第百十話「悪を撃ちぬく青き光」

 星ひとつ無い夜空に向かって、火柱が轟々とそそり立つ。

 それはさながら、聖書に記された都市の滅亡を彷彿させる光景であった。


 緊急招集されたヒーローたちは、松明やポリタンクを片手に巨大な壁と化した炎を見上げていた。


「本当にこれで良かったんでしょうか……?」

「奴らは存在そのものが人智を超えた脅威だ。地震や台風と同じ災害だ」

「しかし! だからといってこんな卑怯な手を……!」

「だったら手段を選んでいられるってのかよ!? こうしている間にも市民の平和は脅かされているんだぞ!」


 絶対的指導者・守國一鉄の退任、新参謀本部長の理不尽とも思える無茶な命令、瞳孔の開いた同僚たち、そしていっこうに挙げられない戦果。


 ヒーローたちの間にも少しずつ、本部のあり方に疑問を投じる声が出始めていた。



 そんな最中、気の抜けたBGMが響き渡る。



『デン、デデデデン、デデデデン♪』

『はぁ~ちょんまげどっこい♪ 江戸仕置きぃ~~~♪』



「おいこれどうやって止めるんだぜ!! 人の乳首に勝手にスピーカーを埋め込みやがったあのアマはどこだぜーーーッ!!!」

「本部から入電! ビクトブルーさん、撤退命令です!」

「おいおい待つぜ! 乳首から演歌垂れ流しながら帰るなんてゴメンだぜ!!?」


 ビクトブルーこと藍川ジョニーは、自身の乳首から流れ続ける『新時代劇:どっこい江戸仕置き』のテーマソングを止めようと悪戦苦闘していた。

 なにせ自分の身体である、下手にいじって壊れようものなら悲惨な憂き目にあうことうけ合いである。


「くそっ、このボタンか……? ポチッとぜ! アヒッ、違ったぜ!」

「レーダーに反応! ビクトブルーさん避けてーーーッ!」

「ん? なんだぜ?」


 猿の毛づくろいのように自分の身体をいじくり回していたジョニーが顔を上げる。

 彼の目に入ったのは、分厚く硬いブーツの底であった。


「フルパワードロップ蹴兎シュート!!!」

「むんぎゅるるるるぜえええーーーッ!!!!??」


 青い装甲をまとった身体はズザザザザザザーーーッと地面をすべり、燃え盛る廃工場の壁に頭から激突した。


 それは4tトラックを軽々と吹き飛ばすほどの必殺キックであった。

 生身であれば即死していたであろう、こればかりは機械の身体に感謝せねばならない。



「「「び、ビクトブルーさあああああん!!!」」」



 ヒーローたちの叫びが轟く中、ジョニーを蹴り飛ばした反動で宙を舞った女が音もなく着地した。


 軍服に軍帽という奇抜な出で立ち、その上からウサミミを生やし、片目を眼帯に覆われた端整なその顔は今や怒りと慟哭に充たされている。


「並べダンゴムシども……うかつにも猛獣の巣をつついたことを、地獄の窯の底で後悔させてやる」


 蹴兎しゅーと怪人ウサニー大佐ちゃん、百獣軍団のナンバー2は我が家を燃やされ大層ご立腹であった。

 彼女の悪名はアークドミニオン内に留まらず、ヒーロー本部内でも知らぬ者はいない。


「で、出たァーーーーーッ! ウサニーだァァァ!!!」

「ウサニーだとぉ!? あんな大物の相手、俺たちに務まるかよぉーーーッ!!!」

「大佐とちゃんを忘れるなこのマヌケッ! 電撃ビリビリムチ!!」


 ウサニー大佐ちゃんが手にした鞭を振るうと、青白い電流が地面を這った。

 束となった電流がウサギのようにビョンビョンと跳ね回り、狼狽するヒーローたちを次々と襲う。


「ぎゃーーーーっ!! あばばばばばば!!!」

「みんな落ち着くんだぜ! 相手はひとりだぜ! 全員で囲めば怖くないぜ!」

「そうだ! ビクトブルーさんの言う通り、こっちは多数だ!」


 幸いにも一命を取り留めたジョニーの号令で、我に返ったヒーローたちはウサニー大佐ちゃんを取り囲み一斉に武器を構えた。

 剣、槍、斧、その他もろもろ合わせて15本、いかにも殺傷力が高そうな凶器が四方八方からウサニー大佐ちゃんに迫る。


 いくら強靭な肉体と超常的な能力を持つ怪人とて、複数人で囲んで攻撃されればひとたまりもない。

 いたってシンプルであるが、人海戦術の有用性はヒーロー本部50年の歴史が証明していた。


「「「かかれーーーっ!」」」



 数秒後にはウサギのミンチが出来上がると思われた、まさにその瞬間。



 シュゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!



