闘員たちは、狭い車内で胴上げでも始めかねない勢いでサメっちを褒め称える。

 サメっちは申し訳なさそうに眉毛をハの字にしながらも、持ち上げられまくって悪い気はしないのであった。


「ヒノちゃんのおかげで勝ったのに、なんだか悪いッスゥ」

『ええんちゃう? うちは手ぇ貸しただけやさかい。それにサメっちが喜んでくれたほうがうちも嬉しいわあ』

「そッスか? えへへ……じゃあ遠慮なくッスぅ」


 トラックは無事アークドミニオンの中継拠点まで帰り着き、サメっちを英雄視するザコ戦闘員たちにより噂はあっという間に広まった。



 その夜執り行われた“第4回ロミオファイブ撃退記念パーティー”は深夜まで続いた。

 サメっちは怪人かくし芸大会で得意の歌を披露し、ビンゴ大会で最新型のロボット掃除機をもらった。




 …………。




「……サメっちが火を噴いたァ?」

「そうなんですウィ。こう、手から黒い炎を、ふかひれ波ーッってウィ」

「何かの間違いなんじゃないのか? みんなして集団幻覚でも見たとか」


 パーティー会場の一角で、林太郎はザコ戦闘員たちから事の顛末を聞かされていた。

 どうにも眉唾まゆつばモノの話であったが、彼らが嘘を言っているようには見えない。


「どうも臭うな……」


 林太郎は宴の中心で何度も胴上げされているサメっちを、暗く澱んだ瞳で見つめていた。



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