第八十二話「孤独なヒーロー」

 1970年代初頭――。

 世界は東西に分かれてにらみ合い、日本は高度経済成長の真っ只中にあった。

 怪人たちにとっては、まさに黄金時代ともいえる絶頂期である。


「ゲロゲロゲー!! 今度はどこの銀行を襲ってやろうかァー!?」

「さっすがゲロガーマの親分! いよっ、日本一の大金持ちッ!!」


 強靭な肉体に加えて、あらゆる超常的な特性を持つ彼らである。

 当時の日本国は、理外の存在である彼らの脅威に対抗する手段を持たなかった。


 着々と増えつつある彼らは、毎日のように人々の平和な生活を脅かしていた。


 しかし――――。


「「「「「待てェーーーーーいッ!!!」」」」」

「ゲロゲッ!? なぁーんだ貴様らはぁーッ!?」

「「「「「この世界を守りたい! 正義戦隊ジャスティスファイブ!!」」」」」


 赤、青、黒、桃、黄……5色の光が天に輝く。

 怪人の脅威から日本を救うべく、5人の勇敢な戦士たちが立ち上がった。


 彼らこそ日本初の対怪人組織、正義戦隊ジャスティスファイブである。


「ゲロローン! オレサマたちを怪人様と知ってのことか!?」

「そうだそうだ、まとめてぶっ飛ばしてやらぁーー!!」


 迫りくる怪人たちを、彼らは正面から迎え討つ。

 正義はけして、悪の怪人に背中を見せたりはしないのだ。


「そっちにいきましたよアオジャスティス!」

「わかってらぁ! 無月一刀流……深山鴉みやまからす!!」

「アギャーーーーーッ!!!」


 彼らは悪の怪人を撲滅するという目的のもとに、日本中から集められた国家公安委員会の精鋭であった。


「クックック……フハハハハ! これで終いか。口ほどにもないのである」

「クロジャスティス、その笑い方はやめろと言っただろう」


 頭に血が上りやすい丹波星二や飄々とした黛竜三など、素行に問題を抱えたメンバーもいた。

 しかしそれを置いてなお、彼らが求められたのは“平和を守る”という結果そのものである。


 彼らは望んで戦士となったわけではない。

 時代が彼らを求めたのである。


「待て……金をやるゲロ! いくらだ、いくら欲しいんだゲロッ!?」

「血で汚れた金なんざ、こっちから願い下げだ……アカパンチ!」

「ゲゲゲロォォォーーーーーーーッ!!!」



 ――それから数えきれないほどの月日が流れた。



 仲間たちはひとり、またひとりと第一線を退いていった。



 ある者はその頭脳を活かして研究開発室を立ち上げ。


 ある者は結婚を機に家庭に入り。


 ある者は旅に出たまま行方不明となり。


 ある者は、倒すべき怪人へとその身を堕とした。



 リーダーの守國は、ひとりになってもアカジャスティスとして最前線に立ち続けた。

 しかしどれほど年月を重ねようとも、彼を超えるヒーローが現れることはなかった。



「長官、俺も今年で48になりました。そろそろ現役を退く頃かと」

「そうか守國……今までご苦労だった。ひとつ頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」


 そうして長官の座を引き継ぎ、さらに20年。

 気付けば、ヒーローとして戦い始めてから半世紀経っていた。


 しかし守國一鉄は、未だ戦士として誰よりも前に立っていた。




 …………。




 羽田空港を、灼熱の風が包み込む。

 数多の怪人に囲まれ、両手を封じられてなお、守國の闘志は消えていなかった。


「50年……ただひたすら悪の怪人どもから、日本の平和を守るために戦い続けてきたんだぜ俺は……」


 守國が太い両腕に力を入れると、その腕を縛っていた強化繊維がビリビリと音を立てて裂けた。

 驚異的なパワーと信じられない光景に、既に立つこともままならない林太郎は目を見開く。


「冗談だろ……人間の力で破れるのかよそれぇ!」

「正義を甘く見るなよ若僧、こんな状況1度や2度じゃねえんだよ」


 守國一鉄が誇る最強にして唯一の必殺技・アカパンチ。

 かの脅威を封じるべく林太郎が最期の力を振り絞って拘束した守國の両腕は、今や完全に自由となっていた。


 だが守國もその代償として、アカジャスティススーツの袖と“グローブ”を失っていた。


 絶大な威力を誇る、必殺奥義アカパンチ。

 しかし生身で打てば、当然のように拳を傷めることになる。

 アカジャスティスのグローブは、己のパンチの威力から拳を守るための装備である。



 だがしかし――。



「アカパンチ!!」

「うっげぇッッッ!!」

「オジキィィィィィィ!!!!」


 60メートルを超える、百獣将軍ベアリオンの身体が宙に浮く。

 ベアリオンの巨体は2、3歩フラフラ後退すると、滑走路にズシーンと倒れ込んだ。


「柔らかいやつなら、なんとかなるもんだ」

『ほう、それはわしへの挑戦と見ていいかのう?』


 鋼鉄の巨人『プリンスカイザー改』と化した絡繰将軍タガラックが、守國に向かってその巨大な剣を振るう。

 しかし守國は68歳とは思えぬ身のこなしでその剣を避けると、今度は逆に地面に突き刺さった剣を駆け上がった。