 ジェットエンジンをうならせながら、大柄な女がウサニー大佐ちゃんの背後に降り立った。

 見上げるような背丈を包む真っ赤なロングコートをはためかせ、ウサミミ怪人と背中を預け合うように並び立つ。


「ふっ、良いタイミングだソードミナス衛生兵長」

「…………」


 彼女の顔の半分はバイザーに覆われており、表情を伺い知ることはできない。

 しかしその新たな怪人は周りを取り囲む凶器の円の中心で、不遜にもかかってこいと言わんばかりに両手を広げた。


「ビクトブルーさん、怪人が増えました!」

「構うことはないぜ! 数の力で押しつぶすんだぜ!!」


 ヒーローたちが手に手に武器を構え殺到する。

 全方位から同時に迫る斬撃が、2体の怪人の身体をバラバラに引き裂く……はずであった。



千剣の重装陣ミリオンソード・ファランクス



 聞こえたのは悪しき魂の断末魔ではなく、重く硬い剣戟の調べ。



 15本もの武器による同時攻撃は、突如として現れたその10倍は下らないであろう無数の剣によって阻まれたのだった。


「なんだとーーーーッ!?」

「数の暴力はあれだ……そういうのよくないと、私は思う」


 ヒーローたちは一瞬何が起こったか理解できずにいた。

 ただひとつわかることは、手にした武器が押せども引けどもビクともしないその理由である。


 交錯する無数の剣はまさに強靭な盾の如し、それが幾重にも重なってヒーローたちの武器を呑み込むように絡め取っているのだ。


 怪人たちの周囲に展開された剣の群れ、それは鋭き刃を編み込んだ鋼の障壁であった。


「ぐぬぬ、これじゃ攻撃のしようがないぜ!!」

「それは相手も同じことなのでは? しかし体勢を立て直そうにも武器が……!」


 ヒーローたちがなんとか武器を引き抜こうと躍起になっていると、剣の壁がざわざわとまるで生き物のように震えはじめた。

 そしてギャリギャリと音を立て、火花を散らしながら、折り重なった数多の剣が一斉に逆立つ。


 何百という数の剣が、怪人たちを中心に外側へ向かって刃をそろえる。



 その様相はまさに、怒りをあらわにしたヤマアラシのようであった。



「こりゃマズいぜ……! 総員退避だぜーーーッ!」



 ジョニーが叫ぶのと同時に、怪人の周囲を取り囲む剣が一斉に“全方位”に向かって射出された。



「「「ぐわーーーーーッ!!!」」」



 身体の周りにショットガンを並べて同時に撃つように。

 剣の大群が一瞬で、同時に、全てのヒーロー、全ての“空間”へと平等に襲い掛かる。


 ヒーロースーツは弾丸も剣も通さない、しかし弾丸の速さで打ち出された剣を何本も同時に浴びればどんなヒーローだって膝をつく。


「やるではないか貴官。百獣軍団に欲しい人材だ」

「うぅぅ……なんとかなったけど……は、吐きそう……」

「ふっ、戦争とはそういうものだ。安心しろ、初陣のときは私も吐いた」


 2体の女怪人を中心に、ヒーローたちが死屍累々と転がる。


 そんな中ただひとり、炎に照らされた鋼鉄製の青いボディーだけが辛うじて動いていた。



「冗談……キツいぜ……!」



 ジョニーは全身から火花を散らしながら、しかし未だ両の足で大地に立っていた。

 故障したスピーカーからは、演歌ではなくザリザリという砂を洗うようなノイズが流れる。



「うぐぐ……俺はまだ……戦えるぜ……!」

「ほう、さすがは私のフルパワードロップ蹴兎シュートにも耐えた男だな。だがやめておけ、スクラップになるのが関の山だ。死にたいと言うならば止めないが、私はあまり優しくないぞ」

「おいお前、もう立つな! 本当に死んでしまうぞ! ウサニー大佐ちゃんも煽らないでくれぇ!」


 ソードミナスの攻撃は、ジョニーの鋼鉄の身体にさえも深刻なダメージを与えていた。

 しかし彼もまた東京本部所属のエリート、勝利戦隊ビクトレンジャーのたった5席しかない座を射止めた男なのだ。


「おいおい立つなってか、そりゃヒーローが怪人に白旗を振れってことだぜ……?」


 静かにうなりを上げるモーター、青い装甲の内側で心臓部のコアに青い炎が灯る。



「俺はこれでも国の治安を任されたヒーローだ……! 身体は鉄になっちまっても、ハートにゃどうしようもなく人の血が流れていやがるんだぜ!!」



 焼き切れんばかりのモーター音を立て、青い鉄人が再びファイティングポーズを取る。

 オーバーヒートしたコアによって、ジョニーの全身が青く輝きはじめる。


 不退転の姿に、ウサニー大佐ちゃんだけでなくソードミナスも、かの者を敵として正面に構え直す。


 ひとりのヒーローが、ふたりの凶悪な怪人と対峙する。



「どうしてもやらなきゃダメかな……? うっ、仕方ない……!」

「ふふっ、敵ながらなかなか骨のあるやつだ。ヒーローにしておくには惜しいな。ならば最期に貴官の名を聞かせてもらおうか」



 ウサニー大佐ちゃんの問いかけに応えるように、藍川ジョニーは鋼の拳を握りしめた。



「俺の名は、“悪を撃ちぬく青き光”ビクト――」



 ――めしゃこ。




 ジョニーが名乗り口上を述べるのと、黒いバンが青いボディに激突するのはほぼ同時であった。



「ブルルルルルルルルルルアアアアアアァァァーーーッ!!!!」



 既にHP残り2ぐらいというギリギリの状態でかろうじて立っていたジョニーは、そのままズザザザザーッと激しく地面をすべる。

 衝撃でスピーカーが直ったらしく、ジョニーはどっこい江戸仕置きのテーマソングとともに燃え盛る廃工場の中へと消えていった。



「アニキ! なんか轢いたッスよ!」

「うわっ、やっちまった! あーくっそ、凹んじゃってるよ……。これ修理代請求されたりしないよね」

「お、おま、お前たち……!」



 黒いバンから降りてきたのは、ソードミナスたちがよく見知ったふたり組であった。





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