第百二話「光煌輝戦隊シャイニーロミオファイブ」

 関東一円にその勢力を急速拡大する悪の秘密結社アークドミニオンの隆盛は、まさに破竹の勢いであった。


 しかし我らが正義のヒーロー本部、正式名称“国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的人的災害きょくちてきじんてきさいがい特務事例とくむじれい対策本部たいさくほんぶ”とて、いつまでも指をくわえて見ているわけではない。


 彼らは血税により組織された公務員、ならびに公権力に準ずる法治の剣である。

 人間に酷似し人の営みを脅かす怪人を、いつまでも野放しにはできないのだ。



 ――西東京、八王子。


 この街にアークドミニオンの三幹部が集結しているというタレコミがあったのは、早朝の出来事であった。


 2月の日の出前ともなれば、東京でも気温は氷点下を下回る。

 だがそんなことは、ヒーローたちにとって弱音を吐く理由にはなりえない。



 リーダーのロミオレッド・雑誌のモデルも務める天竜寺レンは、ビルの屋上から明るくなり始めた東の空を眺めていた。


 彼の目はまるでコールタールのようにどんよりと澱み、頬はげっそりとこけ、目の下には大きなクマができていた。

 まるでそのままビルの谷間に吸い込まれてしまいそうなほど、小さな背中は煤けていた。


 そんなレンに、私立白雪ヶ丘学園の俺様番長、ロミオブルーこと一条ハルトが声をかける。


「おいレン、死相が出てるぜ。こっちにきてホットレモネードでも飲めよ」

「ハルト……わりぃ、お前にまで気を遣わせちまったな」


 生徒会長であるレンと、不良グループを取り仕切るハルトは、もともと犬猿の仲であった。

 だが川に流された仔犬を助けサッカーの試合でハットトリックを決めたあの一件以来、無二の親友としてともに煌輝戦隊ロミオファイブを背負ってきたのだ。


「なあハルト、俺は怖いんだ。今度負けちまったら、俺たちはいったいどうなっちまうんだろうって……不安で仕方ないんだ……」


 それはレンの、リーダーとしての嘘偽りない心の声であった。


 彼らは仮にも西東京の守護を任された、エリートヒーローチームの一員である。

 だがこのところ、アークドミニオンを相手に2度もの惨敗を喫していた。


 すっかり自信を失ったレンの肩を、ハルトは両手でがっしりと掴む。

 そして澱んだ目を正面から見つめて、俺様っぽくニッと笑ってみせた。


「おいおい、いつものレンらしくないぜ。安心しな、俺たちは誰もひとりじゃねぇだろ?」

「……ハルト……」

「俺たちにはデスモス・アガッピ・アグリオパッパ様がついてるじゃないか!」


 一条ハルトの目は、レンと同様に排水溝のぬめりの如くドロドロに澱み切っていた。


「んもぅ。アナタたち早く来なさい、お祈りの時間よ」

「しょーがねぇなあレンは。ほら、お袈裟けさ忘れてんじゃねぇよ」

「まったく、御修身ごしゅうみ合天がってん法要も近いというのに、風紀委員長としてこれ以上は見過ごせないぞ」


 レンが振り返ると、ロミオファイブのメンバーたちが朝日を浴びながらレンを待っていた。


 彼らはみな首から袈裟を下げ、白い礼装を身にまとい、頭にピラミッド状のアンテナを立てている。

 これこそが光臨正法友人会信者、通称“シャリオンキッズ”の正装であった。


 ここには真実の絆と愛があるのだと、笑顔の仲間たちがレンを迎え入れる。


「ありがとうみんな! 俺は目が覚めたぜ!」

「「「「ガンジャンホーラム! ガンジャンホーラム!!」」」」


 彼らは八王子の雑居ビルの屋上で、がっしりと円陣を組んだ。

 美しい友情の輪であった、誰ひとり視点が定まっていないという点を除いて。




 そのとき彼らの耳に、ジェットエンジンのような音がかすかに聞こえた。

 眩く上りつつある朝日を背に、ひとつの影が彼らに対してまっすぐ迫ってくるのが目に入った。


「ようやくお出ましってわけか……三幹部、じゃないみたいだな」

「ふっ、先兵というわけか。俺たちも舐められたものだ」

「「「ガンジャンホーラム! ガンジャンホーラム!」」」


 八王子の空を猛スピードで舞う影は、ロミオファイブの眼前でくるりと旋回したかと思うと空中に静止した。



 それは驚異的な長躯を誇る“空を飛ぶ女”であった。



 長く艶やかな黒髪が真冬の風にさらされ、真っ赤なロングコートがはためく。

 背中に生えた鉄製の翼からは青い炎が噴き出し、彼女の身体を空中に縫い留める。


「…………」