「どれ、素手で鋼を砕けるかどうか試してみようかい。アカパンチ連打!!!」

『ほぎゃァーーーッ!! そ、そこは弱いんじゃーーーッッ!!!』


 守國のパンチは装甲部分を避け、的確にプリンスカイザー改の関節を打ち抜いていった。

 純白の巨大な騎士が、壊れたプラモデルのようにガラクタとなって崩れ落ちる。



『わしの、わしのプリンスきゅんボディーがぁぁぁ!!』

「はぁっ……はぁっ……この守國ある限り、正義は死なんッ……!」



 さすがの守國といえども、素手で鋼鉄のボディーを粉砕するのは堪えたらしい。

 肩で息をする守國の拳からは、わずかばかりの血が滴り落ちていた。


「あわわわわアニキィ! これ勝てないッスよぅ!」

「あれだけ動かれちゃ、私のビームも当たりませんよ!」

「そう慌てるなよ。既に櫓は崩れた、あとは王手をかけるだけってな」


 怖気づく怪人たちを背に、巨大サメっちと右腕を負傷した桐華が守國に立ち向かう。

 既にヒーロー・怪人両陣営共に、満身創痍である。


「サアアアアメエエエエエ!!!」

「地上のサメ型怪人など、敵ではないわ!」


 守國は飛び上がると、そのサメっちの尖った鼻先に狙いを澄ました。

 鼻はロレンチーニ器官と呼ばれる、サメ型怪人共通の弱点である。


「アカパンチ!!!」

「もらったッス!!!」


 拳が炸裂するかと思われたその瞬間、空中に浮いた守國の身体に向かって左右から無数の瓦礫が襲い掛かった。


 巨大な口と牙に目が行きがちであることを逆手に取り、サメっちは両手にミッチリ掴み込んだ瓦礫で奇襲をかけたのである。


 子供が砂場で砂を投げるような実に幼稚な作戦であったが、60メートル級の怪人が空港ターミナルの瓦礫を投擲するとなれば話は別である。

 人間大のものから野球ボール大のものまで、コンクリートやら鉄骨の破片が散弾のように守國を急襲する。



 だが瓦礫が迫る中、守國の口元には笑みが浮かんでいた。



「その手はもう見飽きたぜ! アカパンチ連打!」

「な、なにぃーーーーッスぅ!?」


 守國は空中でその両拳を振り回し、直撃コースの瓦礫を次々と叩き落していく。

 その気になれば、守國はそれこそ本物の散弾銃から発射された弾でも叩き落せるだろう。


「抵抗する姿勢や良し! だがこれまでだ……むっ!?」


 空中に飛散する瓦礫に紛れたその殺気に、一瞬守國の身体が強張った。

 巨大なコンクリートの破片の隙間から、守國を狙う黒い翼が目に映る。



 それは瓦礫の散弾に身を隠し、必中の距離まで間合いを詰めた暗黒怪人ドラキリカであった。



「守國長官、お覚悟を!」


 桐華の黒い甲殻に覆われた左手に、ドス黒いエネルギーが収束する。

 次の瞬間、極太の暗黒レーザーが守國に向かって放たれた。


「いっけええええええええええーーーーッッッ!!!!」

「ぬううううううううううッッッ!!!」


 空中ではもはや避けることも叶わないであろう――常人ならば。


 だが彼は50年来の英雄、守國一鉄である。

 守國は身体の周囲に散らばる、大きな瓦礫を蹴り上げた。


 翼のない人間に、空中での姿勢制御は本来不可能である。

 しかし奇襲を成功させるための攻撃が、彼に足場を与えてしまっていたのだ。


「ああーっ! 避けられるッス!」

「直撃さえ、喰らわなければよいッ!!」



 怪人たちが必死に組み上げた連携策が、力技で破られようとしたそのとき。


 背筋が凍るような低い声で、誰かが呟いた。




「避けられるもんか」




 守國は瓦礫を蹴り上げようとする自分の脚に異変を感じた。

 己の意志とは裏腹に、その脚はまるで鉄のように、ピクリとも動かないではないか。


(なん……だ……!? なぜ動かん、俺の脚……!?)


 脚だけではない、その強烈なパンチを繰り出す腕も。

 腰も背中も首も、まるで呪いでもかけられたようにその動きを止める。


(ば、ばかな……いったいいつ・・何をされた・・・・・?)


 守國の視界の隅で、眼鏡の男が嫌らしい笑みを浮かべていた。

 極悪怪人デスグリーンと名乗るその男は、守國に向かって手のひらをひらひらと回して見せた。



 全身に絡みつく、見えない鎖の正体。

 その答えは、守國が握りしめた正義の拳にあった。



 鋼鉄の巨体をも崩し、瓦礫をいとも容易く叩き落とした拳は既にボロボロである。

 守國は己の拳に目をやって、そこではじめて張り巡らされた罠に気づいた。


 デスグリーンがスーツを囮に使ったのは、守國の腕を拘束しアカパンチを封じるためではない。

 拘束もろとも破り捨てられた、守國のグローブそのものが目的だったのだ。



 守國の生身の拳に、緑色に輝く細かな破片が突き刺さっていた。



「さて問題。アンタが砕いてくれちゃった俺の愛剣“ニンジャポイズンソード”は、いったい今どこにあるでしょう? ヒントは瓦礫だ」

「……神経毒か……丹波め、ロクでもない武器ばかり作りおってからに……」



 闇より黒い光線が、もはやガードすることもままならない守國の身体に直撃した。





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