 顔の上半分は無機質なバイザーで覆われ表情を窺い知ることはできない。

 だがロミオファイブの面々は、確かに彼女の視線を感じた。


 女は一言も発することなく、バイザー越しにロミオファイブを見ている。

 睨むでもなく、注視するでもなく、それはまるで街中で自動販売機でも見るような“ただ目に入っているだけ”といった風に。


 威圧的な風貌と雰囲気に一瞬気おくれしたレンであったが、ハルトの言葉と信仰心が彼の心に再び光を灯す。


 そう今の彼らには、ビクトピンクこと桃島るる先輩から紹介してもらったデスモス・アガッピ・アグリオパッパ様と、宗教法人“光臨正法友人会”がついているのだ!



「よしみんな! ロザリオを構えろ! 輪廻解脱へんしんッッ!!」

「「「「「光煌輝るみなすきらめき戦隊! ウィーアー、シャイニーロミオファイブ!」」」」」


 見よ! このどういう原理か光り輝いているマスクとスーツ!

 彼らの手に握られているのは、新兵装“ロザリオブレード”である!


「「「「「ガンジャンホーラム! ガンジャンホーラム!!!」」」」」


 全体的に謎の光を放つ5人の戦士は、息を合わせて謎の女に斬りかかった。

 彼らが雑居ビル屋上の淵に到達したところで、ようやく女が口を開く。



「……千剣の雨ミリオンソード・レクイエム



 翼の青い炎がうなりを上げ、彼女の長躯を遥か上空へと押し上げる。

 ロミオファイブの剣など、とても届くような距離ではない。


「くそっ、卑怯者め! 降りて来いッ!」

「おいちょっと待て……なんだあれは……!?」


 女の周囲の空だけが、まるで星屑を撒いたかのようにキラキラと光り出す。

 無数の星々は猛スピードでロミオファイブの5人へと迫る。


 そのひとつひとつが朝日に照らされた“剣”であることにいち早く気付いたのは、視力2.0のハルトであった。



「やべぇぞチクショウ、みんな逃げろぉぉぉぉーーーーッッッ!!!!!」

「「「「ガンジャンホーラムゥゥゥゥッッ!!?」」」」



 直後、まるで巨大なミニガンで掃射されたような轟音が、早朝の市街地に響き渡った。

 ロミオファイブの面々は屋内に逃げ込むも、それを嘲笑うかのように無数の剣がコンクリートの天井や壁を粉々に砕いていく。


 無限に隕石が降り注いでくるような圧倒的質量を前に、八王子の雑居ビルはぼろ雑巾のように粉々に砕け散った。


 それから3日後、シャイニーロミオファイブの5人は瓦礫に埋もれた地下室で抱き合って泣いているところを発見された。




 …………。




 ここは都内某所、廃工場跡地に作られた臨時のヘリポートである。

 赤いロングコートの女が砂煙を上げながら着地するのと同時に、青いパーカーの少女が駆け寄ってきた。


「やったッスぅーーーッ!!」

「やれた……ひとりでできた……っ!」


 謎の女・ソードミナスは、サメっちとハイタッチを交わして喜びを分かち合う。


 しかし次の瞬間、ソードミナスは膝からがっくりと崩れ落ちた。

 彼女の膝は恐怖と疲労からがくがくと震えていた。


「はぅあーーーッ! だいじょぶッスかソードミナスぅーーーッ!!」

「あはは……こ、腰が抜けた……! でもやった……やったぞ私は!」

「ふふふッス、きっとアニキも喜んでくれるッスよ!」


 バイザーを外したソードミナスは、サメっちの言葉にパァッと表情を明るくする。


 この1週間、拉致同然の状況で三幹部に振り回され続けたことは無駄ではなかった。

 彼らの特訓やアドバイスは、無茶苦茶ではあったがソードミナスはそれらに必死についていった。


 すべては極悪軍団、ひいては林太郎の役に立ちたいという一心からである。

 けして真っ当な方法ではないかもしれないが、得た力に偽りはない。


 駒としてでもいい、林太郎にとって価値のある自分になれた。

 そういう手応えをソードミナスは感じていた。


「これで私も……ずっと林太郎の傍に、いられるのかな……」

「アニキがどうかしたッスか?」

「あ、いや……それはその……何でもないんだ!」


 ソードミナスは慌てて言葉を濁す。


(まるでサメっちのことを利用したみたいになっちゃったな……)


 林太郎に近づきたいという自分の欲のために、当の林太郎を誰よりも慕ってやまないサメっちに助力を得たことは、もはや変えがたい事実である。


 晴れやかな勝ち戦の凱旋を飾りながらも、ソードミナスの胸は少しばかり痛んだのであった。




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